豪農タイロン
鬼の副長土方歳三による悪徳商人狩りは三日ほどで完了した。
アシュタロトの城下町に根を張る悪人どもを愛刀和泉守兼定で斬りまくる。
俺の城下町に血風が荒れ狂う。
悪党どもは戦々恐々としたが、それに反比例して市民たちの反応は良かった。
悪徳商人は物資をため込んでいただけでなく、多くのものが高利貸しだったり、人身売買に関わっていた。
そういった連中は市民の恨みを買っているのだ。
善良な市民は俺の行動を喝采した。
さらに市民からの信頼を勝ち得るため、商人から接収した物資を市中に流す。
それで高騰した食料は半値にまでなったが、穀物の一部はまだ高いままであった。
「どうしてでしょうか、だいぶ、放出したのですが」
「それだけ人口増が影響していると言うことだよ」
「なるほど。どうしましょう。せめて海上都市に旅立つ前に、物価を以前の水準に戻しておきたいです」
城の台所を預かるイヴとしては城下町の主婦たちの財布が心配なのだろう。
それは俺も同じであったので、策を練る。
というか、すでに策を決めていた。
「さすがは御主人様です」
とイヴは目を輝かせる。
ゴッドリーブもその立派な髭を撫でながら尋ねてくる。
「して、魔王殿が考えた神算鬼謀の妙案を聞かせてくれるかね」
と。
神算鬼謀と言うほどではないが、彼らに打ち明ける。
「新しく手に入れたデカラビアの領土にタイロンという魔族が住んでいるのを知っていますか?」
ゴッドリーブは知らない、と答える。
彼は日々、後進指導と研究に忙しく、アシュタロト城の外の出来事にはうといのだ。
俺の代わりに答えてくれたのはイヴだった。
彼女はその綺麗な唇に人差し指を指し、「たしか」と前置きするとこう言った。
「タイロンとはデカラビア城周辺に広大な農地を持つ豪農でしたね」
「その通り。その農地はちょっとした小貴族のそれに匹敵する」
「分かりました。それを接収するのですね」
目を輝かせるイヴ。こう言う発言は魔族らしい。見た目は人間にしか見えないが、発想が物騒なのである。
毎回、魔王である俺が諫める側に回っているのは少し滑稽であるが、その関係性は永続するだろうと思われた。
「そんな無粋な真似はしない。悪徳商人を倒したのは彼らが純粋な悪だったからだ。豪農であるタイロンはただの金持ち。彼の先祖と彼自身が頑張って農地を開墾したんだよ。それを理由もなく奪い取れば俺の徳が下がる。民は逆に恐怖するだろう」
「さすがは御主人様です。目先の欲望に釣られません」
と称揚してくれるが、無視し、俺の策を話す。
まあ、策というほど大層なものでもないのだが。
「ハンゾウからの情報に寄れば、豪農タイロンは今、困り果てているらしい。なんでも年頃の娘がいるのだが、彼女がなかなか嫁に出ないようだ」
「行き遅れというやつですね」
「そうだな。娘の名はフローラ、御年24歳。タイロンは彼女を目に入れても痛くないほど可愛がっているようだが、そろそろ嫁に出したいと嘆いているそうだ」
「出せばいいではないか」
とはゴッドリーブ。
「それはそうなのだが、可愛い一人娘。婿は最大限彼女の要望に添いたいらしい」
「なんとまあ我が儘な娘だ。だから行き遅れるのだろう」
その通りのだが、その辺は批難しない。彼女が我が儘だからタイロンは困り、付けいる隙が生まれるのだから。
「付けいる隙、か?」
「まあ、言い方は悪いですけどね。簡単に言ってしまえば、タイロン氏の悩みを解決し、食料倉庫にある備蓄を気前よく提出してもらおう、というのが俺の策略です」
「なるほど、良い案だ。人助けをした上に民の腹も膨れる。一石二鳥だ」
「三鳥になるかもしれませんわ。タイロン氏の娘に良縁ができるかもしれませんし」
「そうありたいものだな」
異世界の現代という世界では、結婚などしなくても女性は幸せにいられるそうだが、この世界ではそうではない。
良き伴侶と巡り会ってそのものと添い遂げるのが女性にとって最大の幸せになっていた。この世界ではどんなに遅くても30歳までには99パーセント近くの女性が結婚する。
タイロンの娘、フローラ嬢に素敵な配偶者を探し出し、タイロン氏の財布の紐を緩めたいところだった。
「タイロン殿の屋敷はここから馬で数日のところにある。すべて俺の領地だから治安も維持されているし、すんなり到着するだろう」
「たまにはワシも同行したいところであるが、あいにくとこの身体ではな」
ドワーフのゴッドリーブは相変わらず青みがかり半透明であった。
彼は一度死を迎えた霊体なのである。
しかもなかばアシュタロト城の地縛霊のようになっていて、城から出ると身体がさらに薄くなってしまうらしい。
ならば彼を随行メンバーにするわけには行かない。
となると、残りはイヴくらいなのだが――。
この城にすでにジャンヌはおらず、自分が選ばれる自信があるのだろう。悠然としている。
たしかにこれから会うタイロンには娘がいるし、女性の同伴は必須かと思われた。
なので彼女は連れて行くが、問題は護衛を連れて行くか、だった。
ちらりと頭に土方歳三の姿が浮かぶが、彼は連日、人を斬って気が高ぶっている。
気を静めるために妓楼にも出入りしていないくらいだった。
そんな男を麗しの(未来の)花嫁のところに連れて行くわけには行かない。
というわけで歳三は随行メンバーから外すことにする。
それを伝えるとイヴの顔が華やぐ。
なんでもこれでふたりきりで旅ができる可能性が高まったのだそうな。
イヴのような美人にそんなことを言われると嬉しくなるが、実際のところそうなる可能性が高い。
武官である歳三とジャンヌが不在。忍者であるハンゾウと風魔小太郎も不在であった。
魔族の武官を連れていく手もあるが、先ほども言った通り、俺の領内なので治安も比較的保たれている。荒事にはならないだろう。
そんな結論に至った俺はイヴの願望通り、ふたりで旅をすることにする。
その言葉を聞いたとき、イヴは花も恥じらうかのような笑顔を浮かべた。
この世界の辞書には『女神の微笑』という慣用句があるが、その言葉を挿絵付きで解説するときは今の彼女の表情を使うべきだと思った。




