花火の角度
平原での戦いは五分五分に展開したが、ダゴンが有利となっていく。
ダゴンは革新派の私兵や海賊だけでなく、海の化け物たちを配下に持っていたのだ。
全身、藻のような苔のような海藻のような巨大な生き物。名前はモス・タイタン。それがダゴンのとっておきの戦力だった。
【名称】 モス・タイタン
【レアリティ】 ゴールド・レア ☆☆☆
【種族】 巨人族・魔法生物
【職業】 戦士
【戦闘力】 1692
【スキル】 再生 海中○
モス・タイタンは藻や苔を魔法の壺で煮込んで作った魔法生物である。
巨大な身体と強大な力が特徴的な水棲の巨人だった。
ダゴンはそんな化け物を10体近く使役し、戦場に駆り出す。
モス・タイタンの巨体は次々にベルネーゼの兵隊を倒していく。巨人の拳が容赦なく、兵士を殺す。
巨人タイプの化け物に恐怖を感じた傭兵たちは後退を始める。このままでは戦線が維持できそうになかったので、ジャンヌと歳三を巨人に割り当てる。
「ジャンヌに歳三、あの海藻の化け物を殺せ」
承知、とふたりは刹那の速度で戦線を移動する。これで恐慌状態は阻止できたが、そうなってくると兵士の数が戦局を左右する。
徐々に追い詰められるベルネーゼ軍。このままではじり貧だった。
そう思った俺はイヴに伝える。
「イヴ、リョウマが率いている援軍は?」
「まだ姿を見せません。約束の三日目が近づいていますが」
「そうか。だが、そろそろ作戦を実行しなければダゴンも怪しむだろう」
「作戦とはロビン様に御主人様を暗殺させるというあの作戦ですか?」
イヴは戦場で矢を放っているロビンを見る。
ロビンは常に前線にあり、大活躍している。
弓使いなのに先陣を切りながら特攻を繰り返している。敵の懐に潜り込んでは正確な射撃を繰り返し、敵の額や喉に矢を突き立てる。
懐に入り込まれた敵には矢じりの根元を握りしめ、それを直接突き立てている。まさに八面六臂の大活躍である。
「あの活躍ぶりだ。そろそろ俺を殺さないと魔王ダゴンが切れるはずだ」
「そうですね。もしかしたら二重スパイであることが露見し、恋人が殺されるかもしれません」
「それだけは避けたい」
「しかし、まだリョウマ殿は姿を現しません」
「あの坂本龍馬の娘だ。必ず時間を厳守するだろう。商人にとって時間は黄金と同じくらい貴重だ」
「たしかにリョウマ殿ならば時間を間に合わせるかもしれませんが……」
「奥歯に物が挟まったような言い方だな」
「そうですね。この際はっきり言わせて頂きます。御主人様がロビン様に申し出た作戦、暗殺を偽装し、ダゴンを油断させるという戦術は下策かと」
「魔族一の軍師殿に下策といわれるのは悲しいな」
困ったようなポーズをし、戯ける。
イヴは少し眉を怒らせる。
「冗談ではありません。わたくしが心配しているのはロビン様が土壇場で心変わりすることです」
「どういうことだ」
イヴの言葉の意味はわかりきっているが、あえて尋ねてみる。
「戦闘中に御主人様の心臓を射貫き、殺したと見せかける。そういう作戦ですよね」
「そういう作戦だ。心臓にはクッション代わりに厚い緩衝材を入れる」
「しかし、その矢が、御主人様の頭に突き刺さったらどうなりますか」
「それはロビンが失敗するということか」
「そうではなく、急に野心を抱いたら、です。もしもここで御主人様を殺せば恋人は無事戻ってくる。あるいは御主人様を殺せば史上最高の魔王を殺したということが歴史に残る。そんな誘惑に駆られれたら――」
「俺ごときを殺したところで歴史書の端に一行記されるかどうか、だ。ロビンにそのようなちっぽけな名誉欲はない。ただ、彼が急に変心し、俺を殺すことで事態の打開を図ろうとするのは考えられるな」
「なにか対策はされているのですか」
「している。もしも俺が死んでも風魔小太郎にはロビンの恋人を救出せよ、と伝えてある」
その言葉でイヴは心底呆れたようだ。
「自分の命を奪った相手のことを心がけるとは、慈悲を通り越してお人好し過ぎます」
「自分でもそう思うが、これは賭けなんだ。いや、我慢比べかな。この勝負は俺がどれだけロビンを信頼できるか、それにすべてが掛かっている。だから彼を信頼するのは前提条件なんだ」
一呼吸おくと、イヴの綺麗な瞳を見つめ、確認する。
「イヴ、君もロビンを信じてくれ。いや、ロビンではなく、ロビンを信じる俺を信じてくれ」
じっとイヴの顔を見つめるが、彼女はしばし俺の瞳を見つめ返すと、「分かりましたわ」と吐息を漏らした。
「このイヴは御主人様のものです。御主人様が信じるものを最後まで信じ抜きます」
俺はその言葉にありがとう、と言うと空に向けて魔法を放った。
ロビンに合図を送るのだ。それに近くに来ているはずのリョウマの援軍にも。
空中に放った《火球》の魔法は天高く飛び上がると、頂点で爆発し、飛び散った。
それを見ていたジャンヌはつぶやく。
「花火は横から見ると平らなのかな。それとも丸いのかな」
緊張感のない疑問であるが、表情は神妙だった。彼女はもしかしたら今、この瞬間がこのいくさのターニングポイントとなると肌で感じているのかもしれない。
そう思った。




