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ドワーフの杯

 この城にはドワーフの族長が住んでいる。

 正確には、土のドワーフ族の族長の幽霊が住み着いている。


 彼は俺が救ったドワーフの里の族長、とある死霊魔術師を倒すためにその身を犠牲にしたが、運良く魔物召喚の儀式によって蘇った男だ。


 変わった経歴の男であるが、彼の行政官としての手腕、それに技術者としての技量はSランクであった。


 我がアシュタロト軍団に欠かせぬ人物となっている。


 そんなドワーフの老人は、城の一角に工房を構え、そこで日夜、弟子たちの指導をしていた。


 自身はすでに槌を振るえぬ身。ただ創作に対する飽くなき情熱は衰えていないらしく、代わりに弟子たちに槌をふるわせる毎日を送っていた。


 また新武器開発の余念もなく、火薬を使った「大砲」や「焙烙玉(ほうろくだま)」などを開発しては、城の庭でぶちかましている。


 この世界にはすでに大砲があるが、この地方ではあまり普及しておらず、これが部隊に配備されれば、我が軍は一歩抜き出るだろう。


 と、思っていたが、この世界には魔法があり、どうしても常備が後回しになってしまう。


 大砲はただ作ればいいというわけではなく、数学に精通した砲兵が必要で、砲兵の育成も必要なのだ。


 その辺は俺の軍隊がもう少し大きくなってからでもよい、そんなふうに後延ばしにしていたら、時機を逸してしまった、そんな感じであった。


 そのことをドワーフの族長、ゴッドリーブに話すと、彼も同意見である、と言う。


「砲兵の育成は金が掛かる。まずは通常の軍備を優先させるべきだろう」


「金はいくらあっても足りないな」


「そうじゃな。この国も南方にある交易都市のように豊かならばいいのだが」


「そういえばさっきイヴがいれてくれたコーヒーも南方のものだった。この世界ではやはり南方が豊かなのか?」


「そうとも言い切れない」


 とゴッドリーブは言う。

 彼はこの世界の、俺たちがいる大陸の地図を指さす。

 壁に貼り付けられた地図で説明をしてくれる。


「我らがいるこの大陸は十字の形になっているのは知っているな?」


「それはイヴから聞いている」


 我らが住まう土地は、グロリュースと呼ばれる大陸である。

 この大陸は十字の形をしている。まるで手裏剣のようだ。


「この大陸の中央、我らがいる場所だな。ここは大陸の交差路になっており、様々な民族が入り乱れている。人間、魔族、エルフ、ドワーフ、人種の見本市だな」


 豊かな代わりに抗争が絶えない地域でもある、とゴッドリーブは言う。


 たしかにこの地域は、東西南北、どこにでも繋がっており、どこからでも攻められる。


 逆に言えばどこにでも攻められるのだが。

 そう話すとゴッドリーブは、「そういう考えもできる」と頬を緩めた。


「基本的に中央はそのように混沌としており、南方は気候が暖かく、農作物に恵まれている。さらに南西にある諸島都市から香辛料や砂糖などを輸入できるので、比較的裕福である」


「土地自体が豊かなのだな」


「その通り。北部は基本貧しい。ただし、北部は鉱物が産出され、それを加工する技術が発達している。工業都市が多い」


「ふむ、その辺は俺がいた世界や異世界と変わらないな」


 どのような世界でも地味豊かな南方は農業生産力に優れ、北方は工業が発達するようになっているのだろう。


 南方のように働かなくてもその辺の果実をむしって食べていれば生きていけるような場所では工業が発達しにくく、逆に寒冷な北部では工業を発達させないと生きていけないのだ。


 そう考えれば俺が生まれ落ちた中央というのは、ちょうどいい案配なのかもしれない。


 それなりに豊かで働き者の国民というのは、統治のし甲斐があった。

 そう漏らすとゴッドリーブは「魔王らしい」と笑みを漏らした。


 花崗岩のように威厳のあるドワーフが笑みを漏らしてくれるとこちらも嬉しくなる。


「ところで魔王殿はまた城を留守にするとか」


「ああ、魔王サブナクの城にちょっと用足しに。面白そうな商人がいてね」


「噂の行商人か。もしかしたらその男は南方からきたのかもしれん。南方には昨今、異世界からきた商人がいると噂で聞いたことがある」


「ほう、それがその男なのだろうか」


「さて、それは分からぬが、会う価値はあるだろう」


「でしょうな。幸いと今は敵対する魔王もいない。動き回るにはちょうどいい。また、ゴッドリーブ殿に留守を押しつける形になるが、頼めますか」


 と尋ねると、老人は当然のように首を縦に振ってくれるかと思ったが、交換条件を出してきた。


 珍しい、と思ったが、老人の出した条件は些細なものであったので、即座に了承する。


 ゴッドリーブが出した条件は、霊体となり、酒が飲めなくなった自分の代わりに、酒を呑んでくれ、というものであった。


 どん、と目の前に酒が置かれる。

 そこにあったのは、「火竜の息」と呼ばれる蒸留酒であった。


 工業用アルコールに匹敵する度数で有名な酒であるが、俺は老人の頼みを断る気はなかった。


 さすがに水で薄め、氷で割ってからであるが、ぐいっと酒を呑む。


 老人がかつて愛飲した酒を呑むと、かあ、っと胃が焼け付いたように熱くなり、火竜になったかのように熱い息を吐くことができた。

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