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悪徳商人に天誅を

 こうしてリョウマの依頼であるダンジョン探索を終えた俺たち。


 さらに彼女と約束した海上都市ベルネーゼに向かい、そこでベルネーゼの危機を救わなければならない。


 それは坂本龍馬とその妻との約束でもあったし、リョウマとの誓いでもあった。

 ただ、俺は魔王。

 複数の都市を統治する支配者でもある。

 いつまでも城を留守にはできなかった。

 というわけで俺たちは二手に分かれることにする。


 俺とイヴはまずアシュタロト城に帰還、その後、城の内憂を取り除いてからベルネーゼに旅立つ。


 その間、リョウマはジャンヌをともなってベルネーゼに帰還してもらい情報を収集する、というものであった。


 ベルネーゼの危機は幽霊船による航路妨害に端を発しているが、その裏でベルネーゼにある評議会の派閥争いも絡んでいるらしい。


 それも同時に解決しなければ都市に平穏は訪れない、とリョウマは断言する。


「ダンジョンに潜る前にやってきた悪漢どもは政敵が送ってきたのですね」


 とイヴは事情を要約する。

 リョウマはうなずく。


「ならばジャンヌを護衛に付けるのは正解だな。ジャンヌが側にいれば暗殺者など寄せ付けない」


「その通りなの!」


 と、胸を張るジャンヌであるが、俺はリョウマの側によると彼女に耳打ちする。


「――ジャンヌはたしかに強いが、食事中は無防備になる。気をつけるように」


 それを聞いてリョウマは苦笑を浮かべ、了解じゃき、と自分の馬車に乗り込んだ。

 ジャンヌは馬車の後ろにちょこんと座り、こちらに手を振っている。

 彼女は俺たちの姿が見えなくなるまでずっと手を振っていた。



 リョウマたちと別れると、急いでアシュタロト城に帰還する。


 風魔小太郎いわく、敵が攻めてくる兆しはないというが、俺がいない間にアシュタロト城は問題が山積していた。


 まずは食糧問題。


 サブナクの城の民がこのアシュタロト城にやってきて早数ヶ月、彼らだけでなくその周辺の住民もこぞってこの城下町に集まる。


 土のドワーフ族が幸せに暮らしていると聞きつけ、他の亜人も集い始めた。

 そうなると当然、農業生産力は逼迫する。


 もちろん、四輪作農法や農地開拓で生産高を底上げしているが、それが数字となって現るのは早くても半年後なのである。


 そうなると食料は輸入せねばならず、高騰する。

 昔からこのアシュタロト城に住む住民はそれが不満のようだ。

 中には新住民を排斥する運動もあるという。


 せっかく、各地から技能者が集まってくれたのに、そんな詰まらないことで住み心地を悪くしたくなかった。


 執務室でその報告を受け取ると、ドワーフのゴッドリーブが尋ねてきた。


「さて、魔王殿、ベルネーゼに向かう前にこの問題を解決してから行ってもらいたいが」


「分かっている」


 と答える。


「ただ、この問題もベルネーゼに行き、南方の豊富な食料を輸入できれば解決できるんだよな」


「そうかもしれないが、住民が欲しているのは明日のパンなのだ。明後日の肉も大事だが、今必要なのは明日なのだ」


「だろうな。取りあえず当座の間に合わせとして、不法に食料を備蓄し、価格を操作している悪徳商人どもを逮捕する」


「なるほど、この高騰は人口問題だけでなく、人間の欲も絡んでいたのか」


「そんなもんだ。食糧不足を声高に叫びつつ、商人が大量に備蓄している、というのはどこの世界にもある」


 その言を聞いたイヴがうやうやしく頭を下げる。


「コボルト忍者のハンゾウがリストアップしてくれた悪徳商人たちがこれらです」


 と書類を用意してくれる。

 さすがイヴである。俺が欲しいものはあらかじめ用意しているのである。

 ありがたいことであるが、そのリストを見てゴッドリーブが驚く。


「このようなリストいつの間に」


「人口の急増でこのような商人が増えることはあらかじめ予測していました。サブナク城に旅立つ前にハンゾウに調べるよう依頼していたのです」


「すごいな、神算鬼謀だ」


「そこまでじゃないですよ」


 と謙遜すると、土方歳三を呼び出す。


 この手の悪徳商人はごろつきを雇って武装しているのだ。捜査押収は荒事になること必定であった。


 そのことを土方歳三に話すと、彼は恐れることはなかった。

 いや、それどころか浮き浮きとテンションを上げている。


「旦那がいない間、ずっと治安維持で駆け回っていた。酔っ払いの補導、立ち小便の注意、ひったくりの逮捕、正直、どれも心躍らなかった」


「新撰組にいたときのほうが楽しかったか」


「そりゃあな、あんときは毎日がわくわくだった。明日、斬られるかもしれないと思うと、毎日の酒が旨くて仕方なかった。馴染みの女も新鮮で仕方なかった」


「今回の捜査押収も同じくらいのスリルが味わえるだろう」


「だな、池田屋を思い出す」


「池田屋?」


 と首をかしげるのはイヴだった。彼女は日本の知識に乏しい。


「池田屋とは日本の幕末、京都にあった旅館の名だ。旅館そのものよりもそこで起きた事件のほうが有名かな」


「事件ですか?」


「ああ、事件だ。幕末、倒幕を企てる不逞浪士どもが都に火を放つ計画をしていてな。それを突き止めた新撰組の局長、近藤勇はわずかな手勢で池田屋に乗り込み、不逞浪士9人を討ち取り、4人を捕縛した」


「すごいです」


「すごいだろう。不逞浪士は20余名いたんだが、近藤勇はたったの4人で踏み込み、鎮圧したんだ」


「なんとまあ、物語みたいです」


 冷静なイヴが珍しく興奮している。

 尊敬のまなざしで土方を見つめるが、土方は少し迷惑そうだ。

 なぜなのだろう、と考察していると、土方はばつの悪そうな表情でこう漏らす。


「……俺は池田屋に乗り込んでいないんだよな」

 と。


 そういえば、と思い出す。


 池田屋事件は新撰組の局長がたった四人で乗り込んで不逞浪士を討ち果たしたことで勇名をはせたが、そのとき池田屋に乗り込んだ四人は、局長の近藤勇、一番隊隊長の沖田総司、二番隊隊長の長倉新八、八番隊隊長の藤堂平助の四人だったことを思い出す。

 土方はそのとき、別働隊を率いて偽情報に踊らされていたのだ。


 人を斬るために生まれたような男としては、池田屋のような派手な捕り物に参加できず、さぞ悔しいことであろう。


 それは今、この場の表情を見れば容易に想像できる。

 可哀想に思った俺はこれ以上、池田屋には触れないことにした。

 池田屋に参加できなかったのは、天命である。


 その代わりこの異世界において池田屋事件のときの近藤以上に活躍してもらおう、と俺は歳三の肩を叩く。

 

 俺の意を了解してくれたのだろう。

 歳三は自信に満ちた表情を取り戻すと、自身の配下を呼び出す。

 その数20名ほどであるが、皆、剣の達人なのだそうだ。


「新撰組のやつらには及ばないが、それでもそれなりに鍛えた連中だ」


 と自慢する。

 歳三には主に魔族を担当させているので、ゴブリンやオークの剣客が多かった。

 皆、歴戦の強者のような表情をしている。


 歳三は彼らの中からさらに三人、強者を選ぶと彼らを切り込み隊長に任命し、その四人で悪徳商人のもとへ乗り込んだ。


 歳三は乗り込む際、

「御用あらためである!」

 と新撰組のような口調を使った。


 乗り乗りというか、その様は往年の鬼の副長そのものであった、

 その姿を見た途端、震え上がる悪徳商人ども。


「これは俺の出る幕はないな」


 そう思った俺はひとり執務室へ戻ると、そこでゴッドリーブとチェスを指しながら土方が悪徳商人すべてに天誅を加えるのを待った。

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