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竜の娘は生きている  作者: 囘囘靑
第二章:泰日楼少女行
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014_敵か味方か

 ヒスイは目を開けた。


(ここは……?)


 暗い。辺り一面は突き抜けたような暗闇だ。ヒスイの周囲だけがほの白く光っている。


(そうだ、リリスさんの催眠術に掛かって……だとしたら、夢の中?)


 それにしては、意識が妙にはっきりしていた。試しにヒスイは前に進んでみる。材質不明の黒い床に、ヒスイの足音が響いた。

 ひとしきり歩いてみるが、ヒスイを妨げるものは何もない。走ろうと思えば、どこまでも走ってゆけそうだった。


 そのとき、ヒスイの視界の端を誰かが横切る。


「誰っ?!」


 ヒスイはホルスターに手を伸ばす。しかし銃はそこに無い。


 返事のないまま、人影は闇に紛れた。


(見間違い……?)


 見間違えたっていいはずだ、夢なのだから。しかし人影の発する足音を、ヒスイの耳は確かに捉えていた。

 普通なら逃げるのが無難だろう。しかしこの「夢の中」に、逃げられる場所など無い。多少危険でも、相手の正体を確かめる必要がある。


 しばらく歩いていたヒスイだったが、やがて立ち止まる。そして、均質に拡がる暗闇の一方向に言った、


「出なさい」


 と。


 暗闇はヒスイを囲んだまま、息を殺している。右手の中指と人差し指を立て、ヒスイは暗闇の向こうに潜む人影を挑発する。


「こっちへおいで? 私が怖いの?」


 そして突然のフラッシュ。垂れこめていた暗闇が裂け、光の線分シーソーが闇の中に浮上した。

 線分の一端にヒスイが、もう一端に相手がいる。


 背格好はヒスイと同じくらいだろうか。黒地の衣装には、簡素な白のフリルがついている。その少女は、黄色い色をした笑う鬼のお面を被っている。

 少女は被り物を左手で支え、右手にはナイフを握っていた。


 ナイフを構えると、少女はヒスイに肉薄する。確かな踏み込みによって保証された、鋭い一閃。切っ先が、仰け反るヒスイの鼻先をかすめた。

 ヒスイは身体を反らせ、後ろへ宙返りする。転がり込むこともなく、勢いを利用して地面に手をつくと、ヒスイは自分の体重を両手で支える。両足がすっと天井を向いた。


「やあっ!」


 両手に力を込めて旋回し、右足を振りかぶる。


 確かな手応え!

 いや足応えか?


 ヒスイの蹴りを受け、少女は衝撃で尻餅をつく。被り物は床を転がり、ナイフはヒスイの手元に落ちる。

 すかさずナイフを拾うと、ヒスイはその切っ先を相手に向ける。


「あなたは……!」


 相手の顔を視界に捉え、そこでヒスイは息を呑んだ。


「おはよう、ヒスイ」


 少女の容貌もまた、ヒスイと同じだったからだ。



――……




「どうしたの?」


 固まっているヒスイを見て、少女は無邪気に訊き直した。目付き、口元、輪郭――少女は何もかもがヒスイとそっくりだった。


(いや、違う)


 予章宮で見た自分は青い瞳で、茶髪だった。この少女は黒い瞳に黒い髪をしている、自分とは違う。それに少女は、ヒスイより髪が長い。


「あなたは――誰? どうして私の名前を知っているの?」


 半ば恍惚とした様子でヒスイを見つめていた少女が、今度は視線を反らした。


「見てきたから」

「……見てきた?」

「そう」


 少女は――ヒスイの似姿は微笑んだ。


「ずっと昔から、あなたのことを見てきたのよ?」


 ナイフの切っ先が喉元から離れたのを見計らって、ヒスイの似姿はゆっくりと立ち上がる。その頬は興奮のためか、少し赤らんでいた。


「それにしても、流石はヒスイよね。記憶が無いのに凄いパフォーマンスだったわ」

「どうしてそれを――?」

「だから言ったでしょう?」


 ヒスイの似姿は薄く笑うと、隅に落ちた鬼の被り物を拾い上げる。


「私は、あなたをずっと見てきたのよ」

「どうやって?」

「それは教えられない」


 ヒスイの似姿はかぶりを振ると、そっと微笑んでみせる。その微笑みに、ヒスイの心はざわついた。鏡に映る自分の像が、、自分の意図に反して笑ったかのようで、ヒスイはぞっとする気分だった。


 不意に似姿が指を鳴らす。乾いた音に続き、太鼓を連打するような音が暗闇に響く。そしてそれに呼応するかのように、ナイフに亀裂が走ると、一瞬のうちにくだけ散った。振動に耐えかね、ヒスイはナイフの柄を放す。刃先は細かくなり、地面に落ちる前に消えてしまった。


「ゴメンねヒスイ……痛かった?」


 ヒスイの似姿はばつ悪げだった。


「でも大丈夫よ? ……夢から醒めたら、ヒスイは何もかも忘れちゃうから」

「……その割には、ずいぶん真剣に襲われたけど?」

「ええ……でもドラマチックだったでしょ?」


 ヒスイの似姿は被り物を拾い上げる。


「そうね。……この胸糞悪さも、目覚めたら消えて無くなってるの?」


 軽口を叩くヒスイを見つめると、似姿は寂しそうにはにかんだ。


「フフフ……何だかヒスイらしい。――でも、忘れることは怖くないの?」

「怖い?」

「そうよ」


 似姿は肩をすくめる。


「記憶が途切れなければ、ヨショウヒスイがこれから何を、どうしなくてはいけないのかもっとはっきりと分かる。そうは思わない?」

「思うわ。でも私はあなたが分からないし――」


 ヒスイが言い切るより先に、似姿はふたたび指を鳴らした。すると、


「ウソよ!」


 という鋭い叫びが、空間中にこだました。予章宮で邂逅した際、エバがヒスイに向かって放った言葉だ。


「今のこの娘と、私もまったく同じ感想よ? ねぇヒスイ、この娘が信じられて、私が信じられない理由はどこにあるの?」

「それは……」

「この娘がヒスイのことを助けに来てくれたから?」


 言いよどむヒスイを尻目に、ヒスイの似姿は背筋を伸ばして尋ねる。


「でも、本当にあなたを助けてくれたのかしら? もしかしたら彼女は、あなたを懐柔して取り入って、今まさに眠っているヒスイの喉元を裂こうとしているかも知れないのよ?」


 ヒスイの似姿は大げさに左手を横に払って、刀で首の辺りを切るそぶりをして見せた。


「あなたのことを助けてくれた『だろう』人達は、みんなヒスイを仕留めるために壮大な芝居を打っている……なんて筋書きはいかが?」


 ヒスイは答えない。似姿はしばしヒスイを見つめていたが、今度は満近寄ると、ヒスイの右手に自らの手を添えた。


「やめて……放して」

「いいえ。放さない」


 ヒスイの指に、似姿は自分の指を絡ませる。似姿の手から伝わるぬくもりで、ヒスイの心に一瞬影が差した。


「ヒスイ、心配しないで。私はあの娘と同じ――ヒスイの味方よ?」


 似姿はヒスイの右手を握り締める。ヒスイとその似姿の、互いの顔が間近まで迫った。

 ヒスイは本能的に、似姿の瞳の中を見た。似姿の黒い瞳の中には、怪奇の色が籠もっている。


 この交じり合った色の名前を、ヒスイは知っている。どうして知っているのか? それは思い出せない。ヒスイの似姿の瞳の中には、羨望と憫笑の、やるせない色が入り混じっていた。

 この色には意味がある。


「どうしたの?」


 重たいヒスイの沈黙に、ヒスイの似姿は困惑した表情をする。


「……どうして」

「えっ?」

「どうしてあなたは『味方』なの?」


 似姿に握り締められた手を振りほどいて、ヒスイは距離を取った。紡ぎ出された思考の糸が、ヒスイの口から溢れる。


「エバは私を『親友』だって言ってくれたわ。……どうしてあなたは、私の『味方』なのかしら?」

「だってそれは――」

「だってそれは――」


 似姿が答えるよりも前に、ヒスイが結論を畳みかける。思考よりも先に口が回っていた。


「あなたは『敵』を知っているからよね? そしてあなたも敵なのでしょう? ……だから私の記憶を持っている理由を言えないのよ」


 似姿は遠い目をしてヒスイを見つめる。唇を硬く閉ざして毅然とした表情になると、大きく肩を落とした。


「ヒスイ……邪推しすぎよ?」


 手に負えない、とばかりに似姿は溜息をついた。いたずらっ子をいましめる、保母のような口調だった。


「――私もそう思う」

「フフフ。でも私、そういうの嫌いじゃない」


 小さく鼻を鳴らすと、似姿は鬼の被り物を被り直す。


「この夢が覚めると、あなたはこのやり取りを何もかも忘れてしまうわ。……あなたにとっては好都合でしょうけど」

「あなたにも、でしょう?」


 しばしの間が空く。ヒスイの似姿は鬼の被り物を被り終えると、ヒスイに対して背を向けた。


「えぇ。……そうかもね。そうかもしれない」


 被り物のせいで、似姿の声はくぐもる。

 被り物をしっかりと両手で支えると、ヒスイの似姿はやにわに暗闇の縁へと躍り出した。


「あっ……」

「じゃあね、ヒスイ」


 似姿は暗闇の底へと落ちてゆく。


「私たち、……また会えるといいね?」


 ヒスイは反射的に腕を伸ばした。ヒスイの似姿はそれに応じず、両手を翼のように左右へ広げると、暗黒の底へと墜落してゆく。

 暗闇を突き抜ける一条の光が、ヒスイと似姿とを右方から照らした。その光は耳障りな警笛を伴い、二人を遮断し、静謐を圧倒した。


 これは何だろう?


 ヒスイには初めて見る物だ。馬車に近い形状だが、それを引くはずの馬も、御者もいない。車輪はめまぐるしく稼働して軋み、赤い車体を揺らしてヒスイの目前を滑走していた。据えられた窓から漏れる強烈な光の前に、ヒスイの意識は次第に遠ざかっていった。

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