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コーメーの嫁取り

 豪農タイロンの娘、フローラの部屋にいたのはフローラである。当たり前であるが、そのような陳腐な思考に至ったのにはわけがある。


 部屋の奥で鎮座していたのは美しい女性だったのだ。フローラは不美人と聞いていたが、これはどういうことであろうか、とタイロンを見つめると彼は申し訳なさそうに頭を下げる。


「魔王様をたばかるような真似をしてすみません」


 タイロンは平身低頭だった。


「実は私の娘は不美人ではないのです。親の私がいうのもなんですが、とても器量の良い娘です」


 見れば確かにフローラは美しい。希少価値を主張できるくらいの美人であった。


「実はですが、私が噂を流したのです。娘が不美人であると」


「どうしてそのような噂を?」


「それは前の領主デカラビアに娘を奪われないためです。デカラビアは城に美しい娘を集め、後宮を築き上げていましたから」


「たしかにあのヒトデ魔王は後宮を作っていたな」


 やつの城を落としたとき、女官がたくさんいたのを思い出す。


「やつはヒトデにも関わらず女好きで有名でした。娘の純潔をやつの触手に奪われたくなかった。だから不美人という噂を流したのです」


「その噂が広まりすぎて婚期が遅れてしまった、と」


「はい、娘には申し訳ないことをしました」


 とタイロンは嘆くが、フローラは父をかばう。


「お父様は悪くありません。わたしが調子に乗って旦那さま選びなどするから婚期が遅れたのです」


「フローラ嬢のお眼鏡に叶う男性は何人かいたと聞きましたが」


「それはわたしの噂を広めるための偽装です。わたしの意地悪な問題に答えられたのは孔明様だけでございます」


「ならば話は早い。フローラ嬢のお眼鏡に叶ったのだから、ふたりは結婚すればいい」


 と縁談好きの婦人のように話をまとめようとするが、肝心の孔明が首を縦に振らなかった。


「先ほども言いましたが、私は結婚する気はありません。前妻を愛しているのです」


「孔明殿は女性を見た目では判断しない。最高の夫になると思ったのだが」


 孔明の前妻、黄婦人は不美人で有名だった。わざわざ史書に「孔明の嫁選びだけは真似するなかれ」と書かれるくらいの女性であったが、ふたりは比翼の鳥のように仲睦まじかったと聞く。孔明は黄夫人を愛していたのだろう。しかしそれは中国は三国志の時代の話。ここは異世界なのだから、異世界の掟に従うべきだろう、と孔明を説得した。


「いや、異世界の掟ではない。これはあらゆる世界に共通する掟だ。軍師孔明よ、諦めてフローラ嬢と結婚するのだ」


 俺の説得に困惑する孔明。彼はどういう論理でそうなるのです、と抗議してきたが、彼の耳元でささやく。


「古今、美人が告白をしてきたら無条件で受け入れるものだ。ましてや孔明、お前は金髪の褐色美人が好きなのだろう」


 孔明は珍しくびくりとする。なぜそれを、という顔をする。


「史書にはこう書かれていた。孔明の妻、黄夫人は金毛で浅黒い醜女であった、と。だが、あれは当時の中国の価値観で醜女なのであって、本当は黄夫人は異民族の美人だったんじゃないか、と俺は常々思っていた」


「……」


 孔明は俺の推察に沈黙を持って答える。


「どうやら俺の想像は正しかったみたいだな」


 中国は三国志の時代、天才軍師のかたわらに寄り添う異民族の美しい妻の姿を想起する。


「魔王殿の想像力は異世界の小説家並ですな……」


 孔明の態度を見ればもはやこれ以上の追求は不要だった。


「フローラ嬢は魔族の娘、金髪で褐色だ。それに黄夫人のように聡明である。もはや黄夫人の生まれ変わりと言ってもよい。もしも黄夫人に妻選びをさせたら彼女を指名するんじゃないか」


 黄夫人は聡明なことで有名だった。『三国志演義』という書物では夫に次々と献策をし、夫を影から支えている。


 黄夫人も推挙する、その言葉が決め手になったのだろう。孔明は吐息を漏らしながら首を縦に振った。


「魔王アシュタロト、あなたはまさしく謀略の王だ。この孔明に反論することすらさせないとは」


 孔明は表情を作り直すと、フローラ嬢の前でひざまずく。中華風の軍師が騎士のようにひざまずくのは珍妙であったが、誰も笑うことはなかった。


 孔明は神妙な表情と台詞を口にする。


「フローラ嬢、どうかこの孔明の妻となり、助力してほしい」


 フローラは颯爽と自分の提示した謎を解いた孔明に惚れてしまったのだろう、涙を流しながら返答する。


「このような無粋者でよろしければ……」


「無粋なものですか。先ほどのような謎掛けを常に問いかけ、この孔明を導いてください。どの世界であろうと孔明には聡明な妻が必要なのです」


 孔明はフローラ嬢に求婚し、フローラ嬢は孔明夫人となった。


 孔明の義父となったタイロンはまことにめでたいと随喜の涙を流し、蔵をみっつも開放してくれた。


 こうしてアシュタロト領の民は孔明とフローラの幸福の余韻にあやかり、潤沢な食料を手に入れる。


 特に孔明の支配する旧デカラビア領の民は大いに喜び、三日三晩歌い踊り続け祝福したという。

軍師の嫁取り編はこれにて完結です。

引き続きよろしくお願いします。

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