謎の弓使い
馬車に乗って海上都市ベルネーゼを目指す一行。
馬車の中には英雄が三人いる。無論、その英雄とは新選組副長土方歳三、オルレアンの聖女ジャンヌ・ダルク、戦国最強の忍者の風魔小太郎である。
豪勢な面子ですね、とはメイドのイヴの言葉であるが、まさしくその通りだった。
歳三は幕末に血風を撒き散らした剣豪、ジャンヌはフランスを救った戦乙女、小太郎は関東の覇者北条氏の忍である。この面子を三人も揃えられるのはとても僥倖なことであった。
そのことを正直に話すと歳三は「かっかっか」と笑うと、
「違いない。俺たちのようなきかんぼう三人を配下にするのは哀れでもあるが」
と続ける。その通りであるので俺も笑うが、こう付け加える。
「今、もしも敵が攻めてきたら憐れだな。そのきかんぼう三人にボコボコにされる」
その冗談に反論したのはイヴだった。
「ここは治安のいい街道筋です。盗賊に襲撃されることはないでしょう」
そもそもこの馬車には金目のものは積んでいませんからね、と微笑んだ。
たしかにこの馬車は粗末であった。これを襲うのはよほどの変わりものだろう、と結論付けると、風魔の小太郎だけが「そうかな」と反論した。
「盗賊はなにも金目のものだけを狙うわけじゃないぞ。金と交換できる首も欲する」
どういう意味だ、と尋ねる必要もなかった。馬車を引く馬が急に止まり、いななき声を上げる。
馭者をさせていたスパイ・スライムが大声を張り上げる。
「魔王様、敵襲です。5、10、いや、20はいるかも」
「そいつはもはや盗賊団ではなく、軍隊だな」
事実、やつらは食うに困った盗賊ではなく、訓練された傭兵だった。妙に統率が取れている。
まず俺たちが逃亡しないよう馬にめがけ矢を放つ、馬が止まったところで斧を馬の頭に振り下ろす。
将を射んとすればまず馬から、という故事を知っているもののやり方だった。
俺たちから機動力を奪うと、彼らは馬車を包囲する。
馬車の中にめがけ、次々と矢を放つ。もしも馬車の中に俺がいなければ、中のものはハリネズミになっていたことだろう。
だがそうはならなかった。武芸のたしなみもないイヴですら無傷だった。なぜならば俺が即応し、《障壁》の呪文を唱えたからだ。俺の鉄壁のバリアーによって馬車の幌は鋼鉄と化す。
傭兵たちは驚いているようだが、手を緩めることはなかった。むしろ好戦性を増したかのように白兵戦を挑んでくる。
「どうやら交渉も無理のようだ。あの馬殺しどもを斬り殺してくるが、旦那、なにかアドバイスはあるか?」
「不用意に動物を殺すとどうなるか、その身に知らしめてやれ」
「あいよ」
と歳三は馬車の外に出て愛刀を抜く
歳三の腰から刀が抜かれた瞬間、馬車に駆け寄っていた傭兵の首を飛ばす。
血煙が大量に吹き出るが、それでも恐れをなさないところは褒めるべきところだろうか。いったい、この傭兵たちは誰に雇われたのだろうか。
注意深く観察していると後方にいる傭兵隊長風の男が叫ぶ。
「ここで魔王を討ち取ればベルネーゼで屋敷が買えるくらいの報酬が出るぞ。野郎ども気合を出せ」
「おお!」
と応じる傭兵たち。
「なるほど、こいつらはあのときの連中か」
こいつらは以前、サブナク城で襲ってきた傭兵の一派であろう。あのときは俺とリョウマが合流しないようにベルネーゼの評議会が差し向けたとリョウマから聞いた。今回は俺がベルネーゼに到着しないように評議会から送り込まれたと見るべきだろう。
そう結論づけるとイヴが尋ねてくる。
「ベルネーゼは御主人様の敵なのでしょうか」
「それは不明だが、少なくとも評議会という組織は俺のことが嫌いらしい」
傭兵がふたりがかりで斬りかかってくる。
ジャンヌがひとりの太刀を聖剣で受けると、土方歳三がもうひとりの剣を刀で受ける。
風魔小太郎が風のように動き、クナイで一閃を加える。次の瞬間、傭兵たちの首から血が吹き出る。
容赦ない攻撃であるが、向こうもこちらを殺そうとしている以上、当然であった。
敵はすでに三人返り討ちにあっているが、それでも傭兵団の士気は高かった。次々と襲いかかってくる。
「よほど、旦那の首に掛かっている懸賞金がすごいのだろうな」
とは歳三の言葉であったが、俺は気が緩んでいる歳三を突き飛ばす。
発破を掛けたわけではない。彼の命を救うためであった。先ほどまで歳三が居た場所に矢が突き刺さっている。
歳三は蒼白となるが、無精髭を撫でながら言い放つ。
「俺に殺気を悟らせないとは敵もやるじゃないか」
と歳三は矢を放ったものを探すが、そいつはすでにそこにはいなかった。ただ、俺はやつを捕捉していたので視線を変える。
歳三を射殺そうとした人物はすでに場所を変え、第二射を放とうとしていた。木の上から弓を絞っている。
第二射はジャンヌを狙っていることが明白だったので、俺はジャンヌに《障壁》の呪文を掛けた。ジャンヌの目の前に幕のような障壁が出来上がると、そこに矢が突き刺さる。
ジャンヌの額に矢は吸い込まれるように飛んできた。もしも障壁を掛けていなかったらジャンヌの額には大穴が空いていたことだろう。
どうやら敵にはやり手の弓使いがいるらしい、とはこちらの共通認識となった。歳三もジャンヌも風魔小太郎も立ち回りが変わった。
攻撃一辺倒から、己の身を守りながらの戦術に変わる。作戦が「いのちをだいじに」に変わった。
しかし、それでも異世界随一の武辺ものの集まり、賞金目当ての傭兵など物の数ではなかった。
次々と切り倒されていく。
ジャンヌは聖剣を使い当て身を駆使し、なるべく殺さないように。歳三は容赦なく傭兵の首をはね、小太郎は最小限の動きで敵を戦闘不能にする。
それぞれ、性格の出た戦い方であるが、それもやがて終わる。傭兵隊長らしき男が撤退を叫んだからだ。
「こいつらは化け物だ。とても敵わない。逃げるぞ」
遅まきながら正当な判断だと思う。ただし、こちらには頭に血が上ったサムライがいる。歳三は後退する傭兵たちを切り伏せながら、傭兵隊長の首を狙う。
「大将首を置いていけ!」
その気迫はすさまじく、あと数秒あれば傭兵隊長の首と胴は離れていたことだろう。だが、そうはならなかった。件の弓使いが邪魔をしてきたのだ。歳三の急所目掛け、いくつもの矢が飛んでくる。歳三はそれを刀ではじくが、その場に足止めされた。その間、傭兵たちはなんとか撤退する。
きっと睨みを付ける歳三であるが、弓使いはすでにその場にいなかった。一緒に撤退したようだ。
「まるで風のような男だな」
とは俺の感想である。
「こすい弓使いだ。結局、一度も前線に出てこなかった」
これは歳三の感想。
「自分の得意距離を完全に把握しているんだよ。まったく、傭兵団にもすごい男はいるものだ」
「同意だ。あの男、生きて捕らえて是非、アシュタロト軍の弓部隊を任せたい」
風魔の小太郎がそう締めくくると、俺たちは後始末をする。
戦場に残された生き残りの手当をし、彼らに死体の始末を手伝わさせる。
傭兵とはいえ、死体を野ざらしにするのは俺の本望ではなかった。
殺された馬も丁重に葬ると、無駄を承知で傭兵を尋問するが、雇い主が海上都市ベルネーゼの評議会ということ以外は分からなかった。
「まあ、下っ端には知らされていないものだ」
そう締めくくると、俺たちはベルネーゼに向かう。徒歩で。
傭兵たちが残した馬を使うのもいいが、旅人に偽装して静かに潜入するほうが賢明だろう。
魔王とそのお供がそのままの格好で向かうのは得策ではなかった。




