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竜の娘は生きている  作者: 囘囘靑
第二章:泰日楼少女行
13/104

013_瑠璃の天蓋

 全身に衝撃が伝わる。立ち込める土煙の臭いが、ヒスイの鼻孔をつついた。


「ほれ、到着じゃ」


 イェンはそう言うと、背中に乗っていたヒスイに降りるよう促す。イェンが着地した衝撃で、周辺の土地は爪で引っ掛かれたかのようにえぐれている。


「何じゃヒスイ、バテとるのか?」

「いや、ちょっとふらふらして……」


 よろめいているヒスイを見て、イェンはどことなくおかしげだった。地面に降り立ったというのに、まだヒスイの身体は上下に揺さぶられている感触だった。


「はぁ……もう! イェンさん、荒すぎるって!」


 一方のエバはといえば、それほど堪えていない様子だった。魔法の箒で飛び交っているおかげで、ヒスイよりも三半規管が鍛えられているのだろう。


「これぐらいの距離だったら、あたしでも飛べるって」

「無理は禁物じゃ。エバ、……お主、この前あったときよりも顔色が悪そうじゃ。本当は無理してるんじゃろ?」

「それは……」


 それっきり、エバは口ごもってしまう。エバのこめかみの辺りを、汗が滴り落ちていった。


「それに、箒じゃ三人目は運べんじゃろ」


 と、寝そべっていたセフにイェンは目を向ける。意識が戻ってきたのか、セフはうつろな瞳で辺りを見渡していた。


「ここは……?」

「予章宮と泰日楼のあいだじゃ、セフ」


 立ち上がろうとするセフを制して、イェンはふたたび座らせる。


「いまはの、何も考えちゃダメじゃ。しばらく大人しく座っておるのじゃ」


 セフは生返事で頷き返すと、そのまま横になった。魔法の影響か、まだセフは意識がはっきりしていないらしい。 

 何気なく夜空を見上げたヒスイは、そこで息を呑む。


「イェンさん、これって――?」


 見れば、上空と中空との間が、瑠璃色のベールで覆われているのだ。きっと魔法の類なのだろう。夜空の星がゆがみ、その光が淡く乱反射している。


「この野営を守るための結界じゃ」

「これって、イェンさんが張ったの?」

「いんや」


 と、イェンはかぶりを振って、傍らに居るエバを見やった。


あれに魔法は使えん。そこにいる、エバのお姉さんのしわざじゃ」

「リリスが……?」


 イェンの言葉に対し、エバは喰い気味に言葉を返した。


「じゃあ、姉さんは無事なんですね……良かった……」

「さよう。そういうことじゃ」


 イェンはしみじみと頷いてみせる。


「さぁ、それじゃあその『リリスお姉さん』に対面といこうかの。ヒスイにとっては初対面じゃな」

「……私、前にリリスさんと会ったことありますか?」

「何度となく会っておるの。いやー。しかし知っている人間をあらためて紹介するのも面倒じゃからの。『百聞は一見にしかず』じゃ」


 イェンは眠りこけているセフを抱えると、ヒスイとエバとを案内する。

 向かう先には、一張りのバオ (テント)が構えられていた。



――……




「はーい。いらっしゃーい」


 入るやいなや、穏やかな女性の声がヒスイ一行を出迎える。

 最初にヒスイが感知したのは、タバコの臭いだった。イェンの背中に隠れて見えないが、真向かいに座っている人物が先ほどからタバコを吸っているようだ。


「ホント、懲りないのー。『外で吸え』っていっておるじゃろ。部屋中すごい臭いじゃ」

「あはん、対不起ドゥイプチー (ごめんなさい)。でもまぁ大目に見てくださいな……それ!」


 イェンの苦言に対し、タバコを吸っていた張本人が指を鳴らす。すると、あれほどまで煙っていた室内が一気に晴れ渡った。


「もう……姉さんったら! ゴメンね、ヒスイ」

「あら、いいじゃない? お姉ちゃんだって、ちゃんとエチケットぐらい守るのよ?」


 と、声の主は――リリスは立ち上がった。なるほど、「エバの姉」という肩書きがふさわしい人物だろう。年齢はエバより一周りほど離れているだろうし、エバが赤い装束なのに対して、リリスは青を基調としたいでたちをしている。しかし真珠色の長い髪に、黄金色の瞳などは、さすがにエバの姉というだけあって、エバそっくりだった。


「こんばんは、ヒスイちゃん。それにありがとう。エバのお姉さんとしてお礼を言っておくわ。きっとこの子、ヒスイちゃんに迷惑かけているだろうし?」

「いや……むしろ私の方が、エバに助けられてばっかりで……」

「ヒスイちゃんが?」


 不思議そうな表情をしているリリスに対し、イェンが咳払いをする。


「えーっとな、リリス。今のヒスイはの、記憶を失っているそうじゃ」

「……あーら、たいへんね?」

「いや『あーら』じゃないって、もう!」

「フフフ……。もう、そんなに怒らないで、エバ。ヒスイちゃんだって困っちゃうわよ?」


 鋭くとんだエバの突っ込みに対しても、リリスはどこ吹く風と言った具合だった。


「まぁ……でも部屋に入ったときからそんな気がしてたわ」

「そう……ですか?」

「えぇ。ヒスイちゃんには、会うたびに酸漿ほおずきをぶつけられていたから」

「えっ……?!」


 思いがけない言葉に、ヒスイは絶句する。いったい昔の自分は、どれだけの悪童くそがきだったのだろうか?


「そ、それは……スミマセン……」

「フフフ、冗談よ、ヒスイちゃん」


 たじたじになっているヒスイを見て、イェンがため息をついた。


「まったく、リリス、お前さんは相変わらずじゃの」

「あーら、イェンさん、冗談を楽しむのも魔法使いのなせるわざよ? でも私、今のヒスイちゃんの素直さは好きよ?」


 と言うと、リリスは右手を払う仕草をした。それにつられて、脇に転がっていた椅子が並べられる。


「さて、と。とりあえず情報交換といきましょうか? お互いが、何をどこまで知っているのか、についてね?」


 リリスが再度ヒスイに向けたまなざしは、真剣そのものだった。ヒスイも神妙に頷き返す。




――……


 円卓を囲んで、ヒスイ、エバ、イェンそしてリリスの四人は、互いの情報を交換しあった。

 記憶を失ってから、これまでの経緯を話すヒスイに対し、イェンもリリスも真剣に聞き入っていた。


 しかし、話がサイファとのやり取りに差し掛かった段階で、両者は互いに顔を見合わせた。


「『おかあさん』じゃと?」


 聞いてはいけないものを聞いてしまったかの口調で、イェンが再度ヒスイに尋ねる。ヒスイは黙って頷いた。


「サイファがそんなことを……」


 円卓に頬杖をつきながら、リリスがひとりごちる。


「にわかには信じがたいけれど……でも……もしかしたら……」

「姉さん、何かしら心当たりでもあるの?」

「サイファの使っている魔法よ。氓やヘンを作り出すためには、人間の生命力以外にも相当な魔力が必要になる――」

「――ヘン?」

「そ。空を飛び交っていたでしょ?」


 リリスにそこまで言われ、ヒスイもようやく合点がいく。泰日楼に入る前にヒスイを上空で襲撃した異形が、ヘンと呼ばれているのだ。


「サイファには、あの異形を作れるほどの力量はないわ。たしかにアイツは理論派かもしれないけれど、魔力に関しては私の方が上だから」


 リリスはさらりと言ってのけたが、その言葉の裏に、相当な自負心が見え隠れしているのをヒスイは感じ取った。


「リリスさんは、サイファのことをよく知っているんですね」

「ええ。幸か不幸か、ね。后来院ホウライユェンで――ああ、魔法の学校のことだけど――あいつは私の先輩だったわ」

后来院ホウライユェン……そんなところがあるんですね」

「そうよ、ヒスイちゃん。私も妹も、そこで魔法を習ったわ」

后来院ホウライユェンってのは、王都にあるのよ」


 リリスに代わって、エバが説明を続ける。


「王都?」

「そう。この予章宮のあるところから、ずっと北にあるの。姉さんも、イェンさんも、それにサイファも、普段はそこにいるはずだったんだけど……」

「――いるはずだったんじゃが、そうはいかなくなったのじゃ」

「どうして、イェンさん?」

「サイファの謀反じゃ。どういう考え方でそうしようと決めたのかは妾も分からん。分からんがしかし、サイファは秘密裏に計画を練っていたようじゃ。気づいたときには、王都中が氓と翩にまみれておった。辛うじて生き残っている兵士や仲間と一緒に、王都から逃げ出すのが精一杯じゃったわ」


 イェンが肩をすくめる。


「まったく。妾は国従として失格じゃ。これじゃ王様に、あの世で立つ瀬が無いわ」

(そうか……)


 堂内でサイファと交わした言葉を、ヒスイは思い出していた。サイファの話しによれば、「王様」と呼ばれる人物は遥か前に亡くなっている。


「じゃあ、今の王都はサイファの手の裡にある、ってわけ?」

「その通りじゃ、エバ。残っている兵もおるが、いつまでもつか分からん」

「そんな……」

「だからこそ、ヒスイを助けるためにはるばるやってきたのじゃ。勇者の娘を救うために、じゃ」


 イェンとエバの視線が、ヒスイに注がれる。「勇者の娘」と言う言葉に、ヒスイはどきりとした。


「……いいタイミングだから、話を元に戻すわね? とにかく私たちがここへやってきたのは、勇者の娘であるヒスイちゃんの身柄を確保するためだったの。でも……サイファの言っていることがもし本当だとしたら……」


 リリスは所在なさげに、イェンの方を見つめる。


「ヒスイ、お主の母親が、お主に立ちはだかることになる」

「それは……分かってる」

「それって……でも、そんなのって!」


 エバはやりきれない様子だった。


「そんなのおかしいよ?! だって、この世界を平和にしたのが、ヒスイのお母さんなんでしょ? どうしてまた破壊しようとするわけ?!」

「落ち着いて、エバ」


 取り乱す妹を、リリスがそっと宥める。


「『分からない」っていう点に関して言えば、お姉ちゃんたちもヒスイちゃんも、大して違いはないわ。でも、とりあえず今は目の前のことに集中すべきじゃない? ヒスイちゃんも、そう思うでしょう?」

「はい。……王都へ向かいます」


 慎重に言葉を選びながら、ヒスイは付け足した。


「私が勇者の娘ならば、それが私の役目です」

「フフフ、ヒスイちゃん。その意気よ。――だ、け、ど」

「え?」

「うーん、と。そうねー」


 答える代りに、リリスはセフの寝顔を見てほほえんだ。


「まぁ、セフちゃんは寝ちゃっているし、もう二人とも疲れてるだろうし、明日までのお楽しみってのは、どう?」

「そうじゃな、それが好いわ」


 イェンが大きく伸びをして、あくびをかみ殺す。


「『どう?』って……」


 何か言いたげなエバをよそに、リリスが不意に指を鳴らす。エバの瞳から瞬時に光が消え、そのまま瞼を閉じて前のめりに臥せってしまう。


「おやすみなさーい」


 リリスが完全に言い終わる前に、エバはもう寝息を立てていた。

 リリスとヒスイの目が合った。さっぱりとした微笑をヒスイに向け、リリスはまた指を鳴らす。


「あっ……」


 とヒスイは声を上げた。いや、上げたつもりになっているだけかもしれない。そのときにはもう、空から落っこちるような奇妙な浮遊感に包まれながら、ヒスイは睡魔の果てへと吸い込まれてゆく最中だった。


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