ロビン・フッド
保守派の商人たちから資金援助を受けた俺はその金で傭兵を雇う。
幽霊船団の襲撃に備えてのものであるが、傭兵たちを募集する間、幽霊船団の襲撃は断続的にあった。
その都度、部下と雇った傭兵で迎撃していたが、敵も学習したのだろう。三回目以降の襲撃は全部沖合からの砲撃となった。
港に上陸してくれればなんとかなるのだが、沖合からの砲撃だと反撃できない。
港に設置されていた砲台は無力化されていたし、ベルネーゼの軍艦は皆、出払っていた。
海賊船団は雨あられのように大砲を撃ち込んでくる。
俺としては魔法で大砲の弾を破壊したり、いなしたりする程度しかできなかった。
「もっと近寄れればなんとかなるのだが……」
と難儀していると、調子に乗った幽霊船長ロズネーが非道なことを仕掛けてくる。
大砲による遠距離攻撃ではらちがあかないと思ったのだろう。彼は先日の戦で捕虜にした警備兵のひとりを甲板に立たせる。
十字の張り付け台に固定し、甲板で晒しものにされたのは、警備隊の隊長であった。
名はゲオルグである、とリョウマから聞く。
彼は優秀な警備隊長で、仲間を救うため、血路を開き、最後まで戦場に残っていたという。彼は最後まで雄々しく戦い、敵に捕縛されたのだ。
その戦いぶりは自己犠牲の象徴のようであった。要は高潔にして慈悲深く、部下に慕われ、上司に信頼されていたそうだ。
しかし、そのゲオルグも今や敵の捕虜。幽霊船内で拷問を受けていたようで、全身紅に染まり、傷だらけである。
その姿を見たジャンヌは愁眉を下げ、哀れむ。
「……おお、神よ、あのものを救いたまえ」
その感想はジャンヌだけでなく、俺も含め全員の感想であったが、フランシス・ロズネーはそれを見越して残虐な真似をするのだろう。
海上都市の市民に自分がいかに残虐かを見せつけ、海上都市側の戦意をくじくのがやつの策略であろう。
ならばやつの手に乗ってはいけないのだが、ロズネーもゲオルグも無視することはできなかった。
ロズネーは甲板に立つと大声を張り上げる。
「海上都市の諸君、先日は世話になった。我が軍の襲撃を跳ね返したのには敬意を持つ。しかし、諸君らは一日でも早く我らが軍門に降るべきだ。軍門に降るのが一日でも遅れれば市民の中にもこのゲオルグのような末路をたどるものが現れるかもしれない」
ロズネーはそう言い切ると、部下から熱した焼きごてを受け取り、それを躊躇なくゲオルグの胸に押し当てる。
「ぐああああああ!」
と、苦痛に満ちた叫びが響き渡る。
次いでロズネーは短剣を取り出すとゲオルグの皮をはぎ出す。まるで兎の皮でもはぐように。
その様は残酷でとても見ていられなかったが、俺は目を離さなかった。ゲオルグの瞳の奥に宿っている決意を見逃さなかったからである。
ロズネーに海上都市の降伏をうながされたゲオルグは、勇気を見せる。自身が海上都市最強の勇者であることを証明する。
彼は言った。
「海上都市の警備隊よ! 降伏などもってのほかだ! 貴君らは最後まで戦え! 最後まで海の民の誇りを失うな! 俺の屍を踏み越えていくんだ!」
その雄弁を聞いたロズネーは顔を真っ赤にさせ怒り狂う。狙った台詞を得られなかったからである。
怒り心頭となったロズネーは、さらに残酷な拷問をすべく、やっとこを取り出し、ゲオルグの指を引きちぎろうとしたが、それはできなかった。
彼の勇気に敬意を表したものがいたのだ。そのものは意外にも敵の中にいた。
ロズネーとは別の船に乗っていたひとりの傭兵が弓を取り出すと、それを引く。
渾身の力を矢に込めると、それを放ち、ゲオルグを救ったのである。命ではなく、その尊厳を。
弓使いの矢はまっすぐにゲオルグの心臓に突き刺さる。それによってゲオルグは絶命するが、彼は恨み言を発するようなことはなかった。
その弓矢には慈悲が満ちていることを察したのだ。
むしろ感謝する言葉を述べると、最後に海上都市ベルネーゼの繁栄を祝う言葉を残した。
それを見たロズネーは怒り狂うが、弓使いは素知らぬ顔ですでに小舟に乗っていた。
幽霊船団から離脱する決意を固めたようだ。
ロズネーは彼を大砲で殺すように命じたが、そのようなことをさせるわけにはいかなかった。
魔法が届く範囲にやってくると、俺は彼に《防壁》の魔法を掛け、保護をする。
大砲の弾をそらし、弓矢をはじき、彼を救うことだけに注力した。
その苦労は報われ男の命は助かる。男が港に到着すると、彼が先日の傭兵団の一員であると歳三が気が付く。
「旦那、こいつは先日俺らを襲った盗賊団の弓使いだ。やたらと的確に弓を放ったやつだぜ」
「承知済みだ」
「するっていうと旦那、旦那はこいつが敵であると分かった上で助けたのか」
「ああ、百も承知だよ。だが、この男はロズネーと敵対した。敵の敵は味方さ。それに傭兵団は思想ではなく、金によって戦う。いちいち恨んでいたらなにもできない」
「たしかにそうだが……」
と、それでも納得いかない顔をする歳三であったが、俺はそれを無視すると男に名を尋ねた。
男は逡巡することなく、身分を明かしてくれる。
「おれの名はロビン。ロビン・フッドだ」
その名を聞いて驚いたのはジャンヌであった。驚きの声を上げる。
「ロビン・フッドってあのイングランドの伝説の弓使いのロビン・フッドなの?」
「そうだ」
と返すロビン。
ロビン・フッドとは誰なのだ? という顔をしている歳三に俺が説明をする。
「ロビン・フッドとは異世界のイングランドという国の伝説的な弓使いだよ。シャーウッドの森と呼ばれる天然の要害に籠もり、獅子王リチャードの留守を預かる弟の暴政に反抗した人物だ」
「へえ、日本でいう那須与一みたいなものか」
その実在が危ぶまれている伝説の人物としてならば共通点が多いかもしれない。
ただ、ロビン・フッドの快男児ぶりや弓の腕前は、那須与一に並ぶ。先ほど、彼は揺れる海の上で的確にゲオルグの心臓を射貫いた。先日の戦闘でも彼は狙ったところに弓を当てていた。
伝説上の人物かもしれないが、伝説以上の腕前を持っていると言っていいだろう。
「しかし、お前のような男が海上都市の一傭兵として甘んじているとはな。なぜ、そのようなことをしている」
「それはもう少し親交を深めてから教えるが、どうだ、魔王よ。俺を雇わないか」
「雇う」
わずかの間もなかったので、歳三とイヴは驚く。いや、ロビンですらびっくりしていた。
「即断だな。俺は裏切るかもしれないぞ」
「少なくともロズネーのやりくちにはうんざりしているのだろう。ならばロズネーを倒すまでは共闘できる」
「なかなかに鋭い観察眼だ。その調子だと報酬も弾んでくれそうだな」
「もちろんだ。通常の傭兵の10倍は支払おう」
「ならば10人分働かなくてはな」
「そうしてもらえるとスポンサーのマルコ殿も喜ぶ」
と続けると、俺は彼に矢を所望する。彼から矢を受け取る。
その矢に懐から取り出した毒を塗る。
「毒矢か? ロズネーはアンデッドだぞ」
「アンデッドにも効果がある毒はある。これはユリカリスという植物の毒だ」
「ユリカリス?」
「この世界の山岳地方に生える美しい花だ。ただし瘴気に包まれた場所にしか生えず、その瘴気を吸えば不死の身体を持つ魔王も死ぬ」
「そのような植物、どうやって摘むのだ?」
「頭をふたつ持つ犬だけがその瘴気に耐性があるらしい。その犬に摘ませるのだが、そうなってくると大量に確保できないのでとても高い」
まあ、今回はスポンサーがいたので容易に手に入ったが、と結ぶと毒を塗った矢を渡す。
「これをやつの弱点につき立てればやつの不死の身体は崩壊するだろう。そしてこの矢をやつに命中させられるのはお前だけだ。お願いできるか?」
俺の願いにロビンはうなずく。
「いいだろう。全身全霊を持ってこの矢じりをやつの弱点に突き立てて見せよう」
ロビンはそう断言すると、弓を構え、弦を引く。
極限まで振り絞った弓はしなり声を上げる。
かなりの距離があったが、ロビンならばここからでも命中させる。そのような雰囲気を醸し出していた。
「――それでやつの弱点はどこなのだ?」
極限まで弓を引くとロビンは言った。俺は答える。
「やつの弱点は左目だ。やつは魔力を使うとき、左目を輝かせる。おそらくやつは本来魔力などなかったのだろう。左目に魔力の石を移植されたと見える。魔王ダゴンによってな。つまり、その魔力を絶ちつつ、毒を与えればやつを殺すことも可能なはず」
「なるほど、たしかにやつの左目は不気味に光る。説得力があるな」
ただ――、とロビンは続ける。
「もしもおれがここで外せば、やつは弱点を気が付かれたことに気が付いて、以後、前線に出てこなくなるかもしれないぞ。おれにこんな大切な役目を任せていいのか」
「もしかしたら二重スパイの可能性もあるな」
先ほどのやりとりはすべて演技だった、というわけだ。
「しかし、そのような可能性を考慮しても仕方ない。やつが警戒して前線に出てこないのであればそれはそれで善い。被害が減る」
「そういう考え方もあるか」
「それに俺はお前が必ず命中させると思っている」
「ほう、それはどういった根拠だ」
「俺の部下にはお前のような不遜な男が多い。土方歳三に風魔小太郎という。なにかにつけて俺を試したりするが、そういった困った性格のやつに限って腕は立つ。必ず期待に応えてくれるのだ」
「なるほどな。魔王アシュタロトよ、もしかしたらお前はそういった宿星の下に生まれたのかもな。いいだろう。このロビン・フッドの実力、しかと見届けよ」
ロビンがそう言うとその手から弦が放たれる。角度を付けた矢は弧を描くように推進し、フランシス・ロズネーのもとへ向かう。
ロズネーもまさかこの距離から一点射撃を受けるとは思っていなかったのだろう、警戒心はなかった。矢が飛んできているとも知らずに部下をなじり、激高している。
大砲を放て、と叫んでいるロズネーの目に吸い込まれるように矢が命中すると、ロズネーはやっと驚愕する。
「な、なんだと……!? な。なぜ、俺の左目に矢が……?」
ぐらりと揺れる足下、不死にして無敵のはずである自分がどうして矢一本でこのような醜態を、そう思っているかもしれないが、ロズネーに考察する時間はなかった。
魔力の供給源を絶たれ、猛毒のユリカリスを体内に打ち込まれたロズネーは30秒後には泡を吹き、1分後には血を吐く。
視覚も失い聴覚も失っているようで、最後は天を仰ぎながら恨めしそうに絶命した。
こうして海上都市ベルネーゼを苦しめた幽霊船長は死を迎えたわけである。その死は悪党らしい惨めなものであった。
首領の死を悟った海賊たちは復讐を誓うでもなく、散り散りに逃げていく。ロズネーは人望ではなく、恐怖によって部下を押さえつけていたに過ぎないのだ。
このような輩は反面教師にせねばならないが、今はともかく、ロズネーを倒した勇者に賛辞を送るべきだろう。
俺は改めてロビンのほうを向くとこう言った。
「貴殿の働き、見事であった。傭兵10人分ではなく、30人分の報酬を支払おう」
その言葉を聞いたロビンはにやりと笑うと、握手を求めてくる。
「いいだろう。俺の弓の腕はダゴン戦でも役に立つはず」
と彼は今後もアシュタロト軍に残ってくれることを誓った。
俺の陣営にまた英雄が加わったわけであるが、さて、彼は今後、どのように活躍してくれるか、今からそれが楽しみであった。
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