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夜中にふと目覚める

 坂本龍馬がサブナク城の地下にいる。

 と彼の娘であるリョウマは言った。

 いったい、どのような事情があるのだろうか。

 再び切り株に座ると事情を聞く。


 これ以上、酒が回ると冷静な判断ができなくなるので、イヴには白湯を沸かしてもらう。


 リョウマとしてはまだまだ序の口、いくらでも呑めるようだが、相手に合わせる心遣いはできるようだ。


 イヴから白湯を受け取るとそれをずずっと飲む。


「アシト殿、まずはわしの生い立ちから説明しよう」


「それは助かる」


 出会ったときから坂本龍馬の娘とは聞いていたが、彼女はエルフの姿をしている。


 人間とエルフの間には子供が生まれるが、そもそも英雄は子供を作れるのだろうか。


 気になる。


「英雄が子供を作れるかって? そがなことそいつの頑張り次第じゃ。人間なんじゃ、やることをやっとれば子はできる」


「まあ、たしかに」


 と俺は馬車を見る。

 この話はあまりジャンヌには聞かれたくなかったのだ。


「じゃがどの世界でも美人を手に入れるのは難儀じゃろ? 競争率が高いからのう。わしの父上も母上であるエルフの美姫を手に入れるに、そりゃあ苦労したらしいがよ」


 なんでも毎日のように花々を持って行ったら、花に可哀想なことをしないで!

 と怒られたそうだ。

 毎日、キノコを持って行ったら、ほどこしはいらないと、拒絶されたそうだ。


 エルフの女性にはプレゼント作戦は効かないらしく、結局、惚れさせるのに5年は掛かったそうな。


 その5年というのも人間には長い時間だが、エルフにとっては5日くらいの感覚だったらしく、父上は苦笑いを漏らしていたという。エルフは長寿の生き物で人間とは時間感覚がまるで違うのだ。


 その姿は想像に難くないが、かの坂本龍馬が求愛のため、森に通う様を想像すると自然と笑いがこみ上げてきた。無論、笑いはしない。その地道な活動の結晶が目の前にいる黒髪のエルフなのだから。


「そうして生まれたのがわしじゃ。じゃが、生まれてすぐに母上は死んでしまってのう。エルフ族は黒髪のものを忌み嫌うきのう。わしは森に住まうことも許されんかった。じゃけん、子供ん頃は父上に連れられてこの大陸をさまよっちょった」


 東西南北、十字の形のこの大陸すべてを巡ったそうだが、ある日、南方にある海上交易都市に終の棲家を見つけたそうだ。


「父上は元々、商人の真似事のようなことをしておったからのう。師匠筋の商人を見つけると、あれよあれよと水を得た魚のように活躍を始めよった。今じゃ海上都市ベルネーゼで坂本龍馬ちゅーんは、やり手商人の代名詞になっておるほどぜよ」


「それはすごいな」


「ああ、父上はまっことすごい。あっちゅー間に出世された。じゃが、父上はげにまっこと飽きっぽいところがあってのう……。常に困難に立ち向かうちゅうか、冒険心にあふれておるちゅうか、海上都市で地保を固めると途端に商会の権限をわしに譲って、そのまま冒険の旅に出て行ってしまったんじゃ」


「なるほど。それで今、坂本龍馬殿はこのサブナク城の地下にいる、と」


「ああ、そうじゃ。なんでもこの城の地下には秘宝いうものがあるとか。それを使えば死者と話せるそうじゃ」


「つまり亡くなった母上と話したかったのかな」


「じゃろうな……。父上は一途なお方やき、母上が最後の妻、と言うてその後もどんな良縁が入ってこようと頑なに断っておる。父上は母上を今でも愛しておられるんじゃろう」


 それは娘である君の姿を見れば想像できる、とはキザすぎて言えないが、リョウマは掛け値なしの美人であった。


 そんな考えをしていると先ほどから黙っていたイヴが質問をする。


「坂本龍馬様がここの地下にいることは分かりました。しかし、あなたはどうして父親を探すのです? まだ、父が恋しい年頃なのですが?」


 冷徹怜悧にして無遠慮な質問だったが、リョウマは怒ることはなかった。

 自嘲気味に、それもあるが、と言った上で本心を話してくれた。


「父上は広い、広い海のようなお方ぜよ。大きく、自由が似合うお方じゃ。そのようなお方を連れて帰って縄で縛ろうとは思わん。幸い家業である商売も上手くいっておるからのう」


「ではなぜ?」


「詳しいことは言えんが、海上都市ベルネーゼに危機が迫っておる。と、だけは言っておこう。その危機を解決するためどうしても父上の力が必要なんじゃ」


「先ほどの刺客も関係あるのかな?」


「するどいの。その通りがよ」


 その言葉を聞いたイヴは怒り気味に言う。


「するどいではありません。お陰で御主人様が危険な目に遭いました。せめて詳しい事情を話してください」


 その言葉を聞いた俺はイヴをたしなめるように言う。


「誰にも言えないことのひとつやふたつはある。たしかに刺客には襲われたが、リョウマ殿が窮地を救ってくれたのも事実、その恩を返そうじゃないか」


「一緒に迷宮に潜ってくれるんか?」


 リョウマの表情はぱあっと輝く。


「ああ、協力させてもらう。ただ、帰ってきたあかつきには、君の所属する交易都市と商売の話しがしたい」


「それは願ってもない話じゃあ。最強の魔王の助力は千人力ぜよ。おまさんは最近、急激に勢力を拡大しておるから商売相手としてこちらにはなんら不服はない」


 リョウマはそう言い切ると、右手を差し出してきた。

 握手をしよう、ということだろう。

 無論、握手を拒む理由はない。

 俺は彼女の手を力強く握り返す。


 リョウマは女性とは思えない力を持っていたが、その手はやはり繊細で柔らかかった。

 

 思わず彼女の身体を見てしまう。

 彼女は露出の多い格好をしていた。

 エルフにしては豊満な体つきをしている。


 湖での初対面を思い出してしまうが、幸いなことに彼女はあのとき出会った男を俺だと認識していないようだ。


 これは墓場まで持って行く秘密にせねば。

 そう思った俺は口を真一文字に結ぶと、そのまま馬車へ戻った。


 迷宮に入るにしてもジャンヌの酔いを覚まさなければならないし、すでに夜もふけている。


 売れない小説家ではないのだから、夜更かしをする理由はなにもない。

 俺は馬車に戻るとそのまま眠った。

 リョウマは一度、自分の馬車まで戻ると、馬車を引いてやってきた。

 俺たちは合流するとそのまま眠った。


 ちなみに魔王である俺の馬車よりも商人であるリョウマの馬車のほうが豪華で洒落ていた。


 坂本龍馬の娘、リョウマはなかなかに羽振りが良さそうである。

 イヴにそうささやくと、俺は眠りに落ちた。




 ただ、夜中、俺は目覚める。酒が入っていて眠りが浅くなっていたのだろう。

 尿意をもようした俺は木陰に入り、用を足そうとするがそこに先約がいた。

 リョウマである。


 彼女はにかりと俺のほうを見つめると、「連れションでもするか」と冗談を投げかけてきた。


 彼女は戦国時代、豊臣秀吉と徳川家康が富士の裾野で連れションをした故事を引き合いに出すが、俺は秀吉でも家康でもなかったので断る。


 リョウマも冗談だったのだろう。


「わしも一応『女』じゃからの。そげなはしたない真似はできんよ」


 と俺に背を向けた。


 すれ違う際、俺は彼女の目元が濡れていることに気がついたが、それを指摘することはなかった。


 先ほど、彼女が寝言で父親と母親の名を叫んでいたことを知っていたが、それも指摘しなかった。


 豪快を装っているが、彼女の心はもしかしたらとても線が細く儚いのかもしれない。


 そう思ったが、今はそのことを彼女に告げるべきではないと思った。

 その後、俺はお月様の下、ひとり、用を足すとそのまま寝袋に戻った。

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