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マルコ・ポーロ

 ジャンヌがエルダー・エルフから仕入れた情報は、我々を失望させるものであった。


 その情報とはリョウマの商館が評議会に没収され、リョウマは獄中にいるというものであった。


 どうしてとは尋ねない。大方想像がつく。リョウマは評議会との政治闘争に敗れ、自由を奪われたのだろう。


 実際、ジャンヌから聞き出した回答は想定内のものであった。


「リョウマは評議会のお金を横領して捕まったらしいの」


「そんなところか。まあ、濡れ衣だろうが、権力を持っている人間は、人の服に水を掛けるのが得意だからな」


「たしかに濡れ衣かもしれませんが、濡れ衣だからと言って黙っていても解放されるものではありません。我々がなんとかしないと」


 とイヴは献策してくるが、たしかにその通りだった。

 このまま指をこまねいていても事態は好転しない。


「こうなった以上、坂本龍馬の師匠筋を頼るか」


「坂本龍馬の師匠だと? 勝安房守(かつあわのかみ)(海舟)か?」


 そう尋ねてきたのは新撰組の副長、土方歳三であった。

 坂本龍馬は歳三の不倶戴天の敵ともいえる存在、よく知っているのだろう。


「残念ながら勝海舟のことではないよ。坂本龍馬いわく、勝海舟は日本の師匠。異世界には異世界の師匠がいるらしい」


「ほう、なるほど、まったく、節操がないな」


「柔軟と言ってやれ。さて、その問題の師匠なのだが、名前をマルコという。というか、名前しか知らない」


「それはそれで中途半端な情報だな」


「だが、商人と聞いている。坂本龍馬より有名なのならば誰でも知っているだろう」


 と俺は道を歩いている童子を捕まえる。


 怪訝な顔をした童子だが、イヴが飴を与えるとあっさり懐柔できた。 素直な子供で助かった。


「坊主、この海上都市ベルネーゼにはマルコという商人がいるはずだが、どこに住んでいるか知ってるか?」


「マルコ? マルコだけじゃ分からないよ」


「一番有名なマルコだと思う」


「ああ、ならばマルコ・ポーロさんだね」


 童子はさりげなく言ったが、俺は衝撃を受ける。


「マルコ・ポーロってまさか、あのマルコ・ポーロか?」


「あのマルコ・ポーロっていわれてもなあ」


 童子はそう言うと困った顔をする。横にいたイヴも同様のようで尋ねてくる。


「あのマルコ・ポーロとは誰のことでしょう」


「俺が尊敬する人物だよ。異世界のイタリアという国の商人だった男だ。彼はまだ世界が闇に包まれていた時代、徒歩でユーラシア大陸の東まで旅をし、その旅行記を示した偉大な人物だ」


「まあ、すごい方なのですね」


「すごいなんてもんじゃない。伊能忠敬と並んで俺の好きな偉人のひとりだよ」


 俺は前世で研究をしながら暮らしていた。だから世界中を旅して書物を記した人物に憧れを持ってしまうのだ。


 正直、早く魔王なんて阿漕(あこぎ)な商売は辞めて、元の研究職に戻り、この異世界を旅して回りたかった。


 その夢を告げると、部下たちは軽く引いている。俺があまりにもミーハーにマルコ・ポーロの素晴らしさを語ってしまったためだろうか。


 たしかにここまでテンションを上げたのはこの世界にやってきて初めてかもしれない。


 少し反省すると、魔王らしい威厳を取り繕いながら、童子に尋ねる。


「坊主。マルコ・ポーロ殿の屋敷に案内してくれないか。飴玉をみっつやるぞ」


「四つならいいよ」


 と童子は商人の街の子供らしい返しをする。


「いいだろう、では、五つやるから案内してくれ」


 と俺は返すと、童子はこころよくマルコ・ポーロの屋敷へ案内してくれた。





 マルコ・ポーロの屋敷は海上都市ベルネーゼの中心街にあった。


 この都市は商人が合議で治める街ゆえ、王城はないが、その代わり評議会の議事堂や迎賓館などがある。それらが集まっている一角にマルコ・ポーロの屋敷もあった。


 とても立派な建物だった。


 ジャンヌなどは屋敷を見た瞬間、おろおろしながら「どんな悪いことをすればこんなところに住めるの」と俺の服の袖を引っ張る。


「悪いことをしなくても商人として成功すれば住めるさ」


 と無難に答えておくが、たしかにこの立派な屋敷を建てるには相当の金がいるだろう。いったい、ドワーフの職人を何人雇えばいいのやら。計算してしまうが、身震いがするので止める。


 俺たちは立派な屋敷の立派な門の前に立つと、主に取り次いでもらうように門番にうながす。


 門番は俺たち一行を胡散臭げに見ながら取り次いでくれた。


「失礼しちゃうの」


 とはジャンヌの言葉だが、仕方ない、と、たしなめる。


「商人に扮した魔王にメイドがふたり、眼光鋭いサムライに、清らかさを隠しきれない聖女様。この一行を見て怪しまない門番がいれば、それこそ職務怠慢だ」

「たしかにそうかもしれませんね」


 イヴがくすくす笑っていると、門番は「主は今日は不在です」と言った。

 明らかに嘘と分かったので、俺は坂本龍馬から預かった脇差しを見せる。


 それを見た門番は顔色を変えると、再び屋敷に戻り、今度は違う答えを持ってくる。


「……旦那様がお会いになるそうです」


 俺たちは一旦客間に通されると、そこに武器を置いていくようにうながされる。


 歳三とジャンヌは一瞬、難色を示したが、渋々従う。そもそも面会を許された時点で僥倖なので、ここで逆らうのは得策ではないと分かっているのだろう。


 俺たちは武装を解除すると、マルコ・ポーロがいる執務室へと通された。

 執務室に入ると、マルコ・ポーロは複数の秘書官に囲まれ、なにか話していた。



「東方に放った商人によると、サムライの島に行く場合、六月から一〇月は避けた方がいいらしい。台風が多いとのこと……」


「さらにその東にある大陸には、魔族はいないらしいが、その代わりこの大陸よりも激しい戦乱に包まれているとか」


「島嶼都市の香辛料よりも良質なものが、東の地にはあるという話もある」



 秘書官はその話を聞き、一生懸命に書き留めている。


「これはなんでしょうか?」


 とイヴは尋ねてきた。


「マルコ・ポーロという人は東方見聞録を書き記した際、同じ牢獄に捕まっていた罪人に口述筆記をしてもらったらしい。つまり、あまり文字を書くのが得意ではない人だったんだ」


「まあ、ジャンヌ様みたいですね」


 ジャンヌをチラリと見るが、彼女はたしかに文字は読めるようになったが、書くのはまだまだ苦手だ。


「まあ、昔の人は偉くなればなるほど、人に文字を書かせる風習があった。マルコ・ポーロ殿はこの海上都市の重鎮のようだし、珍しいことではないだろう」


 と結ぶと、マルコ・ポーロは口述筆記を中断し、語りかけてきた。


「……今、東方見聞録の名を出したな。もしかしてうぬはここではない世界の住人か?」


 マルコ・ポーロは一目で老人と分かるくらい老いていたが、その声にはするどいものがあった。


「その通りです。ですが、私はヨーロッパの人間ではありません。地球と呼ばれている星とは別の異世界からやってきました」


「その割にはワシのことに詳しいようだが」


「前の世界で地球のことを研究していました。無論、マルコ・ポーロ殿のこともよく存じ上げています。ユーラシア大陸の西から東まで旅をした伝説の商人。あなたが残した東方見聞録は俺のバイブルです」


「あの書物も人の役に立つことがあるのだな。あれは書かせた罪人が勝手に脚色をした不出来な作なのだが」


「ですがマルコ・ポーロ殿の情熱が伝わってくる名著です」


「……マルコでいい。ポーロは不要だ」


「分かりました。それでは俺のこともアシトとお呼びください」


「分かった。ぬしのことはリョウマから大まかに聞いている。信頼できる魔王だそうだな」


「信じてくれたものの期待に応えようとは常に思っています」


「無難だが良い答えだ。ではワシや獄中におるリョウマの期待に応えてくれそうだな」


 マルコ・ポーロはそう言い切ると、メイドを呼び、人数分のお茶を持ってくるように指示した。


 なんとか第一関門を突破したようだ。

 俺たちはほっとため息をつきながら、メイドがお茶を持ってくるのを待った。

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