幽霊船長
海上都市ベルネーゼの港町は、阿鼻叫喚の様相を呈していた。
海上から放たれる大砲によって鳴り響く轟音、大砲の弾によってもたらされる破壊。
それらによって港町の人々は大声を上げながら逃げ惑う。
皆、家財や自分の命を後生大事に抱えながら、港とは反対方向に走る。
その判断は賢明であったが、港へ向かう市民の波をかき分ける俺たちにとってはあまり良いことではなかった。おかげで到着が遅れてしまう。
俺たちが港に到着したのは、マルコ・ポーロの屋敷を出てから十数分後であった。
幸いなことに港町はまだ形を保っており、港町を守る警備隊も残っていた。
しかし、それもあと一時間というところだろう。それくらいの時間があれば、幽霊船団はこの港を占拠できるように思われた。
「なかなかやるじゃないか」
とは歳三の台詞であるが、たしかにその通りだった。
幽霊船の船長と聞いていたから、戦術とは無縁の男かと思っていたが、なかなかどうして、名将であった。
幽霊船の船長フランシス・ロズネーは海上都市の沖合から大砲をありったけ放ち、港に設置されていた固定砲台を破壊する。
次いで警備隊の指令所と思われる場所に砲撃を仕掛け、指揮系統を混乱させる。
その一連の動きは決して当てずっぽうではなく、入念に準備したものであった。
「一廉の武将だな」
と感想を漏らすと、やつのご尊顔を拝見。
幽霊船の船長フランシス・ロズネーは一際醜い船から、一際醜い容姿で指揮をしていた。
怒声を張り上げ、部下を叱咤している。
彼の部下の半分が異形の形をしていた。
異形の化け物は半魚人、タコのような化け物、リザードマン、スライムなどが中心だった。
残り半分は人間であるが、どいつもこいつも悪そうな顔をしていた。どうやら周辺の海賊勢力を服従させ、部下にしたようだ。
質、量ともに充実しているようで、混乱状態にある警備兵を次々となぎ倒していく。
このままでは防衛戦を突破され、市内に流れ込んでくる。そう判断した俺は呪文を詠唱する。
古代魔法言語を唱える。
「森羅万象の雷王よ! 大気を震わせ、審判の裁きを下せ。肉を焼き、骨を焦がせ! いでよ。ロード・オブ・ペイン!!」
呪文が発動されると、俺の周りをオブジェクトが囲む。
そのオブジェクトから魔力が一点に放たれると、異界の門が開き、そこから雷の王が出現する。
威風堂々、悪しきものに裁きをもたらす王は、港の出入り口すべてに結界を張る。
雷が具現化し、波のような雷が道を覆う。一匹の化け物がそれに触れるが、化け物は一瞬で感電し、黒焦げとなった。
その様子を見ていた歳三は言う。
「旦那は化け物か。ここまで広範囲に雷の結界を張るなど、ただの魔術師の所業ではない」
これならば海妖どもは一歩も入れまい、と結ぶが、ジャンヌが否定する。
「そんなことないの。肝心の大通りへ続く道ががら空きなの。片手落ちなの」
歳三はジャンヌの指さす方向を見るが、うなる。
「ううむ、たしかにそうだ。旦那らしからぬミスだな」
と俺を見つめてくるが、不敵な笑みで返す。
「これは策略だよ。わざと進む道をひとつ残してやったのだ」
「どういった意図なんだ」
「敵を一点に集中させるため、俺たちがあの道に陣取れば敵はすべてあそこにやってくる。敵を探して移動しなくていいし、こちらも戦力を分散せずにすむ」
「たしかにそうだが、その代わり数百匹規模の化け物を一気に相手にすることになるぞ」
「大通りへ続く道とはいえ、入り口は狭い。あそこに陣取れば大丈夫だ」
「なるほど、また狭隘な地形を利用するのか」
「また?」
と、指をくわえて首をひねるジャンヌ。
「聖女様は数ヶ月前のことも忘れたのか。旦那が10000のゾンビを撃退したことがあったろう」
「おお、魔王エリゲスと戦ったとき!」
エリゴスだ、と冷静に訂正すると俺は説明する。
「歳三の言うとおりだな。あのときの応用だ。数百の敵に囲まれれば一巻の終わりだが、正面から数匹ずつならばなんとかなる。各個撃破というやつだ」
まあ、論より証拠だな、と俺は颯爽と翻ると大通りの入り口へ《飛翔》する。
飛翔するなり俺は、右手に魔力を込める。
右手に闇色の魔力を這わせると、それを鋭利な刃物にする。
刺突属性を極限まで高め、叫ぶ。
「俺の右手が光ってうなる! 海賊どもを突き刺せと、轟き叫ぶ! 必殺! ダークネス・ランス!」
真っ黒な槍がにょきりと伸びる。どこまでも伸びる。無尽蔵に伸びる。
ジャンヌは、
「すごい、無限ランスなの!!」
と評したが実際にそうであった。もしも俺の魔力が無限ならばこの槍はどこまでも伸びるだろう。
ただ、残念ながら俺にはそこまでの魔力がない。俺の魔力では『せいぜい』港沖に停泊している幽霊船の横腹に槍を突き刺す程度だった。
俺の槍は海賊、海妖ども十数匹を串刺しにし、幽霊船長フランシス・ロズネーに挨拶をする程度であった。
ロズネーが指揮する甲板のすぐ側に槍が突き出る。
イカの化け物のような顔のロズネーはすぐ横を攻撃されたにも関わらず平然としていた。
悠然とこちらに殺気を送り返す。その態度はまさしく大将の器であり、海の男の長に相応しいものであった。
俺はロズネーを強敵と認定すると、そのまま海賊どもをなぎ倒す。
《火球》や《雷撃》などをぶち込み、敵陣が混乱したところで叫ぶ。
「歳三、それにジャンヌ、出番だ」
俺が英雄ふたりにそう叫ぶと、こちらに走り込んできていた歳三が返答する。
「承知!」
と。
ジャンヌも次いで言葉を発する。
「愛する私を二番目に呼ぶとは納得いかないけど、了解なの!」
思わず苦笑してしまうが、ふたりは強かった。
歳三の愛刀、和泉守兼定は海賊たちを冷徹に切り裂く、半魚人を切り身にし、タコを刺身にし、海賊をなますにする。
ぼとり、と落ちたタコの足が踊るかのようにうごめく。
ジャンヌはそれを食べたそうに見つめるが、すぐに冷静になると聖剣から剣閃を放つ。
神々しい黄金色のオーラが海賊たちの上半身と下半身を切り裂く。
彼らは無双の活躍をしながら俺の横にやってくると、剣を構え直す。
歳三とジャンヌは雄々しく叫ぶ。
「我こそはアシュタロト軍一の勇者なり!」
と。
その言葉は頼もしく、真実味に満ちていた。
実際、彼らはその後、多くの海賊を切り伏せた。
このように形勢は逆転する。
先ほどまで港を蹂躙し、市民や警備隊を恐怖で支配していた海賊たちは、一転、攻守が入れ替わる。
海賊たちは恐れおののき、恐慌状態になっている。
このままならば余裕で勝てる。海賊たちは逆流し、船に戻り始めた。
勝負あったか、そう思った瞬間、逃亡する海賊たちの集団に大砲の弾が命中する。
その大砲は港沖の幽霊船から放たれたものだった。
幽霊船の上からフランシス・ロズネーは叫ぶ。その声は魔法で拡大される。
「誰が撤退していいと言った。そこにいるヒヨコ魔王と、俺、どちらが怖いと思っているのだ」
その声は残酷さと冷徹さに満ちていた。乱暴者の海賊たちの心胆を寒からしめる。
海賊たちは再び野蛮性を取り戻し、ショート・ソードやシミターを握りしめる手に力を込める。
それに満足したフランシス・ロズネーは自ら前線に出てくる。
幽霊船と港にある小舟の上に飛び移り、こちらに跳躍してくる。魔術師のように器用な跳躍であったが、魔力は感じない。どうやら身体能力でジャンプしているようだ。
まったく、これだから化け物は嫌いだ。人が苦労して詠唱しているというのに。
そんな愚痴を口の中でもらすと、俺は幽霊船長迎撃の準備を始めた。




