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97 断ち切れる愛情2★

ご注意※ヒーローによるヒロインへの(愛ある)無理強い表現があります。

苦手な方は読み飛ばし推奨。

「嫉妬大魔人が無理強いしようとしてデボラに嫌われる」

このポイントさえ押さえてればオッケー!(盛大なネタバレ)



 今までだって、私は何回も公爵にキスされてきた。

 特に印象深いのは、アストレーでの初めてのキス。

 あの時も確かこんな風に突然寝室で馬乗りになられて、強引に唇を奪われた。


 けれど後日、イルマから聞かされたのだ。

 あれは記憶を取り戻したかけた私をわざと怒らせるためにしたキスだった。

 わざと私を怖がらせたのは、全部公爵の策略だったって。

 

 それを聞いた時、気恥ずかしさと一緒に、あまりに不器用すぎる公爵の心遣いにときめいたものだ。

 もう、本当に回りくどすぎるのよ、公爵の優しさは。

 だからあの初めてのキスも、私の中ではいつの間にか不快な思い出ではなく、甘酸っぱい記憶として塗り替えられていた。

 むしろあの夜を思い出す度にもどかしい想いに駆られて、時々眠れなくなってしまうほどだ。


「………んっ、や…っ、カイン…様……っ」


 でも今夜のキスは、違う。

 全然違う。

 今夜の公爵には優しさの欠片も、ましてや私への労りもない。

 ただ圧倒的な力で女をねじ伏せる、男としての暴力だ。


「ご、ごめんなさい、カイン様を怒らせたなら謝りますから……っ。だからお願い、こんな無理やりなのは……やめて下さい……っ」

「――もう遅い」


 私は嫌々と頭を振って、公爵に涙ながらに訴えた。

 けれど公爵は決して私を許そうとしない。

 必死に胸板を押し返そうとする私の手首を拘束し、また無理やり唇を重ねてきた。


「んっ! んんんん………っ!」

 

 まるで嵐のような荒々しさ。しかも私の口腔内に公爵の舌が無遠慮に分け入ってくる。

 さらに熱いその舌が、これでもかと私の舌を絡め取る。公爵は何度も何度も顔の角度を変えて、より深く貪って。

 薄く開いた私の唇からは、男を煽るような切なげな吐息が漏れた。


 刹那、私はびくりと大きく体を跳ねさせる。

 いやいやいやいや、こんなの知らない!

 こんな感覚を、なぜ今こんな状況で経験しなければならないの!?

 

 いつかは公爵と……と、本当は私だって彼と結ばれる日を夢見てた。

 けれどそれはこんなお仕置きなんかじゃなく、愛情を交わした上でのこと。

 合意のない行為なんて冗談じゃない!


「やめ………カイ……、んん………っ!」


 けれどキスの合間に漏れる抵抗の言葉は、全て公爵に飲み込まれてしまう。


 舐めて。

 ()んで。

 絡めて。

 甘噛みして。


 歯列をぐるりと舌先で刺激された時、みぞおちの裏側のあたりが、きゅうっと熱くなった。

 身体が震える。

 手首を掴まれている指先から熱が伝わり、頭の中をピンク色に染めていくようだ。

 確かに心は拒んでいるのに、体は公爵のすることなすことにいちいち反応してしまう。

 だって仕方ないじゃない。私はこんなにも彼を……愛しているんだから。


「デボラ……」

「……っ」


 いつの間にか互いの唾液が口から溢れて、公爵は濡れた私の唇の端を指でぬぐい取った。

 そんなちょっとした仕草さえ、めちゃくちゃ色っぽい。

 いつもと違って重いコートを脱いでいるせいか、ブラウスの隙間から見える男らしい鎖骨にもときめいてしまう。

 ああ、なんて綺麗な人なんだろう。

 私は一瞬抵抗することを忘れて、閨で初めて見る夫の新たな一面に見惚れてしまった。


「このドレスは……邪魔だな」

「っ!」


 けれどほんの少し油断しただけで、公爵はどんどん事を先に進めてしまう。今度はエルハルドから贈られた真っ赤なドレスを、力任せに引き裂いたのだ。


「だ、だめ……っ」


 私は慌てて抵抗を再開する。ドレスを破られたら、残りは下着一枚――コルセットのみになってしまうからだ。

 必死にバタバタと足を動かして、何とか公爵の手から逃れようと足搔く。だけど今度は私の足首を取って持ち上げると、公爵はくるぶし付近にちゅっと口づけたのだ。


「ひ、ひ、ぁ……っ!」


 本当は「ぎゃあああぁぁぁーーーっ!」とみっともなく叫びたいところを何とか堪える。

 しかもくるぶしにキスされるなんて私には生まれて初めての経験で、それだけで軽いパニックを起こしてしまった。


「カイン様、やめて下さい……っ」

「なぜ?」


 なぜって……私はこんなに嫌がってるでしょうが!

 公爵お願いです、正気を取り戻して下さい!

 そう必死にお願いするものの、公爵はさらにふくらはぎ、膝と、唇を滑らせていく。敏感になった肌にキスされて、きゅうっと爪先まで甘い痺れが走った。


「あ……っ、だめ……っ」


 ぞくぞくと背筋を駆け上る快感に、私は震え慄く。

 公爵に触れられれば触れられるほど、体の輪郭がどんどんふやけて、手の感覚も足の感覚も、それらがあるのかどうかさえもわからなくなっていった。

 私はぐちゃぐちゃになったシーツを必死に握りしめ、この拷問に近いお仕置きに耐え続ける。

 

 それにここまでされれば、私だっていやでも気づいてしまう。

 公爵は本気だ。

 今夜の彼は、本気で私を抱こうとしているのだ。


「カイン様、お願いです。せめて何か言葉を……。何も言われないのは辛いです……」

「………………」


 全身の肌が粟立つ感覚に翻弄されながら、それでも私は猶も懇願し続けた。

 公爵をここまで怒らせたのは、他でもない私だ。

 だからこそその罰を、大人しく受けなきゃいけないのかもしれない。

 でもただの罰としてではなく、せめて「愛している」の一言があったなら……。

 私達の間に確かな愛情があると確信できたなら、私は喜んで彼に自分の全てを差し出すと思うのだ。


「言葉……か」

「………」

「デボラ、お前までまさか愛だの恋だの、エルハルドみたいなことを言うのか」

「!?」


 けれど私の願いは公爵の前で虚しく空回る。

 公爵は足首から手を離した後、遠慮なく私の上に圧し掛かってきた。

 鼻の先まで近づいたその表情は、さっきからほとんど変化がない。

 ただ無情に私を見下ろし、冷徹な断罪者としての役割に徹している。


「言葉などなくても、お前はとっくに俺のものだろう」

「――」


 それはまるで私の意思を全て否定するかのような一方的な宣告。

 私が望んでいたのとは真逆の言葉だった。

 

 ああ、まるでアストレーでの夜を再現したかのようだ。

 あの時も公爵は言った。

『おまえは今や俺のものだ』……と。

 でもあの時と今では意味合いが全然違う。

 少なくともアストレーの時は、私を思いやってくれてのあの言葉だったはず。

 けれど今の公爵は、私を都合のいい物のように扱う。

 私は彼の妻だから。

 頭の先から爪先まで全部、彼のものだから。

 だから抵抗などしないでこのまま大人しく抱かれていろと、無言の圧をかけてきているんだ。


「デボラ……」

「………っ」


 そして公爵の吐息が首筋にかかる。

 まるで小さなライターに火が立ち上がるように ぼぅと熱くなる私の体。それに気をよくしてか、長く冷たい指が私の髪を乱暴に(くしけず)り、同時に鎖骨付近を強く吸われて赤い花びらが咲いた。

 続いて公爵はそのまましゅるりと私の背中に手を回して、コルセットの紐を緩めにかかる。


(なんだかすっごく手慣れてる……)


 対する私はと言うと、火照る体とは裏腹に頭の中は急速に冷めていった。

 しかも明らかに女性経験豊富そうな公爵の手練手管に、むくむくとどす黒い感情が湧いてくる。そう、かつてノアレやフィオナ相手に嫉妬したように。


 公爵は私より11も年上だ。

 当然その手の経験があるに決まっている。

 だから経験の差は仕方ない。

 今さら過去は変えられない。

 だから嫌々でも納得するしかない。


 そう自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、急速に膨れ上がる負の感情は、いとも簡単に私の心を凍てつかせた。

 


 ――他の女の人にしたように、私に触らないで。

 ――欲望を満たすだけなら、他の女でも構わないでしょう?



 一度頭に浮かんだ他の女との情景は、どうしても私の脳裏から消えてはくれない。

 とうとう公爵にいたぶられることに耐えきれなくなった私は、再び大声で泣き始めた。


「ふ……、うぇぇぇーん………」

「……………」

「ぶぇぇーん、あ゛あ゛あ゛、ひどい、ひどいよ゛ぉ゛ぉ゛ーーー……っ!」

「デ、デボラ!?」


 先ほどとは違い、まるで小学生のようにみっともなく号泣する私に、公爵も慌てて視線を上げた。

 私の顔はもう涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。

 私が男なら、こんな鼻水だらけの不細工女には決してキスしないと思う。


「もう……もういいです。カイン様の好きにすればいい! どうせ私の気持ちなんて、どうでもいいんでしょう!?」

「……」

「嫌い……嫌いです! こんなことするカイン様なんて……大嫌い――!」



 ――大嫌い――



 そのフレーズを口にした瞬間、薄暗い寝室の空気が一気にブリザード化した。

 さっきまでヤる気満々だった公爵も、まるで電池が切れたロボットのようにぴたりと動きを止めてしまう。


「………」

「………」

「………」

「………」

「………」

「………」


 それからどれくらいの時間が経ったのか。

 多分それほど長くはなく、二、三分………だったと思う。

 しゃくりを上げて泣く私のそばから離れて、公爵はよろよろと立ち上がった。

 そして。



「……興醒めだ」



 と、あの時と全く同じセリフを吐き。



「――デボラ」



 ドアノブに手をかけた瞬間、ほんの少しだけ私の方を振り向いて言う。



「もしも俺と離婚したいなら、そう言え。いつでも離婚してやる」

「――っ!」



 だ・か・ら!

 な・ん・で・そ・う・な・る・の・よっっ!?

 

 私は今すぐ怒鳴りだしたい衝動をこらえて、ただただ公爵が立ち去るのを静かに待った。

 言いたいことは山ほどあるのに、そのどれもがうまく形にならない。

 

 悔しくて。

 悲しくて。

 情けなくて。


 大嫌いと公爵を拒絶したのは私なのに、心の中のもう一人の私は「あのまま無理やりにでも抱かれていればよかったのに」と耳元で囁いている。

 そんなあさましい自分が一番嫌だ。

 吐き気がする。

 結局「離婚してもいい」なんて最悪の言葉を公爵から引き出したのは、他ならぬ私なのだ。


「なんでこうなるの……」


 それから私はベッドの中で芋虫のようにうずくまって、一晩中めそめそと泣き続けた。

 ついこの間、嵐の夜に公爵に抱きしめられた時は、あんなに幸せだったのに……。



 ただ一つ明確にわかっていること。

 それは出会ってから五カ月の時をかけて育んできた最も大切な感情が――

 たった一晩だけで断ち切れてしまった……ということだった。



 


この後カインは人生で一番落ち込みました(当然の流れ)

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