サブナクの迷宮
朝起きると、最悪の起き抜けという顔をした聖女様と遭遇する。
彼女は「気持ち悪い上に頭がガンガンするの……」
と苦悶の表情を浮かべていた。
「腐ったシュークリームは食べていないのに……」
と彼女はつぶやくので、その症状が食あたりではなく、二日酔いであると伝える。
「これが噂に聞く二日酔い。私も大人になったの」
と一瞬、喜ぶが、それもほんのわずか、すぐに「うぐぅ」と頭を抑えて二日酔いをアピールする。
幸いなことに先日作った風魚の浮き袋の秘薬は二日酔いにも有用だ。ジャンヌに残った薬を分け与えると、彼女は喜ぶ。
「ありがとうなの。やっぱり困ったときの魔王なの」
と薬を飲み、しばらく安静にすると回復する。
回復したらしたで、「おなかが減ったの」と腹をさするあたり、彼女は生粋の腹ぺこキャラである。
そのことを知悉しているイヴはちゃんと彼女の分の朝食を用意していた。
俺たちは鶏卵のゆで卵と堅焼きのパン、それに干し肉の朝食をとる。
もちろん、リョウマも食卓にいる。
彼女は所持している食料をすべてイヴに差し出すと、
「このメイドの嬢ちゃんにわしの専属コックになってもらうかの。この旅の間だけでも」
と言った。
闊達で人なつこい声である。要は飯係になれと言っているのだが、ちっとも嫌味に聞こえない。
彼女は父親の坂本龍馬と同じで、人の懐に入り込むのが上手いのだろう。
イヴも承りました、と食料を受け取っていた。
「おおきに。さすがはべっぴんさんぜよ」
と食料の上にさりげなく花を置くのは、プレイボーイだった父親の影響であろうか。
それとも同性の心地よいポイントを熟知しているのだろうか。
真似したいところであるが、生兵法は怪我の元、参考程度にとどめることにする。
そんなふうにリョウマを見つめていると彼女の朝食は終わる。
見た目に反してかなり小食のようだ。イヴが用意したお代わりは辞退し、代わりに涎をたらしているジャンヌに分け与えている。
ジャンヌは犬のように尻尾を振りながらお礼を言うと、パンと干し肉を食べていた。
それを楽しげに見つめながら、リョウマは懐から鉄の筒を取り出す。
どうやら拳銃の整備をするようだ。
黙々と回転式拳銃を手入れするリョウマ。彼女に話しかける。
「それはリボルバーのようだが、父上から受け取ったのか」
「お、魔王殿はこの武器を知ってるんかい?」
「実物は初めてみるが、概念は知っている」
「ほお、博識じゃのう。そうじゃ、これはリボルバーぜよ」
と、かかげてみせる。
「この異世界に拳銃か。最強のようなそうでもないような」
「まあ、拳銃は弾が必要じゃからな。それにこの世界には魔法がある。そう考えたら、最強とはいえん」
だが、と彼女は続ける。
「やはり飛び道具は重宝する。わしは戦力になるぜよ」
と言い切る。
たしかに拳銃は強力な武器になる。
それは先ほどの戦闘で証明されていた。
彼女が自信満々になるのも分かる。
そもそも彼女のような美しいハーフエルフが、この異世界を一人旅している時点でそれなりの実力があると想像できる。
俺の領地は比較的治安が保たれているが、それでも女が一人旅できるほどではない。
そんな中、縦横無尽に大陸を駆け回り、商売をするのだから、銃の腕前のほうも相当なのだろう。
これから一緒に迷宮に潜る仲間としては、とても心強かった。
「さて、じゃあ、整備が終わったら、さっそく迷宮に潜るか。迷宮への道は把握しているのだろう」
「もちろんぜよ、その辺は抜け目ない」
にかりと笑う黒髪のハーフエルフ、やはり彼女は頼もしかった。
サブナク城にある地下迷宮。
それは自然の迷宮をサブナクが改修したようだ。
元からあった天然のダンジョンを宝物庫代わりにする算段だったようだ。
ただ、それが完成する前に俺の侵略を受けて滅んだ。
なので深い階層はそのまま手つかずになっているらしい。
と、リョウマは教えてくれた。
どこでそのような情報を手に入れたのだろうか。
気になるので尋ねてみる。
「蛇の道は蛇、かつてサブナクに仕えていたというコボルトの傭兵隊長に聞いた。おまんさんがサブナクを倒してしまったので、失業して海上都市にやってきた男じゃ」
「なるほどね。うちにもサブナクの兵はいたようだが、俺には伝わらなかったな」
「まあ、一部のものしか知らなかったらしい。それに工事に関わったものは――」
「処刑された?」
「そうぜよ、よう分かったの」
「魔王は皆、その手口が好きだな」
まあ、魔王だけでなく、古代の人間もよくやるが。
地球と呼ばれる異世界でも同じようなことが何度も行われている。
古代エジプトの歴代のファラオ、中華の皇帝たち、皆、示し合わせたかのように自分の陵墓制作関係者を殺している。
そこに宝を埋めているのだから、彼らとしては当然の処置なのかもしれないが、そんなことをしているから人望を失い、王朝が滅ぶのである。
俺としてはそのような愚策は絶対にしたくなかった。
他の魔王や古代の王は反面教師としなければならない。
そんなことを思いながらサブナクの作った迷宮に入った。
迷宮の上層部分は煌々と明かりがともっており、松明や照明の魔法などは不要であった。




