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金糸雀の美しさ


 旧サブナク城に向かうため、聖女のジャンヌを呼び出す。


 彼女は執務室にやってくると、深々と頭を下げ、

「魔王アシト様、聖女ジャンヌ・ダルク、まかりこしました」

 と言葉を紡いだ。


「…………」


 沈黙してしまったのは、ジャンヌがいつもとは違ったからだ。


いつもは、「~~なの!」


 と闊達にしゃべる少女が、このように楚々としゃべる様は、違和感を覚える。

 なにがあったのか、尋ねてみると、彼女は言う。


「自分が聖女と言われているのを思い出してみました」


 なんでも城下町の教会の尼さんのしゃべり方を参考にしているらしい。


 彼女たちに師表を求めるのはいいが、やはり奇妙に感じるので、普段通りにしてもらう。


 するとジャンヌは、

「ぷはー!」

 と息を吐き出した上で、にこりと微笑む。


「それは助かるの。息が詰まると思っていた」


 どうやら自分でも違和感バリバリだったようだ。

 彼女は「ありがとうなの、魔王」と礼を言ってきた。

 改めて彼女を見つめる。

 金色の髪に整った顔立ち、白を基調とした衣服と鎧を身にまとっている。

 どこにでもいるような美人――、

 とは言えないだろう。

 彼女のような清楚で美しい女性は、この世界でも稀少価値を主張できるはずだ。

 我が部下の中でも一番美しいのではないだろうか。


 接待部隊のサキュバスたちを思い浮かべるが、彼女たちのような生まれついての美姫でもジャンヌには勝てないような気がした。


 サキュバスたちの顔をひとりひとり思い出していると、彼女たちを束ねるイヴがやってきた。


 イヴを見る。

 見慣れているが、彼女もまた美しい。

 陶器のような白い肌と、それを包む美しいメイド服。

 主に尽くすその忠誠心も男心をくすぐる。


 あるいは俺はこの世界最高の美女ふたりを配下にしたのかもな、ふとそんな感想を漏らすと、ふたりは同時にこんな反応をした。



「してどちらがより美しいですか?」

「どっちが可愛いの?」



 その反応を見て、俺は自分の口の軽さを呪った。

 ふたりの性格ならば同時に褒めればそうなると予見できたものを。

 最近、謀神、謀略の王、表裏比興のものとおだてられて調子に乗っていたようだ。

 まさかこんなところで足をすくわれるとは思っていなかった。

 じいっと見つめてくる美女ふたり。

 ここで凡庸な回答をすれば、彼女たちの信頼を失うだろう。

 ――もっとも、彼女たちの好感度は上限値に近い。

 少しくらい減ったところで、今後に影響は少ないだろう。

 そう思った俺は策士らしい発言でお茶を濁す。

 先ほどの土方歳三の名言をアレンジする。


金糸雀(カナリア)には金糸雀の美しさ、鶴には鶴の美しさがある。比べること自体ナンセンスだ」


 その言葉を聞いたふたりは、納得いかない。どっちつかずだ、そんな言葉を口にしたが、最終的には丸く収まってくれた。


 ただ、最後にジャンヌがこんな発言をしたのは苦笑してしまった。


「私を鶴に例えるとは魔王は詩人なの。素敵なの」

 と。


 俺としてはいつもぴーちくうるさいジャンヌのことを金糸雀に例えたのだが、意図が伝わらなかったらしい。


 残念であるが、イヴは感づいたようで、口元を緩め、可笑しさにこらえている。

 その姿はとても愛らしかった。


 得意げに自分のほうが美人だとふんぞり返っているジャンヌも同様だ。


 いつまでも観賞していたかったが、時間は有限である。

 目当ての商人がいつまで旧サブナク城に滞在しているかも分からない。

 こんなところでこのような不毛な論争をしている暇はなかった。


 そのことを口に出そうとしたが、さすがは優秀なイヴ、ちらりと目が合っただけで旅の準備を始める。


 ジャンヌにも同行したければ早く準備をしろと諭す。

 ジャンヌもここにきて置いてけぼりはいやだと素直に自室に戻る。

 こうして俺はいつものように静かに旅の準備が整うのを待った。

 その間、執務室に貯まった決裁書類の処理をする。

 といっても日頃からまめに処理しているので、数時間で終る。

 女は準備に時間が掛かる。時間を持て余した俺はドワーフの族長のもとへ行く。

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