ほんの少し、時を戻して。クラスメイト、別名・姫のお取り巻き
「は? 来栖のクラスメイトに、なんでお前たちが捕まるんだ?」
来栖に捕まるならまだしも、三年の田所と一年の土井に二年の来栖のクラスメイトが一体何の用事で?
頭の上にクエスチョンマークをいくつも浮かべた俺を見て、二人は落した肩をこれでもかと落ち込ませた。
「言うと思ったんだ、お前なら」
「ですよね、私もそう思ってました」
「二人で以心伝心とか止めて。寂しいから。俺にも分かるように説明をください」
「日本語変だぞ、清宮」
いや、そこのツッコミいらないから木ノ本先生。分かってるよ、わざとだよ。
本当に純粋に間違いを正してきた天然教師はこの際スルーして、二人に話を促す。
「それで、どうして……」
思わず、言おうとした続きを止めた。
口を開けたまま止まった俺を、田所が視線だけ上げて目を合わせる。そこから伝わってくるのは、疲れと同情……か?
田所は少し勢いをつけて伏せていた上体をあげると、椅子の背もたれに重みを掛けて俺を見た。
「昨日の土井さんと一緒だよ。優しくやんわりと同情されつつも釘差された感じ。だよね?」
最後の言葉だけ土井に向けて言うと、彼女は同意するように深く頷いて溜息をついた。
「昨日先輩達が、私の事を宥めていた理由がわかりました。アレは当事者だとなんとなく自分が悪いんじゃないかという気持ちにさせられますが、傍から聞いているとおかしさが分かります」
……土井に昨日の俺達の気持ちが伝わったのは嬉しいんだけど、その言い方。もしかして……
「もしかして、俺の事で捕まってたの?」
「むしろそれ以外何があるの?」
恐る恐る聞いた俺に帰ってきた言葉は、端的にシンプルな田所のツッコミでした。
思わず膝から崩れ落ちそうになったけれど、椅子に座っててよかった。
「確かに俺も土井さんも来栖さんに目をつけられてはいるけれど、今日捕まったって言ったらもう清宮の事しかないでしょ」
「です」
ね? と、再びの以心伝心を見せつけてくる田所と土井だけれど、もうそれにツッコミを入れる元気は1%もなかった。
「……あまり聞きたくないけど、しかも想像できるけど。何を言われたのか後学の為に聞いておいてもいい?」
どんよりとした雰囲気を察したのか黙っていた木ノ本先生が、口を開いた。後学の為、きっとこっちが本音のような気がする。ホントに俺を生贄にしてるなこの教師。
田所は不穏な空気を醸し出した俺を見つつボトルの珈琲を一口呷ると、コンッと軽い音を立ててそれを机に置く。
スチールの乾いた音が、妙に耳に着いた。
「昼休みにさ、食堂に行ったら……」
田所の話した内容は想像が出来て想定内だったけど、本当に来栖って嫌われてないんだなだというのが一番最初に浮かんだ感想だった。
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それは清宮が金森書記に声を掛けられるより、ほんの少し前の事。
「田所先輩」
午前最後の授業が終わり財布をポケットに突っ込んで教室を出た田所は、食堂に入ってすぐのところで声を掛けられ立ち止まった。
「はい?」
田所も生徒会副会長という立場的に声を掛けられることは珍しい事ではなく、いたって普通に気にもせず足を止めて振り返った。
そこには二人の女生徒と、一人の男子生徒の姿。どうやら田所が来るのを待っていたようで、少し心配そうな表情を浮かべながらこちらを見ていた。
……いや、端的に言うと見下ろしていたわけだけれど、そこは田所のプライドの為に曖昧にごまかしておこう。
「僕に何か用事?」
清宮と違い学生の顔をほとんど覚えているわけでもない田所は、見覚えのない三人組にその場で首を傾げる。
見覚えもないから、何年生なのかもわからない。まぁ先輩と自分の事を呼んだのだから、下級生だっていう事くらいは分かる。せめて清宮がいてくれれば分かるんだろうにと思ったけれど、まだ食堂には来ていない様でいつもの席にその姿はない。
田所の言葉に、その三人は申し訳なさそうに頭を軽く下げた。
「?」
いきなりのその行動に田所は驚いて、思わず一歩足を下げかけた。けれど、そこは腐ってもお坊ちゃま。人の上に立つこと、そして何よりも感情を表に出さない事は後天的に身に着けている。
余談ではあるけれど素を出すのは清宮と土井くらいで、普段は薄皮一枚、表情をコントロールしているのは言うまでもない。
今もその力はいかんなく発揮はされている。内心は何事だと、悪い予感に苛まれ始めてはいるけれど。
「あの。姫が……来栖さんが先輩達にご迷惑を掛けてるみたいで。私達が謝っても仕方がないと思うんですけど、いてもたってもいられなくって」
こうして呼び止めちゃいました……と、申し訳なさそうに肩を落とした。
「……は?」
そんな言葉に、田所が思わず漏らしたのは意味のない一音。それも目の前の相手にも聞こえない位の、微かな声だった。
はっきり言って、意味が解らない。
なぜ、来栖さんの事を他の人が謝りに来るの?
困惑気味の田所の態度に、一人だけいた男子生徒が首筋を押さえながら眉をハの字に下げる。
「俺達にこんなこと言われても余計迷惑だってわかってるんですけど、来栖のクラスメイトとしてはやっぱり悪く見られたくないなぁなんて思って」
「あのっ、悪い子じゃないんです! 自分の思ったことが口に出ちゃうというか、何も考えなしに行動しちゃうというか。言葉が足りないというか……」
男子生徒の言葉を受け取るようにもう一人残った女子生徒が続けて言いつのった内容は、普通に聞いて良い事が一つもない。
「それ、褒めてないよね」
田所が思わず女子生徒の言葉を遮ると、三人は顔を見合わせて苦笑を零した。
「言葉悪いかもなんですけど、天然なお馬鹿さんみたいな感じで。なんかフォローしてあげたくなっちゃうんです」
「……っ」
思わず叫びだしそうになった言葉を、喉の奥で懸命にこらえた。
「本当にすみません。無邪気って言葉にすればよく聞こえますけど、向けられている先輩達が嫌な気持ちをされていたら駄目ですよね」
「何度か言ってはいるんですが、どうにも自分の気持ちに素直すぎて分かってくれないみたいで」
「でも、悪い子ではないんです。普段はとても優しい子なんです」
順繰りに彼ら曰くフォローしてくるわけだけれど、どうしてだろう嫌悪感しか浮かばない。それは彼らにではなく、そう思わせるよう行動している来栖に対して。
目の前の三人に、何か裏があるようには思えない。本当に申し訳なさそうな、手のかかる友人の為にただフォローしてる……嘘としか思えないけれど現実に本当だ。
腐ってもお坊ちゃま。間違いもあるだろうけれど、人を見る目は養われているつもり。
だからこそ、脳内には煩い程のアラームが鳴り響いていた。
……意味が解らない……! 天然なお馬鹿さんをフォロー? その前に、来栖さんって天然じゃないよね?! しかもこの三人、ホントのホンキでそう思ってる見たいだし……一番厄介な状態じゃないかこれ。
と、田所が軽く絶望しかけたその近くで、タイミング良く?(悪く?)もう一人の獲物が引っ掛かってしまっていたらしい。
「田所先輩?」
「あっ……、え……?」
土井の声にせめて彼女は逃がしてあげないとと咄嗟に考えて振り向いた田所の視界に映ったのは、可愛い可愛い後輩と……。
「……、友達?」
「来栖先輩の、クラスメイトさんだそうです」
今、そこで声を掛けられて……と続けた土井の後ろに、見知らぬ女生徒が立っていた。
クラスメイト増殖! 清宮ヘルプ! 早く来て!
そう願った先の清宮は今まさに書記くんに捕まった所だったのだが、二人はまだ知らない。
姫「調教は完璧」(▼∀▼)ウフフ♡




