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坂本竜馬の娘

 喧嘩先制、こういうのは先にぶん殴ったもの勝ち、と相手が油断しているときに素早く一撃を入れる。


 現実主義者にして平和主義の俺であるが、喧嘩と戦争は先に仕掛けたほうがいいと熟知していた。


 イヴからは紳士の中の紳士と呼ばれているが、それは書斎の中だけ。

 このような荒事のときには本来の好戦性が発露する。

 俺の先制の《火球》の魔法によって火だるまになる傭兵。

 それを必死に消そうとする傭兵。なかなかに仲間思いのようだ。

 ならば殺さなくてもいいか、そう思った俺は火の勢いをわざと緩めてやる。

 緩めてやるが、戦闘は継続するが。

 向こうは是が非でも俺の首を取りたいようだ。

 婉曲気味の短刀をふたつ構えた傭兵が突撃してくる。


 魔法によって防いでもいいのだが、今の俺には《防壁》の魔法よりも頼りになる壁があった。


 その壁は金色の髪を持っている。

 聖剣を持っている。

 いつもお腹を空かし、ほがらかな笑みを絶やさない戦士だった。


 彼女は聖剣ヌーベル・ジョワーズを背中から抜き放つと、猛禽類(もうきんるい)のような速度で俺の前に飛び出た。


 二刀流の傭兵の双剣のひとつを一撃で破壊すると、二の太刀で敵にトドメを刺そうとする。


 その瞳は猛禽そのものであった。

 ジャンヌは聖女と呼ぶに相応しい人格をしているが、戦場に立つと人が変わる。

 俺が窮地になると目の色を変える。


 俺の代わりに多くの敵を倒してくれたが、できれば彼女に無駄な殺生はさせたくなかった。


「ジャンヌ、できればそいつらは殺すな」


 剣を振り上げたジャンヌは、一瞬、ぴくりと反応するが、剣を振り下ろす。

 ジャンヌは首ではなく、相手のもう一方の短剣を破壊するだけにとどめた。

 その後も敵と対峙しても、致命傷にならないよう努めてくれた。

 俺も彼女の横に並び、手加減した一撃を加えていると、控えめな苦情をもらう。


「魔王は優しすぎるの。命を奪いにきた相手に手加減するなんて」


「まだこいつらの事情を知らない。それにジャンヌが信じるセム系一神教の神はこう言っているのだろう。――汝、殺すことなかれ」


 不殺の教えを説いた異世界の宗教指導者の言葉を引用すると、ジャンヌは納得したようだ。


「でも、一度だけなの。また襲ってきたら、次は斬るの。神は人を殺してはいけないと言ったけど、魔王を守るようにも言ったの」


「戦争を引き起こす俺を守り、命は奪うな、か」


「矛盾はしていないの。だって魔王は平和な世界を作り上げるのでしょ? その世界では戦争はなくなるのでしょう?」


「そうだ。そういう世界を作りたい」


 ジャンヌのような少女が平穏に暮らせる世界。

 イヴのようなメイドが安心して紅茶をそそげる世界。

 ドワーフたちはただ毎日槌とツルハシを振り、エルフたちは森でキノコを採る。

 魔族も人間も亜人もない。

 そんな世界を作り上げたかった。


「ならば大事の前の小事、細かいことは気にしないの」


 ジャンヌは断言すると、傭兵たちのリーダーと思わしき男の首筋に剣を突きつける。


 彼女は冷徹に言い放つ。


「良かったの、お前ら。ここにいる魔王は誰よりも慈悲深いの。今、撤退すれば命だけは助けるの」


 その冷徹な表情、声に思わずどきりとする。普段とのギャップがそうさせるのだが、戦場で剣を振るう彼女はまるで戦女神のように美しかった。

 

 思わず見とれてしまうが、それがいけなかったのだろうか。

 俺は物陰に潜んでいた弓使いの存在を見逃していた。

 彼は最前線で胸を晒し戦うジャンヌを狙う。

 彼女の無防備な胸に弓を突き立てようとする。


 やばい、と思った瞬間に、俺は《防壁》を張ろうとするが、それは間に合わなかった。


 否、正確には矢は放たれることがなかった。


 その代わり、


 バキュン!


 という乾いた音がした。


 轟音である。

 いったい、なにがあったのだろう。

 音の聞こえたほうに振り向くと、そこにはフードをかぶった人物がいた。

 フードの隙間から黒髪が見えている。

 もしかしてこいつが例の商人か。

 そう思いイヴのほうを見つめると、彼女は「こくり」とうなずく。


 実際にあったイヴが言うのなら間違いないが、それよりも確認しなければいけないことがある。


 それは彼が手に持っている奇っ怪な武器。それによって弓使いを倒したのだろうが、それがなにかは不明であった。この世界では見かけない武器である。

 

 男は小さな黒い塊、筒状の物体を持っていた。

 彼はフードの奥からにやり、と口角を上げたような気がした。

 自慢げな声が聞こえてくる。


「これはハンドガンと呼ばれる短筒、つまり拳銃ちゃ」


 という説明を受ける。

 拳銃?

 とイヴとジャンヌは首をかしげる。

 彼に代わり、俺が説明する。


「拳銃とは鉄砲を短くし、携帯しやすくした兵器だ」


「そもそも鉄砲を知らないの」


 とジャンヌは言う。


「鉄砲とは大砲をさらに小さくし、対個人に特化した武器だ。さらにそれを小型化したのが拳銃だな」


「つまりドワーフのゴッドリーブが作っている大砲を手乗りにしたのが拳銃?」


「ご名答。ジャンヌの世界ではまだ鉄砲が普及していなかったな。そういえば」


「それはこの世界も一緒でございます。鉄砲など聞いたことがありません」


 イヴは言う。


「そうだった。でも、火薬があるからな、鉄砲だって作れないことはない。いや、あの鉄砲は作ったのではなく、持ってきたものかもしれない」


「持ってきた? どこからでしょうか?」


「異世界からだよ。あの拳銃としゃべり方で確信した。あの男は異世界の英雄だ」


 その言葉を聞いたジャンヌとイヴは「なんですって」と驚きの表情をしたが、当の英雄はすましていた。


「ほお、さすがは魔王アシュタロト様じゃ。わしはたしかに異世界の人間やが、……と言いたいところじゃが、それは半分だけ正解やぜ」


 妙に甲高い声が俺の推論を否定する。

 彼は「かっかっか」と笑いながら、フードを取り外す。

 そこにいたのは想像していた人物とは違った。

 俺は幕末の英雄、坂本龍馬が出てくると思っていたのだが違った。

 そこにいたのは、先ほど、湖のほとりで見かけた黒髪のエルフだった。

 彼女は得意げに拳銃をかかげながらこう言った。


「はじめましてじゃのう。アシュタロト城の魔王よ。わしの名はリョウマ、ただのリョウマや」


「坂本龍馬ではないのか?」


「おまんの知っている坂本龍馬は女で、エルフじゃったんか?」


「まさか、なかなかの男前だが、女ではなかった」


「じゃろう。残念じゃがわしは坂本龍馬じゃないぜ。わしはその娘やき」


「娘!?」


 ――意外な答えに思わず驚いてしまう。


 この異世界にやってきて元の世界との違いなどに戸惑った俺であるが、目の前にいる黒髪の美女の台詞はその中でも一番の驚きに満ちていた。


 召喚された英雄はこの世界でも子を作ることができるのか?

 そうイヴに尋ねると、彼女は首を横に振る。


 分かりません。そこまで詳細なデータを持っているわけではありませんので、とイヴは申し訳なさそうに言う。


 リョウマを自称する黒髪のエルフはそれを面白げに眺めると言った。


「謀略の魔王もわしの存在には、驚き桃の木山椒の木のようじゃ。まあ、詳しくはこれでもやりながら話そうぜ」


 と彼女は腰に下げた革袋をかかげる。

 その中にはたっぷり液体が入れられているようだ。

 酒のようである。

 彼女は酒豪のようだ。


 さて、彼女はどうやらハーフエルフのようだが、本当に幕末の英雄坂本龍馬の娘なのだろうか。


 それが一番気になったが、もうひとつ気になることがある。


 日本人と異世界人、それもエルフの血が混じった彼女は、どのような酒が好みなのであろうか。あの革袋には何酒が入っているのだろうか。


 どうでもいいことかもしれないが、それが少しだけ気になった。

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