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謀略の王の手腕

 マルコ・ポーロのような豪商がどのようなお茶を入れてくれるか、一番興味津々だったのは、イヴだった。


当然か。彼女は魔王城の台所を預かる女性。他家のメイドが入れるお茶に興味津々だった。


 マルコが入れてくれたのはごく有り触れた紅茶であったが、イヴはその注ぎ方に注視する。


 見目麗しいメイドが流れるように人数分のお茶を入れると、「このもの、出来ます」と、うなった。


 俺的には普段のイヴとどう違うのか、よく分からなかった、マルコ・ポーロのメイドのお茶を入れるテクニックは一流らしい

「茶葉の選定、蒸らし方、すべてにおいて最高です」


 とイヴが言うので紅茶を飲んでみるが、たしかに上手かった。渋みがほとんどなく、香りのみが鼻孔に広がる。


「お気に召してくれたようでなによりだ」


 マルコ・ポーロはたくさんのミルクと砂糖を入れながら言った。あれほど入れれば香気も糞もないが、飲み方は人それぞれ、本人が旨いと思ったものが最上の紅茶だろう。


 俺たちはそれぞれに最高の紅茶を飲みながら、事情を尋ねた。


「坂本龍馬の娘、リョウマというハーフ・エルフと出会い、彼女に救いを求められました」


「それは聞いている」


「ならば話は早い。我々は彼女の要請に答え、この海上都市にやってきました。ですがこの都市を救う前に彼女が窮地になってしまった。さて、どうしたものか、と悩んでいたところです」


「それはワシも同じじゃ。リョウマはワシの弟子の娘、孫娘のようなもの。なんとか救ってやりたい」


「それでは共闘していただける、ということですね」


「無論」


「ではまず手始めに情報を、なぜ、リョウマ殿は投獄されているのです」


「それはまずこの街の成り立ちから話さなければなるまい」


 と前置きした上でマルコは説明してくれる。


「海上都市ベルネーゼは王のいない都市。商人の持ちたる都市、と呼ばれている。この都市は評議会と呼ばれる豪商たちの作った議会によって運営されている」


「マルコ殿もその議会の議員なのですか」


「うむ、ワシも評議会に名を連ねている」


「その評議会の中の内輪もめが今回の騒動と聞きましたが」


「その通りだ。この議会はワシを中心とする保守派が最大勢力だったのだが、最近、革新派が強引な手法で勢力を伸張させている」


「革新派、ですか」


「革新――、言葉にすればそちらのほうが耳障りが良いが、権力を握って金儲けを企む俗人どもだ」


 と切り捨てる。


「手厳しいですが、無実のリョウマ殿に横領の罪を着せ、投獄するような連中です。ろくでもないやつらでしょう」


「そうだ。そう言い切って良い。しかし、やつらはその勢力を伸張させるため、禁断の手に打って出た」


「禁断の手、ですか」


「ああ、海上都市ベルネーゼは永久中立都市だ。周辺都市すべてと友好を結び、武力干渉もしない。そうやって富を蓄えてきた。だが、やつらはとある魔王と結託してその伝統を崩そうとしている」


「魔王、ですか」


「ああ、海上都市の沖合にある島嶼都市ダゴンの支配者だ」


「魔王ダゴンですか」


 以前、イヴに見せて貰ったこの世界の魔王リストに載っていた人物だ。


 この世界の魔王はソロモンの72柱の悪魔と同名が基本である。しかもその強さと知名度はリンクしているようで、ダゴンはかなり上位の魔王だったはず。


「やっかいな人物に目を付けられましたね」


「その通り。しかし、こちらには最近売り出し中の魔王アシュタロトが味方してくれるのだ。これで勢力は互角と見ていいだろう」


「だといいのですが」


 と控えめに返答すると、まずは無実の罪を着せられているリョウマを救う策を考えるべきだった。


「たしかに」


 とマルコは同意する。


「その次にこの街を悩ませる幽霊船退治です。幽霊船を倒し、この街の住民、それにあなた以外の豪商の信任を得て初めてダゴンと革新派に目を向けるべきです。優先事項は間違えたくない」


「さすがは魔王殿だ。物事の道理をわきまえている」


 マルコは皺の深い首を縦に振り、同意する。


「信任を得ないままダゴンと対決すればやっていることが革新派と変わらない。魔王ダゴンの武力を利用するか、アシュタロトの武力を利用するかの違いではない。我々は商魂たくましい商人であるが、ならずものではない。まずはその違いをやつらに見せつけよう」


 俺がそう言い切ると、マルコのメイドが空のティーカップに紅茶を注いでくれる。

 かぐわしい香りが室内を満たす。


「さて、問題なのは無実のリョウマ殿をどうやって救うか、だが」


 あごに手をやり、知恵を絞り出す。


 簡単なのは牢に押し入って武力で解放することだが、それをやれば俺はお尋ね者になるだろう。


 リョウマやマルコ殿の立場も悪くなる。なのでそれは却下だ。

 一番良いのは横領をした真犯人を見つけ、そいつを突き出すことだが……。


 ただ、それは難しいかもしれない。革新派とて偽物の証拠を積み上げてリョウマ殿を追い詰めたはずだ。


 そう易々とは尻尾は出すまい。

 その所見を伝えるとマルコは見事だ、と俺の推察を肯定してくれる。

 しかし、肯定されてもなにも事態は変わらない。なにか策を考えないと。

 俺はゆっくりと紅茶を飲み干すと、先ほど考えた案を複合することにした。


「複合じゃと?」


 眉をしかめるマルコ。意味が分からないらしい。


 しかし、俺の部下たちはおおよそ察してくれたようだ。ジャンヌ以外は魔王様らしい、と苦笑いを漏らす。


 マルコが困惑しているので早めに答えを言ってしまう。


「俺が考えた作戦はこうです。横領の真犯人のところへ向かい、そこで武力をちらつかせて、罪を告白してもらいます」


「なんと、そのようなことが可能なのか」


「強引に自分で告白するように仕向けます」


「まさに魔王じみた考えだが……」


 マルコは異世界の英雄とはいえ、人間、魔王じみたやり方は嫌いなようだ。

 彼を安心させるために言葉を発したのはイヴだった。


「ご安心ください、マルコ様。御主人様は魔王ですが、慈悲深い魔王です。拷問の類いはいたしません」


 それならばどうやって口を割らせる?

 とマルコは問い返してくるが、イヴは平然と言った。


「それは謀略の王の手腕をリアルタイムにご鑑賞ください。退屈することはないでしょう」


 とイブはこちらに向かって微笑みかけてくる。

 他の面々も自信満々であった。


 まったく、人を謀略の神のように祭り上げないでほしいが、今回に限っては彼らの期待に応えることができそうであった。


 それくらい自分の考えた作戦に自信があるのだが、その自信を確信にするには、忍者の協力が必要であった。


 俺は風魔の小太郎にリョウマをはめた評議会の議員の身辺調査をさせると、リョウマ奪還作戦を開始した。

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