ゴーストシップ
幽霊船退治をするのは既定事項であったが、問題はどうやってするか。
まずは海に詳しいマルコ・ポーロに尋ねる。
「マルコ殿、幽霊船なのですが、相手はどのような戦力なのでしょうか」
「船の数は五隻、船団を組んでいる。それを指揮をするのは赤髪灼眼の海賊フランシス・ロズネー」
「名前まで分かっているんですね。しかも妙に格好いい二つ名だ」
「ああ、やつは元々は人間なのだが、魔王ダゴンに心臓を捧げ、不死の化け物になった男。数百年に一度復活するという幽霊船を占拠し、そのまま船長に収まった男だ」
「一筋縄ではいかない豪傑というわけか。やつが交易路を荒らすのはダゴンへの支援でしょうか」
「おそらくは。我が都市の生命路である航路を抑えることによって革新派を勢いづかそうとしているのだろう。事実。そのせいで今、この都市はやつらの天下だ」
「ならばやはり幽霊船。いや、その船長赤髪灼眼の海賊フランシス・ロズネーは討つべき存在ですね」
「その通り」
「しかし、元人間が魔王に魂を売ったのか。しかも不死の化け物なんですよね」
「ああ、その通り」
「いったい、どうやって倒せばいいのやら……」
と吐息を漏らすと、ジャンヌが元気よく言った。
「安心するの! 魔王! 魔王は今まで不死身の魔王を何人も倒してきたの」
そう言えばそうだな、と無精髭をなで回しながら肯定する歳三。
「魔王エリゴスはほぼ不死身の身体を持っていたが、やつのコアを壊すことによって無力化した。他の魔王だって人間基準で見れば皆、不死身であった。そんな魔王を倒せたのだ。海賊くらい訳あるまい」
と歳三は締めくくる。
気軽に言ってくれるなあ、と思わないわけではなかったが、不死身の敵に恐れをなして縮こまれるよりも遙かによい。
そう思ったが、その瞬間、遠くから「ひゅう」という音が聞こえると、炸裂音がこだまする。
なにごとだ、と俺の部下たちは慌てるが、俺はその音に聞き覚えがあった。
俺の盟友であるドワーフの族長がよく出す音である。彼はアシュタロト城にある実験場でよくこの音を出していた。いつか『大砲』を主力兵器にしてみせると奮闘していたのだ。
つまりこれは大砲である可能性が高い、と皆に告げるとマルコ・ポーロは言った。
「ご明察の通りです。これはおそらく大砲かと。なにものかが港から街に向けて大砲を撃っているようです」
「軍隊は早々湧き出るものじゃない。ましてや大砲を積んだ船ならば余計に。港から大砲をぶっ放しているのは件の幽霊船団だろうな」
マルコとリョウマは首肯する。
俺は一応、窓辺にいる雀を捕まえると、その雀を一時的な使い魔とし、港を偵察させるが、やはりそこにいたのは幽霊船だった。
馬鹿でかくて立派な帆船であるが、朽ちた帆船。フジツボや海藻にまみれた小汚い船が五隻そこにいた。
船長の面を拝見しようとするが、船長らしい化け物を視界に捕らえた瞬間、映像が途切れる。
どうやらこちらの存在に気が付かれて雀を射落とされたようだ。もしくは魔術的なジャマーを張られたか。
残念ではあるが、どのみちやつは倒さなければならない。そのときご尊顔は厭というほど拝見できるだろう。
そう思った俺は部下に出陣をうながす。
「ここは不慣れな戦場、しかも敵は海賊崩れだ。いつもとはかってが違うが、諸君ならばどのような強敵にも臆さないだろう」
それはリップサービスではなく、ただの真実であった。俺の配下である英雄たちは皆、士気が高い。
ジャンヌなどは、
「海賊退治を一度してみたかったの!」
と、すでに背中の聖剣を抜いていた。
「やる気があるのは結構だが、その戦意は戦場で発揮してくれ」
そう彼女をたしなめると、次いでイヴを見る。彼女は観念したかのようにいう。
「このわたくしはお留守番でございましょう……」
「その通りだ。港はすでに乱戦になっていた。イヴの紅茶をいれる技術は役に立たない」
「この短剣にて御主人様を守ることもできますが」
「そいつは頼もしいが、その意気は取っておいてくれ。イヴの献身的な武勇はいつか役に立つ」
イヴは大人しくしたがってくれたが、俺はもうひとり説得する。
「一応、護衛を一人残したい。マルコ・ポーロ殿は保守派商人の要だ。この襲撃も陽動という可能性がある」
「たしかにそうじゃき。この屋敷を空にしたところを暗殺者が襲ってくるかもしれん」
と、いいながらも自身は銃の手入れをしているリョウマ。
港に行く気満々の空気が伝わってくる。
説得は無駄だと分かったので、忍者の小太郎を見つめると、彼は「御意」と、うなずいた。
「この屋敷に近づく不審者の頸動脈は皆、断ち切ってみせる」
クナイを見せ、不敵に笑う。
彼のような忍者の警戒網を突破することは不可能であろう。そう思った俺は席を立つ。
ジャンヌと歳三とリョウマもそれにならうと、俺たちは港へ向かった。




