リョウマの調査報告
リョウマの調査報告。
見事な手際で幽霊船団とその首領を追い払った魔王アシュタロト。リョウマは先日からその実力を何度も見てきたが、その手腕と実力は何度見ても驚かされる。
さすがは大商人マルコ・ポーロが目をつけただけはある。
最初、リョウマは魔王に対抗するために魔王に助力を乞うのは反対であった。
魔王ダゴンに屈したくないあまりに魔王アシュタロトにすがるのをよしとしなかったのだ。
ゆえにリョウマは自分の目で魔王アシュタロトを検分するため彼の支配地まで行って確認したのだが、その苦労は正しく報われた。
アシュタロトは想像以上の魔王であり、想像以上の男だった。
彼は見ず知らずの商人である自分のことを助け、この海上都市の危機も救ってくれた。
さらに言えば彼は見返りも要求しない。もしも魔王ダゴンを打ち払っても対等な通商条約を求めるだけで、それ以上は望まないと明言していた。
実際、彼の好青年ぶりを見るとそれは真実であろう。この都市にきてから彼のことをつぶさに観察しているが、彼の他者に対する態度は誠実そのものだった。
例えば部下のメイド、イヴに対しても驕らず偉ぶらず、理想の主であった。イヴという少女がお茶をいれれば毎回笑顔で礼を言う。イヴが粗相をしても怒らない。
(粗相など滅多にないが)
他の部下にも寛容でとても慕われている。
土方歳三などの気難しい人物も、ジャンヌ・ダルクのような掴みどころのない少女も皆受け入れ、その才能を十全に発揮させていた。まったく、理想の指導者である。
こうなってくるとリョウマとしては、彼を是非、婿にしたくなる。彼の子種を貰って子供を産みたくなる。
それに海上都市を守ってもらった礼として、彼の一夜妻になってもいいと思っていた。
というか思うだけではなく、実行する。
リョウマはマルコの屋敷に泊まっているアシトの部屋に訪問する。深夜、限りなく透明に近いネグリジェをまとって。
男好みのする香水と下着も忘れずに。
リョウマはできるだけ美しく、淫らな格好でアシュタロトの寝室のドアを叩いたわけであるが、彼はリョウマの艶姿に見とれてはくれたが、リョウマを寝室に入れることはなく、紳士的に追い返された。
「気持ちだけ受け取っておく」
と回れ右させられたわけであるが、気合いを入れて参上しただけに落胆を禁じ得ない。
最初はイヴという麗しい花のような少女とジャンヌという清らかな少女の魅力に負けたのかと思ったが、そうではないようだ。
しばらくアシトの寝室を名残惜しげに見つめていたら、ジャンヌが枕を抱いてやってくる。彼女も色っぽいネグリジェをまとっていたが、リョウマのように追い出される。
どうやらアシト殿は淡泊というか、欲がないというか、修道僧の様な人物であるらしい、と悟ったが、別の疑惑が生じる。
その疑惑とは、
「男色家なのだろうか」
というものであった。リョウマの豊満な胸にも、聖女様の金髪にも惹かれないとは男としてどうかと思ったのだ。ただ、アシトの性的嗜好が特殊であるならばその事情も納得できる。
というわけで気になったリョウマはマルコの屋敷にいる美青年を差し向ける。
彼は古代の彫刻のモチーフに相応しいような美青年で、目鼻立ちもスタイルも素晴らしかった。異性にも同性にもモテるタイプで、本人は甚だ困っているようだが、この際、協力してもらう。
青年はアシトの寝室を叩くが、やはり青年も追い返される。リョウマやジャンヌのときよりも素早く、迅速に。筋肉質の青年は好みではないようだ。
ならば可愛らしいタイプが好みなのだろうか。稚児趣味もあり得ると思ったので、マルコの屋敷で働く見習いの少年を呼び出すと、女装させる。
女物の下着とフリフリのドレスを装着させると、アシトのところへ送り込む。
アシトは一瞬、驚く。可愛らしい少年を凝視するが、それは気に入ったのではなく、昼間、世話をしてくれた少年が女装していることに驚いているだけのようだ。女装少年も丁重に追い返されるとリョウマはますます首をひねったが、そんなリョウマの肩を叩くものがいる。
メイドのイヴである。彼女の眉は少し上がり気味だった。どうやら主の睡眠を邪魔するのが許せないようだ。「お引き取りを」と言われる。目が魔族じみていて怖かったので素直に従うが、リョウマは最後に尋ねる。
「魔王殿はいったい、どのようなおなごが好きなんじゃ?」
その問いにイヴは困惑する。怒り気味の眉が下がる。彼女はぼそりとつぶやく。
「……その様なことが分かるのならば苦労はしません」
なるほど、どうやらイヴという女性も魔王の奥手具合に相当難儀しているようだ。
リョウマはイヴから、「草食系」という言葉とその意味を教えてもらう。
「なんでも女性に興味が薄く、鈍感な殿方をそういうふうに呼称するらしいです」
「ふむ、それは言い得て妙な言い方ぜよ」
と、ひどく納得すると、リョウマは心の中で謀略の魔王のことを草食系魔王とも呼称することにした。
ただ、諦めたわけではなく、いつか肉食系になってもらうつもりだった。エルフには長い寿命があるが、その分、妊娠しづらいのだ。いい男がいれば積極的にモーションを掛けなければ、なかなか子を宿せないのである。
さて、上記のように調査報告書の草案をまとめたが、さすがに提出先である保守派の商人たちには見せられないので、結局、文面を大きく変える。
魔王の人格、善良にして義理堅い。是非、親交を結び末永くよしみを結ぶことを推奨する。
内容は要約するとこうなった。その報告を見た商人たちの多くは、魔王を信頼してくれるようになり、資金援助を申し出てくれた。
その金で傭兵を雇い、どうにか魔王ダゴンと幽霊船長を倒してくれということであったが、謀略の魔王ならばその願いを叶えてくれるだろう。
実際、リョウマは自分の全財産をアシトに提供するつもりであった。それくらい魔王を信頼しているのだ。
そしてその信頼は正しく報われることになる――。




