シャーウッドの森の英雄
カーバンクルは脱兎のような勢いで走るので、ついて行くのがやっとであったが、なんとか彼女について行くと、そこには想像通りの人物がいた。
ロビン・フッドである。
彼は警備兵の虚を突き、反対側からこの屋敷に潜入したようだ。手には弓矢はない。長距離暗殺は諦め、近距離で俺を仕留めようと考えていたようだ。腰にショートソードがある。
彼は俺の顔を見るなり、意外な顔をしたが、この期に及んで見苦しい真似はしなかった。
「さすがは謀神と呼ばれる男だけはある。あの一瞬で暗殺者の正体を見抜き、おれの小賢しい策まで看破するとは」
「それは過大評価のしすぎだ。気がついたのは彼女のお陰だ」
とカーバンクルを指さす。
ロビンは彼女を見るとすべて納得したかのようにうなずく。
「なるほど、おれは数少ない友にも裏切られるのか」
「裏切りではなく、お前を救おうとしているのかもしれんぞ。お前はこのままダゴンのところに戻る気だろう。それを止めたいのだ」
「おれにはおれの都合がある。お前を殺さなければならない事情があるのだ。今回の暗殺は失敗したが、次は戦場で兵を率いて対峙したい」
「お前ほどの英雄と戦場でまみえるのは光栄だが、恐ろしくもある。是非、この場に留めおきたい」
「それは無理だな」
「それはどうかな」
ほぼ同時にそう発すると、俺は指を叩く。するとロビンの背後からメイドが飛び出す。
彼女は両手で壺をかかげていた。廊下にあったものを拝借したのだ。
小さな屋敷が買えるほど高価な壺を持ってロビンの後頭部を叩くイヴ。これは偶然ではなく、必然だった。
事前にイヴにロビンを見張らせていた成果だった。俺は最初からロビンがなにかしでかすと見抜いていたのだ。
一仕事終えたイヴは俺に質問をしてくる。
「御主人様の眼力に今さら驚くことはありませんが、どうしてロビン様が裏切ると分かったのでしょうか」
「あらゆる布石を惜しまなかっただけだよ。英雄が次々と仲間になるのは不自然だからな」
「さすがは御主人様です」
この裏切り者をどうなさいますか、とイヴは続ける。
「彼は裏切り者ではない」
「しかし、御主人様を暗殺しようとしました」
「事情がある、とロビンは言った」
「暗殺者の言を信じるのですか」
「言葉を信じるんじゃない。彼の信念を信じるんだ」
「フランシス・ロズネーを殺したことを差しているのですか? ロズネーを殺したのは御主人様を騙す策略です」
「だがその前に警備隊隊長のゲオルグを殺したとき、彼の瞳は泣いていた。ゲオルグの勇気に心震わせていた。ロビンの放った矢には憎しみではなく、慈悲が込められていた。あのような矢が放てる人間が悪人のわけがない。事情を聞き出し、今度こそ彼をこちらの陣営に付けたい」
俺の心の内を聞いたイヴは「さすがは慈愛の王です」と感涙した上で、魔族の護衛を呼んだ。
一応、縄で縛り上げるが、丁重に部屋に運ぶように指示をする。
イヴの配慮に感謝をしつつ、ロビンを部屋に運ぶ。
そこで尋問は行われた。
尋問と言っても限りなく質問に近いものだった。もしもロビンが拒否するのならば、質問すらしない予定であった。
イヴは、
「御主人様は甘いです。ですが、その甘さに惹かれて集まる英雄も多い」
と言った。
「計算してやっているわけじゃないがね」
と返すと、ロビンに気付け薬を嗅がせる。
花瓶を後頭部に受け、気付け薬で起こされた眠りは決して快適なものではないが、それでもロビンはそれを表情に出さなかった。慌てたり、暴れたりしようともしない。その態度は立派である。
俺は彼に敬意を表しながら質問をした。
「なぜ、俺を暗殺しようとした」
簡にして要を得た質問であるが、ロビンは答えてくれた。この期に及んで隠すつもりはないようだ。
「魔王ダゴンに命令された」
「呼び捨てにし、命令という言葉を使うと言うことは意に沿わない指令ということでいいか」
「ああ。俺は弓使いだが、暗殺者ではない。戦うならば正々堂々と戦場でまみえたい。ましてや相手がこの世界の歴史に名を残すような魔王ならばなおさらな」
「そこまでの魔王かは自信がないが、ダゴンが俺を殺したがっているのはよく分かった。それで誰を人質に取られているんだ」
「……分かるか」
「ああ、お前のような高潔な男が暗殺など引き受けるんだ。自分のためではない誰かのために決まっている」
「……恋人が人質に取られている。名をフィアンナという」
「美しい名だ」
「実際に美しいさ。その姿も心根もな。彼女は異世界に召喚され、主を失った俺を献身的に支えてくれた。この異世界でも生きる目標を無くした俺に再び生きる意味を与えてくれたのだ」
「恩人というわけか」
「ああ、己の心臓よりも大切な女性だ」
「ならば一緒にダゴンから取り返そう」
「フィアンナはダゴンの城の地下深くに幽閉されてる。無理だ」
「無理ではない。俺は謀略の王だ」
と言うとロビンに作戦の概要を説明する。
「俺の配下には風魔小太郎という最強の忍びがいる。彼をフィアンナ救出に向かわせよう」
「しかし、ダゴンの城の守りは堅い」
「ダゴンは今、南の砦に兵力を集中させている。御自ら出陣中だ。今ならば手薄だ」
「…………」
「それに俺はやつを油断させるため、一芝居打つつもりだ」
「一芝居?」
「ああ、戦闘中、一度死ぬつもりだ。お前の矢によってな。俺が戦闘で死ねばやつが本当にフィアンナを返す気があるか分かるだろう。もしも本当に返してくれるならばそれでよし、やつがクズならば小太郎に救出させたあとに、殺して後悔させればいい」
「……なるほど、合理的だ。さすがは表裏比興のもの」
「お褒めにあずかり恐縮だ」
「しかし、ひとつだけ気になることが。戦闘中、俺が魔王に矢を放ち、暗殺を偽装する、という作戦なのだよな」
「そうだが」
「もしも俺が偽装ではなく、本当に魔王の命を奪ったらどうなる? お前の作戦は水泡に帰すぞ」
ロビンはとんでもないことをさりげなく言うが、それに対する返答もさりげなかった。
「そのときは魔王アシュタロト軍は崩壊するだけさ。イヴには俺が死んだら無駄な抵抗はせず、新たな強者に領土を譲れと言ってある。それがダゴンになるか、他の魔王になるかは知らないが」
「……見事な達観ぶりだな。いいだろう、その器の大きさにすべて懸けてみよう」
「確率は低いが、リターンは大きい」
「この上はその確率を高めつつ、倍率も上げたいものだ」
ロビンはそう言い切ると右手を差し出してきた。握手を求めているようだ。俺はそれに答えるとシャーウッドの森の英雄と友誼を結んだ。




