死の偽装
でっちあげの横領事件で捕まったリョウマを救出する。
それには彼女を無実の罪で告発した評議会の議員に悪事を告白させる、という手法が一番良いと思った俺は、それを実行させるため、暗躍する。
まずはその評議員の情報集め。これはマルコが全面的に協力してくれたので楽であった。
リョウマをはめた評議員の名はアモンド。この海上都市で売り出し中の若手商人だった。
歳はリョウマと同じくらい。つまり、リョウマの商人として活躍に嫉妬したのだろう。それにリョウマは保守派の領袖たるマルコの秘蔵っ子だったのでターゲットにされたと推察できる。
「男の嫉妬は醜いね」
土方歳三はそう言うが、まったくその通りだったのでさっさと天誅を加える。
「とは言っても自主的に罪を告白させなければならないのだろう。どうするつもりなんだ」
「風魔小太郎の情報によれば、アモンドという男は大変迷信深く、気の小さい男らしい。そこを利用する」
と俺はマルコに視線を向ける。
「そのためには評議員であるマルコ殿に動いてもらわなければなりませんが、お願いできますか」
「なんでもしよう」
と、うなずくマルコ。
「それは助かります。ではリョウマを死刑にしてください」
あまりにもあっさり言い過ぎたせいだろうか、マルコはきょとんと口を開け、こちらを見つめる。
彼が自分の聴覚を疑ったのは当然かもしれない。それくらい俺の提案は大胆だった。
「そのままの意味です。もちろん、死刑にはしますが、本当に殺さないでくださいね」
彼女をゾンビとして蘇らせても仕方ない、と冗談を添える。
「一介の商人であるワシには理解できない話だ」
「そんなに難しい話ではありません。まずはリョウマ殿を死んだことにして死体を引き取ります。無論、生きたままですが。それで社会的には死んだことになります」
「しかし、ワシはリョウマを商人として買っている。あの娘は海上都市の未来を担う人材だ。社会的に死なれたら困る」
「でしょうね。だからここからは俺の出番です。リョウマが死んだあと、アモンドを揺さぶります。無実の罪で処刑されたリョウマが毎夜、その夢枕に立ったら? 恨めしい声を上げたら? 朝、目を覚ますとシーツが血で真っ赤だったら? 気の小さいアモンドは恐れおののくはずです」
「なるほど、その手があったか! たしかにアモンドの気の小ささならば耐えられまい。――しかし、そのような工作が可能か?」
「可能です。うちには戦国最強の忍者がいますから」
と風魔小太郎に視線をやると、彼は「御意」と口元をゆがめる。
「それは心強い。分かった。評議会に出向いてリョウマを処刑してこよう」
マルコは礼服に着替えると、評議会に向かった。
翌日にはリョウマの死刑が実行された。革新派としてはリョウマを死刑にまでするつもりがなかったので、困惑したが、保守派の領袖にして彼女の保護者が、
「公金の横領は大罪。万死に値する。自分の娘のような存在だからこそ責任を取らせたい」
と言えば反対のしようがなかった。
リョウマは名誉ある服毒自殺によって死をたまわったが、当然、その毒には仕掛けがしてある。
彼女が飲んだのはロミオとジュリエットのジュリエットが飲んだものと同じものだった。つまり、人を仮死状態にする妙薬である。
リョウマは薬を飲むと、眠るように死んだ。それを評議会の医師が確認すると、遺体はマルコの家に送られてくる。
こうしてハーフ・エルフの商人リョウマは社会的に死んだわけであるが、彼女を起こすのはもう少し先で良いだろう。
というわけでリョウマには客間で眠り姫になってもらうと、その間、アモンドに対する工作を始めた。
まずはアモンドの家に忍び込み、壁一面に血文字を書き込む。
「ぜったい、ゆるさんき」
土佐弁で書かれたそれは一目でリョウマのものと分かるようにした。
次にした仕掛けは、アモンドがトイレに立つたびに、ちらりと黒髪のハーフ・エルフを歩かせるというものだった。アモンドがそのハーフ・エルフを追いかけるとハーフ・エルフは壁の中に消える。
実際は風魔小太郎が変装し、壁に溶け込む術を使っているだけなのだが、後ろめたい気持ちがある男には効果てきめんだった。
その日から寝不足になると、三日目には発狂し、布団に頭を突っ込みながら、死んだリョウマに許しを乞うようになる。
こうなればあとは最後の一押しをするだけだった。
彼の家に手紙を投げ込む。
「我、貴様を許すまじ。罪が白日にさらされるまで、恨み続ける」
筆跡は完璧にリョウマのもの。というか、仮死状態から目覚めた本人が書いたものなので、アモンドは心の底から驚いたことだろう。
結局、それがダメ押しとなり、アモンドは評議会に訪れ、自分の罪を告白した。
無論、革新派は思いとどまるように説得したようだが、アモンドの決意は固かった。彼は罪を告白すると辞表を提出する。
革新派の悪行は表沙汰となり、リョウマの汚名は晴らされた。
評議会は上を下への大騒ぎとなったので、リョウマが実は生きていたと言っても問題視されることはなかった。マルコが一言、「悪党の罪を暴くため諸君らを偽った」といえばことは丸く収まった。
こうして俺はリョウマを救出し、マルコに恩を売ることに成功した。
元々、俺を信頼してくれたリョウマはさらに俺を尊敬するようになり、マルコは魔王である俺を信頼してくれるようになった。
こうして海上都市ベルネーゼで地歩を固める。俺はこの都市で最高の商人ふたりを味方に付けたのだ。
あとはさらに信頼度を稼ぎ他の保守派の商人も味方に付けたいところであった。
それにはこの街が抱えている直近の内憂を取り除くのが近道だろう。
つまり幽霊船退治をするのである。
ただ、この都市に軍隊を連れてきていないので、それも容易にはいかないだろう。
リョウマの濡れ衣晴らしに続いてまた知恵を絞らなければならない。
「まったく、圧倒的な戦力を率いて謀略を用いずに戦闘がしたいな」
と愚痴をもらすが、イヴはにこやかに笑いながら首を横に振る。
「それは難しい相談にございます。御主人様は現実主義者の魔王、いつも知恵を絞りながら戦うのが宿命でございます」
その言葉を聞いた歳三は、
「違いない」
と笑い、ジャンヌは、
「その通りなの!」
と、なぜか胸を張った。
リョウマとマルコも笑みを浮かべながら首肯する。
「さすがは我らが見込んだ魔王様だけはある」




