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南路へ

 こうしてアシュタロト領の食糧問題を解決した俺であるが、豪農タイロン氏の援助は、短期的な効果はあっても長期的な効果はなかった。


 増えすぎた領民を養うには、南方から食料を輸入するしかなかった。

 そのことを孔明に話すと、彼は「その通りでございます」と涼やかにうなずいた。


「南方の海上都市ベルネーゼ。あの都市は南方の穀物地帯の穀物の集積地となっています。ふんだんに食料を輸入できるでしょう」


「それにはベルネーゼの為政者たちの悩みを解決して、信頼を得ねばな」


 と俺は思い出す。ベルネーゼの商人龍馬いわく、かの都市は今、幽霊船に航路を荒らされまくっているらしい。


 その外患を取り除けば、有利な条件で食料を輸出してくれるだろう。


 一刻も早く幽霊船を討伐したいところであるが、問題はどうやって退治するかである。


 領主として民を支配すること数ヶ月、それなりにやってきたが、幽霊船退治はやったことがなかった。孔明にアドバイスを求める。


「私が生きていた時代に幽霊船はいませんでしたが、海賊、水賊の類いはいました。それを束ね、逆に活用したのが呉という国です。彼らの真似をする必要はありませんが、兵を用いて解決するのは下策かと」


「だろうな。ベルネーゼとは友好条約を結んでいるわけではない。軍を率いて駆けつければベルネーゼや周辺勢力にあらぬ疑いを掛ける」


「その通りです。ここは精鋭のみを引き連れ、幽霊船退治は現地の兵を使うべきかと」


「天才軍師の孔明殿をともないたいが、新婚夫婦の間を引き裂くことはできないな」


 俺の冗談に孔明は苦笑するが、実際のところ孔明を連れていくことはできない。彼にはデカラビア領の統治という仕事があるのだ。


「食料の無料供給でデカラビア領の民は喜んでくれているが、まだデカラビアの残党が残っている。ここで太守不在というのはよくない」


「その通りかと」


 孔明は自分でもそう言い切ると、アシュタロト城の武官を連れていくことを勧める。


「ということはいつものようにジャンヌと歳三を連れて行くか。毎回一緒だと芸がないが」


「海の上では個人的な武勇がものを言います。あのふたりは心強い護衛となってくれるでしょう」


「違いない。ここで戦力の出し惜しみは愚策だ。ジャンヌと歳三、それに風魔小太郎も呼び出す」


「ジャンヌ様は今、ベルネーゼにいるのではないですか?」


 イヴが訪ねてくる。


「リョウマの護衛はベルネーゼまでと伝えてある。時期的に戻っているであろう。風魔の小太郎も必要なときに必要な場所にいる男だ。アシュタロト城に全員集合しているはずだ」


 俺は彼らに文を書くと、鷹によってアシュタロト城に伝える。


 彼らが到着するのに二日ほど時間が掛かったが、その間に孔明とフローラはデカラビア城に戻る。デカラビア城には仕事が山積しているのだ。


 孔明の花嫁を仲間に紹介したかったが、それはまたの機会にすべきだろう。この先、何度かそのようなチャンスが訪れるはずであった。


 俺は仲睦まじく同じ馬車に揺られながら任地に戻る夫婦を見送ると、タイロンの屋敷でジャンヌたちの到着を待った。


 ジャンヌたちがやってくるとジャンヌはまずこんなことを言い放つ。


「孔明が結婚したって本当なの?」


「本当だ」


 と返す。


「孔明の奥さんは金髪の魔族の美女って本当?」


「本当だ。……てゆうか、いったい、どこでそんな情報を」


「風魔小太郎に聞いたの」


 メイド服の姿をした小太郎はにやりと微笑む。まったく、忍者というやつは本当に耳ざとい。


「やっぱり本当なのか。それならば孔明には悪いことをしたの」


 少ししゅんとなるジャンヌ。理由を尋ねる。


「孔明が金髪好きならば、きっと私に恋してたはずなの。その思いに答えてあげることができなかった」


「…………」


 沈黙してしまったのは彼女の脳天気な解釈に苦笑してしまったからだ。


 孔明は知的で褐色の肌を持つ金髪の美人が好きなのだ。ジャンヌが当てはまるのは金髪の美人というところだけだった。肝心の『知的』という部分はまったく要件を満たしていない。


 しかし、そのようなこと、本人にあえて伝える必要はないだろう。


「もしも孔明が好きなのならば側室になることも可能だ」


 代わりにそう言った。

 その言葉を聞いたジャンヌの頬はぷくぅと膨らむ。


「舐めないでほしいの。私が愛しているのは魔王だけ。魔王以外の側室にはならないの」


 ぷんぷん、と、お怒り満載のようだが、このままこの手の話を続けるとイヴあたりが参戦してきて泥沼化する恐れがある。


 こういうときはさっさと戦略的な撤退をするに限るのだ。俺は改めて武官たちに向かって言った。


「これから南方にある海上都市ベルネーゼに向かう。そこでかの都市を悩ませている幽霊船を討伐する予定だ」


「我ら四人でか?」


 と尋ねてきたのは土方歳三である。


「目下のところはな。取りあえずこの面子で偵察。軍隊が必要なようならばアシュタロトから呼び出すか、現地で傭兵を雇う」


「了承だ。ま、こればっかりは行ってみないと分からないな」


 と歳三は不敵に微笑む。


 鬼の副長様は未知の脅威に接すれば接するほど不敵に豪胆になる。これほど頼りがいのある部下はいなかった。


「さて、タイロン氏に馬と食料をもらったら旅立つ予定だが、その前にじっくり休むかね?」


 彼らは急な呼び出しに応え、強行軍でやってきた。


 幾ばくかの休養が必要かと思っていたのだが、それは歴戦の勇者を舐めすぎていたようだ。


 全員、「そのようなものは必要ない」と馬車に乗り込む。

 頼りがいのある連中だ。そう思いながら俺は彼らを先導する。


 ここから海上都市ベルネーゼはそれなりに距離があったが、街道が整備されているのでそこまで時間は掛からない。


 急ぐ理由はあったが、慌てる理由はなかった。

 俺たちは旅人の馬車に偽装し、南路を使って海上都市を目指した。

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