舞踏会
イヴとダンスの練習をする前にロビンの部屋による。ロビンとはもちろん、新しく配下に加わったロビン・フッドである。
彼も客人としてマルコの屋敷に滞在していたので、すぐに会うことができた――、わけではなく、彼は部屋にいなかった。部屋付きの侍女に居場所を尋ねると、彼は屋敷にある林にいるらしい。
なんでも木々に囲まれている方が落ち着くとのこと。
さすがはシャーウッドの森でイングランド王と戦い続けた英雄だけはある、と俺はそのまま林に向かった。
林に行くと彼は木々の上で昼寝をしている。枝をベッド代わりにしている。
すこやかな表情で寝ているので、起こすのは気が引けたが、ロビンはすでに目覚めていたようだ。
俺が林の中に立ち入った瞬間、存在を確認したとのこと。その明敏な感覚はまさしくレンジャーのようであった。
彼は木の上から飛び降りると、
「なにようだ?」
と言った。
俺は単刀直入に話す。
「今度、この屋敷の主であるマルコ殿が舞踏会を開く。踊れとは言わないが、ロビンにも参加してほしい」
「おれが舞踏会に? 魔王アシュタロトの知謀は冴え渡っていると聞いたが、戦以外では人を見る目がないようだな」
「まあ、ロビンが礼服を着て踊る姿は想像つかない。だが、パーティーに参加して酒を飲むのも気晴らしになるぞ」
「酒は木の上で飲むのが一番だ」
「参加しない、という意味か」
「そうとってくれ」
と彼は腰の革袋から酒をぐいっと飲む。たしかに旨そうに飲む。ロビンは舞踏会のクリスタル・グラスよりも革袋から飲むほうが似合っていた。
なので無理強いすることはなかったが、代わりに質問をする。
先ほどから気になっていることがあるのだ。
「ところでロビン、その肩にいる生き物なんだが……」
「肩にいる生き物? このカーバンクルのことか」
「ああ、ワイルドなロビンに似つかわしくないその生き物はなんなんだ」
「こいつはカーバンクルだ」
「いや、それは知っているが」
カーバンクルとは緑色のリスのような生き物である。リスと違うところは額に赤い宝石があるところだろうか。その額の魔法石の魔力は膨大で、カーバンクルの宝玉は高値で取引される。
「こいつは数ヶ月前から俺になついている相棒だ。森で狼に襲われているところを助けた」
「それにしてもなついているな」
通常、命を助けたくらいでカーバンクルはなつかない。カーバンクルの別名は臆病ものな子栗鼠というもので人になつかないことで有名だった。
「さてね、なぜ、なついているかまでは知らない。ただ、こいつといると心が安まる」
とロビンが手を伸ばすと、カーバンクルは伸ばした手の先に移動し、そこで宙返りをする。
「芸までするのか。すごいな」
「どこで覚えたやら」
「なかなかすごいカーバンクルだが、ジャンヌには見せないように」
「どうしてだ?」
「あの娘は小動物を愛でる心を持っていない。四つ足の生き物は皆、食べ物に見えるようだ」
「それは食い意地が張っているな。人は見た目に寄らないものだ。分かった、スゥには近づかないように言っておく」
「そのカーバンクルはスゥというのだな」
「ああ」
「似合っているよ」
と言うと、喜ぶ。ロビンではなく、当のカーバンクルがにこりとしたような気がした。しかし、それは幻想だろう。カーバンクルに表情筋はないはず。
俺は不思議なカーバンクルに一礼するとその場を辞した。
ロビンはそのまま木々の上に駆け上がると、帽子で目隠しをし、昼寝を再開した。
俺はイヴに踊りを教えてもらうため、マルコの屋敷に戻った。
「いち、に、さん」
マルコ・ポーロの客間に華麗な声が響く。
その声はメイドが魔王に社交ダンスを指導するという滑稽なものであったが、一方は真剣だった。
特に俺はイヴの指導を熱心に聞く。
その姿を見て歳三はため息を漏らす。
「魔王が紅毛人の踊りに熱中するとは、世も末だな」
土方歳三は幕末の時代を生きた人間、諸外国に武力で恫喝されていた幕府の番人をしていた彼は洋風の踊りが嫌いらしい。
「まあ、俺も厳密にステップが必要な踊りは苦手だ」
「その点、日の本の踊りは最高だぜ。ええじゃないか、ええじゃないか、と適当に踊ればいい」
「そっちの踊りも嫌いではないが、まあ、社交ダンスは覚えておいて損はない」
「なるほど、これから諸都市を陥落させ、その土地どちの美姫を召し上げてハーレムを築くからな」
「ハーレムは管理が面倒だ」
と本音で返すと、歳三にもダンスを練習するように伝える。
「冗談だろう。俺は南蛮人の踊りが嫌いと言ったろう」
「だが、これから俺たちはこの手の催しを開催したり、お招きされたりする機会が増えるはずだ。覚えておいて損はない」
「まだ戦場にいたほうが楽だね」
と歳三は吐き捨てると俺の部屋を出て行った。
どこに行くのだ、と無粋なことは尋ねない。彼はこの海上都市にやってきて以来、色町通いを続けていた。
海上都市の娼館にお気に入りの娘でも見つけたのだろう。彼は麗人たちが集う舞踏会場よりも、花々が集まる花街のほうが性に合っているようだ。
それを改めて確認したので、黙っていかせるが、問題なのはジャンヌのほうだった。
ジャンヌも女、綺麗なドレスを見せれば「素敵なの!」と食指を伸ばしてくると思ったが、意外にも彼女は舞踏会にもドレスにも興味はなかった。
「私は神に仕える身なの。綺麗に着飾って踊るのに興味はないの」
と読みかけの絵本を持って部屋に閉じこもってしまった。
ちなみに風魔小太郎は言うまでもなく行方不明である。
部下の誰ひとり舞踏会に興味を示さないことに嘆く俺だが、イヴは逆の意見を述べる。
くすくす、と口元を緩めた上でこう言った。
「わたくしは逆に嬉しいですわ。御主人様を独り占めできます」
「俺はいつも麗しいメイド長のものだよ。しかし、歳三と小太郎はともかく、ジャンヌには参加してほしいな」
「そうですね。ジャンヌ様は少しお転婆なところがありますからね。綺麗なドレスでも着せて矯正したいです」
「ああ見えて意外と聖女としての自覚があるからな。食欲以外は修道女のように厳格だ」
「ですね。意外と頑固者です」
「容易には参加してくれまい」
「でしょうね。あ、御主人様、ステップを間違えています」
とイヴは足の乱れを指摘してくる。
「すまない。しかし、これでは強気に誘えないな。指導してやるともいえないし」
「かもしれません。しかし、わたくしはジャンヌ様を舞踏会場に呼び出す秘策があります」
「ほお、すごいな。謀略の魔王でも考えつかなかったのに」
「お戯れを。わたくしの策は策ともいえないような単純なものです」
「拝聴しようか」
表情を崩して言うと、イヴは謹んで、と頭を下げてきた。
「ジャンヌ様は食いしん坊でございます。そこに策略を弄する隙があるかと」
「なるほど、たしかにイヴの言う通りだ」
それだけのヒントですべてを察した俺は、イヴに礼を言うとジャンヌの部屋に向かうことにした。
ご機嫌を取って舞踏会に出席するようにうながすためだ。
イヴは俺の謝辞を受け取ると俺の背中を丁重に見送ってくれた。




