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悪魔ザガロフ

 蝙蝠の死体が集まって出来上がった化け物。

 メイド服を着たデータベースであるイヴの知識にもいない魔物のようだ。

 俺は呪文を詠唱し、目の前の化け物のステータスを開示する。



【名称】 ザガロフ

【レアリティ】 ミスリル・レア ☆☆☆☆

【種族】 獣悪魔

【職業】 戦士

【戦闘力】 4879

【スキル】 不明



 これが雄牛の化け物のステータスだった。


 アシュタロト軍で最強クラスを誇るサイクロプスでさえ戦闘力2000に届かないのだから、この化け物の強さがしれる。


「もしもこいつがサブナク戦のときに出てきたら滅んだのはこちらだったかな」


 至極当然な言葉が漏れ出るが、仲間には聞こえないようにする。

 びびっていると思われたら士気の低下を招きかねない。


 大将たるもの、たとえ逸物が縮み上がっていても虚勢を張らなければならないのだ。


それに戦闘力がいかに高くても、それはあくまで参考値だった。

 戦闘力とはあくまで目安。


 闘技場のような平坦な地形で一対一で戦ったときにどちらが勝つか程度のもので、高ければ必ず勝つわけではない。


 それに俺の見立てではあるが、聖女であるジャンヌの戦闘力はサイクロプスを上回るはず。坂本龍馬の娘であるリョウマの戦闘力もなかなか高いはず。


 それに俺は一応、魔王、雄牛の悪魔ごときに後れを取るつもりはなかった。

 というわけで開幕先制攻撃。

 両手に《火球》を作り出すと、それらを融合させ、《大火の玉》を作り上げる。

 小さな太陽のような火球は、まっすぐに雄牛に向かうが、雄牛はそれに突っ込む。

 火の玉を抱きしめると、それをそのまま圧縮し、破壊する。


「…………」


 予想の斜め上を行くパワーファイターである。一瞬焦ったが、すかさず聖女様が攻撃を加える。



 斬!



 という音が聞こえそうなほどの一撃を放つと雄牛の右腕はぽとりと地面に落ちる。


 雄牛は咆哮を上げるが、リョウマは怯まず援護する。

 銃口が焼き切れんばかりに拳銃を連射する。


 口径の小さい弾丸のほとんどは雄牛の厚い獣皮にはじかれるが、それでもいくつかは体内に突き刺さる。


 両者の攻撃によって大ダメージを与えているが、それも一瞬だった。

 リョウマの放った銃弾は、数秒後には体外に排出される。

 傷がみるみる塞がる。

 ジャンヌが切り落とした右腕も雄牛が左手で装着すると数秒で繋がった。

 切り落とされた部分が泡立ち、見事に癒着する。


 それを見ていたジャンヌは、

「化け物なの!?」

 と驚愕する。


 リョウマも同様のようだ。

 この場で冷静な女性はイヴくらいであろうか。

 彼女は冷静に分析する。


「どうやらこの雄牛はこのダンジョンのボスのようですね。守護者の中の守護者のようです」


「そうみたいだな。まったく、とんでもない『再生能力』も持っているようだ」


「みたいですね。首を切り落とさぬ限り、倒せないかと」


「首すらも再生させそうな勢いだ」


「ならばこいつは倒せないの?」


 悔しがるジャンヌ。


「いや、そんなことはない。この世に倒せない魔物などいない。再生が厄介ならば、再生できないほど一気に身体を破壊してやればいい」


「さすがは御主人様です。しかし、どのように?」


「禁呪魔法を使う」


「禁呪魔法?」


 と尋ねてきたのはリョウマだった。彼女は魔法に詳しくないようだ。


「古代の魔術師が開発した強力な魔法だよ。扱いが難しく、一歩間違えば術者が破滅するから、使用が禁じられている」


「へえ、そいつは難儀じゃの」


「ああ、だがその分威力は折り紙付きだ」


「ならちゃちゃっとやってくれんかの」


「そう行きたいところだが、あの牛を倒すには相当強力な禁呪魔法を唱えないといけない」


「つまりどういうことぜよ?」


「詠唱時間が長くなるということだ。その間、俺は無防備になる」


「ならば話は簡単!」


 と剣をかまえたのは聖女ジャンヌだった。


「私たち前衛が時間を稼ぐの。その間、魔王に呪文を詠唱してもらうの」


 その言を聞いたリョウマはやれやれと言うと、それしかないか、と拳銃をかまえた。


「わしは前衛タイプでも後衛タイプでもなく、中衛タイプなんじゃが」


 と吐息を漏らすが、不満を漏らしつつも拳銃に弾を装填している。

 ジャンヌはそれを見届ける前に斬り掛かる。


 剣を持ったときのジャンヌはいつもののほほんとした雰囲気ではなく、一廉(ひとかど)の戦士であった。


 美しい金髪を振り乱しているのに、猛々しさを感じさせる存在であった。

 こと戦闘においてこれほど頼もしい部下は他に存在しなかった。

 神が彼女を遣わしてくれたことに感謝しつつ、呪文を詠唱する。



 黄昏に染まりし、夕顔の赤。汝の色は紅よりも深く、血の色よりも濃い。

 灼熱の瞳の中に燃え上がる烈火の炎。

 紅蓮に輝く太陽はすべてのものを焼き尽くさん!



 長い呪文である。さらに一節一節、言葉に魔力を込めなければいけない。

 古代魔法言語は一音たりとも間違うことが許されない。

 極度の緊張を有するが、俺は最後まで唱え終える。

 それができたのもすべて仲間への信頼感があったからだ。

 聖女ジャンヌならばあの化け物を俺に決して近づけない。

 リョウマならばどのような窮地になっても仲間を見捨てない。


 そんな信頼感があるからこそ俺は、一歩も引くことなく、禁呪魔法を唱えることに成功したのだ。


 見れば俺の身体に無数の文様が浮かび上がる。

 古代の炎の魔人が俺に乗り移った証だった。

 禁じられた魔法、「紅蓮の炎王」を唱え終えた証拠であった。

 今から俺の身体に宿った炎の王を召喚する。

 灼熱の炎を解き放つ。

 さすればあの無限の回復力を持つ雄牛とてひとたまりもないだろう。


 問題なのはこの強力な炎で仲間にさえ危害を加えてしまわないか、ということであったが、それは杞憂だった。


 呪文の完成を悟ったジャンヌとリョウマは、まるで一卵性の姉妹のように連携する。


 ジャンヌは屈み気味になると、聖剣ヌーベル・ジョワユーズの横なぎを放つ。

 聖剣から放たれる神々しい剣閃その速度、その威力は凄まじい。

 悪魔の両足を簡単に切り裂く。


 両足を切断された悪魔は両膝をつき、屈する。その様は聖女に懺悔をしているかのように見えた。


 もっとも悪魔は懺悔はしない。ただ、咆哮を上げ、その牙で聖女を食らおうとする。


 そこに攻撃を加えたのがリョウマだった。

 両足を封じられて機動力を封じられた雄牛に対し、リョウマは容赦しない。

 エルフらしい機敏な動きで雄牛に近寄ると、彼女は拳銃をかまえる。

 雄牛の瞳に銃口を当てると、そのままゼロ距離射撃を加える。


「牛さん、今からあんたの目ん玉を貰うきぃ、堪忍してな」


 リョウマは冷酷に言い放つと、トリガーを引いた。

 それと同時に射出される弾丸、それは荒れ狂う雄牛の目玉に食い込む。

 悪魔の視界を奪う。悪魔に絶望の咆哮を上げさせる。

 両足を奪い、視力まで奪われた雄牛の悪魔。


 すでに禁呪魔法を完成させた俺にとってもはややつはただの標的に過ぎなかった。


「ジャンヌ! リョウマ! 離れろ!」


 ふたりは即座に反応するが、勝手の分からないリョウマはジャンヌに尋ねる。


「金髪のお嬢、どれくらい離れればいい?」


 ジャンヌは即答する。いや、行動で示す。


「できる限り離れるの! 魔王の禁呪魔法の威力は半端ないの」


 ジャンヌが全速力で疾走するのを見たリョウマもそれに習う。

 その行動を見た俺は安心して魔法を放つ。

 俺の両腕から放たれた灼熱の炎は、二本足の雄牛を包み込む。

 雄牛は悲鳴にも似た咆哮を上げる。

 自身が焼かれ、消し炭になることが分かっているようだ。


 その咆哮はどこかもの悲しげに聞こえたが、手加減することなく、雄牛を焼き殺す。


 ここで手加減をすれば、やつはその再生力を活かし、ジャンヌやリョウマに襲いかかるだろう。


 もしも彼女たちになにかあれば、悔やんでも悔やみきれない。

 それに蝙蝠を寄せ集めて作った雄牛に慈悲の感情は湧かない。

 そう思った俺は出力をさらに高める。フルスロットルである。


 全身の魔力を炎に変換すると、無限の回復力を持つかと思われた雄牛も死を迎える。


 雄牛はちぎれた足も、潰れた目も、焼けただれた皮膚も回復させることなく、その身を消失させる。


 こうして俺はサブナク城の地下にひそむ怪物を退治した。

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