第36話・バレエは、日常的には不自然? ☆
今回は愚痴です。
女の子は目立ってはいけない……目立つことは悪いこと……そんな母が私にバレエを習わせてくれたのは奇跡です。母はバレリーナの森下洋子さんが好きで、娘にはあんなふうにきれいになってほしくて習わせてくれました。母自身はバレエをしない人なので、これはもうひとえに森下洋子さんの存在のおかげです。
母が選んだお教室のレッスン場は狭いので、親の見学は禁止されていました。だからレッスン中は子供だけで、のびのびと踊っていました。才能がなかったのは残念ですが、習わせてもらえたというだけ感謝です。
ところがバレエをしていくうちに、母がバレエを嫌がるようになりました。理由、わかる人いますかね。バレエポーズと意識してなくても自然とバレエポーズになっていて、コビを売っていると思われたのです。
今でもそのきっかけを覚えています。某観光地で撮った記念写真でした。旅行の記念写真にバレエのポーズをしていると母が嫌がりました。そんなに目立ちたいのかと言われました。ちなみに昭和時代の写真は、今と違ってその場でどんなふうに撮れたのかわかりません。フィルムを巻きとり、現像するためにカメラ屋にいって、一週間ぐらいたってから引き取りにいってという面倒な手段でやっと己の写真の内容を確認できた時代です。
記念撮影でも私は踊ってはいません。ただ、足をバレエでいる五番にしていたのです。右と左の足を違う方向につま先を向けているポーズです。それから首を傾けている。無意識にしたポーズですが、それがバレエぽいと母は怒る。写真撮影時は、前を向いてまっすぐに立つべきと母はいう。
「バレエを習わせたせいで、どこかのモデルみたいに、シナ作ってコビを売るようなポーズを覚えてしまって……」
シナをつくるというのは、色っぽい仕草をしているとみなされる。まだ小学生だった私は母の責める言葉に泣きそうになる。母の性格はしつこいので、おなじ言葉を延々と繰り返す。私にどうしろというのだろう。
「今度からカメラで写真を撮られるときはバレエをしちゃだめ、足はまっすぐ、体もななめにしないでまっすぐにする」
「……わかった」
「足の歩き方もソトワで変になってきたし、みっともない」
……言葉なくうなだれる私。
「発表会でもはしっこだし、バレエなぞいっそやめちゃえばいい」
ちょうど聴力のことでいじめにあっており、バレエなぞ似合わないなどと言われて笑われていた時期と重なります。私なぞ、やはりバレエをしても似合わない、という意識はこの母の言葉で形成されました。お金もこんなにかかるなんてと愚痴もいわれて、先生からも下手すぎて無視をされていて、それでもバレエを続ける主張も勇気がなくやめました……再開は大学生になってバイトで稼げるようになってからです。でもそれを知った母から、バレエは子供がやるとかわいいが大人はみっともない。どうしてもお稽古事をしたいならバレエではなく、料理教室へ行きなさいと繰り返しいう。
とうとう私は母に内緒でバレエレッスンを受けるようになりました。私のしたいことはすべて母の嫌がることばかりでそれは申し訳ない。でもやっぱりこれっておかしいですよね。成人後まで母は私の趣味に介入してくるから。
さて今の私には、娘がいます。私も母親の立場になりましたが、下手でも踊ることが好きな娘に対して、みっともないってなぜ言えたのだろうと思います。
現在年老いた母の介護中に、忘れていた感情をふいに思い出して苦しくなります。人を傷つける言葉はいうものではありません。言われた方は絶対に忘れられない。
私の娘はバレエをやめちゃったが、逆のパターンで「おかあさんがやれというから仕方なくレッスンに行った」 と思っているので、これはこれで違う無理強いだったのかとがっくりしています。
バレエの環境に恵まれなかったが、それでも母はバレエを習わせてくれた。だから感謝すべきだと思うようにしています。




