78 一難去ってまた一難
「いやぁ、まさに狙い通りっていうのはこの事っスよ! 今回の事件はカイン様の計画がバッチリはまりました!!」
そう鼻の穴を広げながら、事件の解決のあらましを説明してくれているのは、興奮覚めやらぬと言った感じのジョシュアだ。
――武器密輸事件の首謀者であるイグナーツとブルーノが逮捕された。
その第一報を受け取ったのは、私が公爵に相談を持ち掛けてから三日後のこと。まさに電光石火と言えるほどのスピード解決だった。
私はエヴァが淹れたくれたお茶を飲みながら、ジョシュアの報告に耳を傾ける。
「まずは王国騎士団がらみってことで、元騎士のコーリキ先輩から駐屯地に内偵を入れてもらったら、まさにビンゴ! イグナーツの武器密輸の証拠はすぐに押さえることができました。
で、コーリキ先輩が言うには、この手の輩は一度味をしめたら何度も同じことをやらかしてるに違いないって。その読みはまさに神! いざ調べてみたら、スチュアート商会以外にも恐喝の被害に遭っている商会がゴロゴロと判明!
そこでカイン様の命令で、イグナーツとブルーノをまとめて告発するために、こちらから罠を仕掛けたんス。奴らに脅されている被害者を特定し、協力してもらうことになりました。
あとは色々裏から手を打って、ザイフェルト家にはイグナーツの犯罪を告発することを事前報告。さらに武器密輸現場にイグナーツとブルーノ主犯格二人が立ち会うように仕向け、港に向かったカイン様自らが、偶然を装って積み荷の検査をすることで一網打尽!
さすがの悪党二人もデボビッチ家の権力の前では全く歯が立たなかったってわけっス!」
ジョシュアの話を聞きながら、私は胸がすく思いだった。
さすが公爵。さすが我が夫!
この短期間で見事悪党二人に天誅を下すなんて……カイン、恐ろしい子! ガクブル!!
私と一緒に話を聞いていたエヴァやレベッカも、楽しそうに合いの手を入れた。
「そりゃ悪党どももおったまげただろうなぁ。逮捕現場にはカイン様とヴェイン様のお二人が揃ってたんだべ? 大蛇二匹に睨まれて生き延びられるカエルなんてこの世にはいねぇべ」
「ちょ、レベッカ。うまいこと言うわね。でも本当に良かったですね、デボラ様。これでデボラ様のご友人も、意に沿わぬ結婚を強いられることはなくなったんですから!」
「ええ、カイン様には後でぜひともお礼を言わないと」
ジョシュアの報告が終わり、私は公爵に心から感謝した。
最初はどうなるかと思っていたけれど、やはりこの手の事件の解決は公爵に任せるに限る。きっとクロヴィス殿下とも相談して、最良の手を打ってくれたに違いない。
ジョシュアの話では、逮捕された二人は極刑が免れないらしい。
さらにこの事件の解決は、私の考えが及ばぬところで大きな余波をもたらしていた。
「いやぁー、今回の件は本当にデボラ様のお手柄っスよ。武器密輸事件をきっかけに、貿易監査局の腐敗を正すきっかけが作れましたからね。貿易監査局の役人が逮捕されたことで、これからクロヴィス殿下や枢密院の指示で、組織再編が進められるかと思われます。ということはつまりグレイス・コピーを売り捌いてる奴らも、これからは法の目をかいくぐりながらの密売が難しくなるっていうことっス。上からの監視が厳しくなり、不正がしにくくなりますからね」
「あ……」
なんと! 今回の事件をきっかけに、私の真の敵である謎の黒幕も、少なからず窮地に立たされると言う。
ナイス、私! グッジョブ、私!
これで少しは公爵の役に立てたかしら?
秘密で仮面舞踏会に潜入したり、エルハルドと絡んだり波乱はあったけれど、これぞ塞翁が馬! 終わり良ければ全て良し!
私は鼻歌を歌いだすほど上機嫌で、お茶をクイッと勢いよく飲み干すのだった。
「きゃあぁぁぁーーーっ、デボラ様ぁ! さすがカイン様ですね! 私信じてました、容赦なく悪に鉄槌を下すカイン様かっこいぃぃぃーーーー!!」
「……」
事件解決から数日後、私はルーナとロクサーヌから招待されて、ミュミエール洋菓子店を訪れていた。
ミュミエール洋菓子店は多くの貴族が通い詰めるほどの人気店。亡くなったリーザ叔母様もここで売られているベリーパイがお気に入りで、よく購入していたと記憶している。
そんなお店の一室を借り切り、今日は私とルーナ・ロクサーヌの三人でお茶することになっていた。そして顔を合わせるなり、私に抱き着いてくるルーナのこのハイテンション。
ああ、うざいわ。
でもやっぱり可愛いわ。
すっかりヒロイン・ルーナにほだされた私は、内心やれやれとため息をついた。
「私の夫を褒めて下さりありがとう、ルーナ。でもカイン様は私の夫だから! わ・た・し・の! 夫! だ・か・ら!!」
大事なことなので二度言うと、ルーナはにっこりと花のように笑う。
「そんなことわかってますよぅ。でも憧れるくらいいいじゃないですかぁ。あああ~、船上で悪人二人を懲らしめるカイン様、素敵だったろうなぁ。あの金色の瞳で私も熱く見つめられた~い♪」
すっかり乙女モードのルーナは、公爵の妄想をしながらうっとりしている。
その傍らで苦笑しているのはロクサーヌ。この前会った時とは全然違って、表情は生き生きとしていた。
「私からも改めてお礼申し上げます。本当にありがとうございました、デボラ様。デボビッチ公爵家には私のみならず、スチュアート家、並びにスチュアート商会を救って頂きました。当主に代わり、厚く御礼申し上げます」
「そ、そんな畏まらないでいいのよっ。わたくしは何もしていないわ。頑張ってくれたのはカイン様と部下達ですもの」
美味しいお茶とケーキを楽しみながら、私達の会話は弾みに弾んだ。
特にロクサーヌはゲーム設定どおりのお金大好きキャラにパワーアップしているようだ。
「とりあえず粗末ではありますが、これは私個人からデボラ様へのお礼の品です」
「まぁ!」
そう言ってスチュアート家の執事が差し出したのは、箱いっぱいに詰められた化粧水。加えてキラキラと光る豪奢な造りの化粧箱も差し出される。
「こちら、私が企画して開発した当家自慢の化粧水ですの。その効果は多くの淑女から好評を博しており、当商会自慢の一品です。今回は特別に乳液とクリームもセットでお付けしますわ。デボラ様の美貌を維持する一助になれば幸いです」
「い、いいのかしら? もしかしなくてもお高いんでしょう?」
「いいえ、こちら庶民にも買える値段で、且つ高品質をコンセプトにしていますの。デボラ様に使って頂き質の高さを実感して頂けたらありがたいですわ。それに王都一の美姫が愛用する化粧水という評判が広がれば、我が商会はガッポガッポの大儲け。フフ……、フフフフ………」
「……………」
ロクサーヌはすでに脳内でソロバンを弾いているのか、ルーナとはまた別の意味でうっとりとしていた。
あの、えーと、それはつまり私に化粧水の広告塔になれって意味かしら?
ロクサーヌも私に負けず劣らず、考えていることが口に出てしまうタイプらしい。
「私は貴族というよりも商人としての気質が強いので、何事も損得勘定で動いてしまう傾向にありますが、それを差し引いても、今後はデボラ様と親しくさせて頂きたいと考えておりますの」
「あら、それはどうして?」
「簡単ですわ。商人は受けた恩を返すためなら、金に糸目はつけません」
「っ!」
おおおおおっ、なんかすごく力強いお言葉キターーーーーーー!
当初、私が考えた以上に『ゲーム通りの取り巻きをGetするぞ大作戦!!』は、大成功したみたいだ。
「実は我が商会は貴族の勢力争いからは、一歩距離を置いていましたの。特に我が国の王位争いには多くの利権が絡み、古くから薔薇派を支持する商会、剣派を支持する商会、月派を支持する商会の間では度々トラブルが発生しておりました。中にはお互いの店を潰し合うような、裏取引が横行することもございました」
「ま、まぁ……」
さらにロクサーヌの口から、私の知らぬ商人の事情というものが明かされる。
なるほど。確かに国は政治を行う王族や貴族の思惑だけで動くものじゃない。むしろ経済の要である商人の影響こそ、計り知れないわね。
「もちろん莫大な利権を餌に、我が商会にも各王族支持派から声がかかっております。ですがスチュアート家は元々権力争いとは無縁だった男爵家。無用なトラブルを避けるために、どの王族にも味方はしておりません。……今までは」
「……今までは」
私が言葉尻を反復すると、ロクサーヌは再び笑みを深くする。
「ですが先ほど申し上げました通り、商人は受けた恩を返すために金に糸目はつけません。我がスチュアート家がデボビッチ家から受けた恩は黄金の島よりも価値があり、その恩を返すためならば船千隻以上の品をご用意する必要があるでしょう。ですからこれからは何かあれば我が商会を頼りにして下さいまし。デボビッチ家のためならば幻の霊鳥・ベンヌの羽根であろうと、必ず手に入れてみせましょう」
「ま、幻の霊鳥!? い、いや、さすがにそこまでしてもらう訳には……っ!」
「すごーい! ロクサーヌ様のおうちってお金持ちなんですねぇ!」
私が恐縮する傍らで、ルーナは無邪気にキャーキャーと黄色い声を上げていた。
うーん、スチュアート家って考えていた以上に商人としての力が強いみたい。
今の言葉は言い換えれば、『スチュアート商会はデボビッチ家が支持する第一皇子派に与する』――とも取れる。
つまり今まで強力な後ろ盾がなかったクロヴィス殿下に心強い味方ができるというわけだ。結果、王宮内の勢力図にも多少なりとも変化が現れるだろう。
「ありがとう、わたくし自身は王位継承問題について、特に関わりたいとは思ってないの。敢えて言うのなら真にヴァルバンダの未来を思う皇子が、次代を継いでくれればと願っているわ」
「ええ、承知しています。私どもの願いもまた、同じです」
私とロクサーヌは視線を合わせたまま頷き、フフフと笑い合った。
ああ、なんだか今、すごく満ち足りた気分。信頼できる同志を得たっていうのは、こういう感じなのかしらね。
私は目の前に並べられた色とりどりのケーキを頬張りつつ、久しぶりに悦に入っていた。
一つの問題が解決して超すっきり! それはまるで目の前の霧が晴れたかのような清々しい気分。
けれどここでトラブルメーカー・ルーナがその本領を如何なく発揮し、新たなトラブルを引き寄せてくれた。
「あれ? あそこにいるのってもしかしてアリーじゃないかな?」
「は?」
ルーナは歓談の途中、ふと視線を窓の外に向けると、突然席から立ちあがる。
そして店の中庭へと続く大きな窓を開け、ふらふらとオープンテラスへと向かった。午後の日差しが柔らかく降り注ぐそのテラスでは、別の客が午後のお茶を楽しんでいたのだ。
「あ、やっぱりアリーじゃない。こんにちはー!」
「あれ? ルーナ?」
ルーナが大きく手を振りながら話しかけたのはまだ青年とは言い難い、シルバーブロンドが特徴的な可愛らしい少年。その女の子とも見紛う可愛らしいルックスに、私は確かに見覚えがあり――
(………って、げぇぇぇ!? もしかしなくてもこの男の子って、第三皇子のアリッツじゃないのぉぉぉぉーーーー!?)
ニッコニッコとルーナが話しかけているのは、まさに『きらめき☆パーフェクトプリンセス』の攻略対象キャラ・第三皇子アリッツ。
できれば私が関わりたくないと思っていた主要人物・第二位の人物だった。(※第一位はもちろんエルハルド)




