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初恋の君へ  作者: ななえ
本編
32/127

32

改稿版です。

 よく晴れ渡った翌朝、由貴也はひとりでに起きてきた。

 思わず香代子は食堂に入ってきた由貴也を凝視してしまった。おとといは香代子に蹴飛ばされ、昨日は根本と一悶着起こし、今日はなんだと身構えていた矢先の出来事だった。

 ちゃんと衣服まで整えて食堂に入ってきた由貴也に香代子だけでなく皆が釘付けになっていた。由貴也は日頃注目を浴び慣れているのか相変わらず飄々として台所に入ってきた。

 他の一年生に混じってできあがった料理の皿をテーブルに運ぼうとする由貴也と目が合う。まじまじと見つめている香代子に由貴也はなんだ、と目で問いかけてきた。

「今日はどうしたのかなと思って……」

 部活動の風紀の面からすれば、一年生が定時に起きてくることがめずらしいなどあってはならない。でも由貴也が自力で起きてくることはあまりに予想外過ぎて思わず聞いてしまった。

 由貴也は形のいい口の端を上げて皮肉げに笑んで見せた。

「俺がいちゃ悪い?」

 由貴也に素直な答えを期待する方が間違っていた。まったく生意気なことこの上ない。

 ため息をつきそうになってこらえると、今度は由貴也が歪んだ笑みを納め、香代子に視線を向けた。何か変なところでもあるのかと動揺するが、由貴也の視線が香代子の目元で止まっているのを見て合点した。

 昨夜泣いた後が残っているのだ。

 顔を覆い隠したくなるが、香代子は見たければ見ろと開き直った。ヤケになった香代子に由貴也が鼻で笑う気配がする。

「せいぜい“イイ子”でいますよ」

 もう由貴也はいつもの無表情できびすを返した。その動くことのない顔からは何の感情もうかがえない。もっとも由貴也は香代子がいくら泣いたところで気にしないだろうが。

 自虐的なことを考えてしばし落ち込むが、ゆっくり沈んでいる暇もない。今日は昨日延期になった練習試合なのだ。朝食を済ませた後、グラウンドの整備やテント張りなど他校の選手たちを迎える準備で忙しくなる。

 香代子は合宿所内にもうけられた顧問たちの休憩所を整えながら無意識に二階へ目をやった。

 哲士は昨日からずっと起きてこない。

 香代子は時折哲士がちゃんと生きているかどうか確かめたくて、部屋の様子をうかがいたい衝動にかられたが、ためらった。同じ建物内にいることさえ緊張しているのに、顔を合わせたらどうなってしまうかわからない。

 香代子は手を止め、淡い青で彩飾されている急須をぼんやりと見つめる。

 次、哲士と向かい合ったときこそ、彼に決定的なことを伝えなければならないのだろう。

 にわかに玄関がざわめき、香代子の思考は打ち切られる。どこかの学校が到着したのだろう。

 自分たちの顧問はといえばぼさっと座っているだけでまったく役に立たない。それどころか雑用係の哲士が倒れたことについて文句ばかり言っている。香代子は言い返すだけでなく、殴りつけたいほどに腹がたったが、ぐっとこらえた。ここで自分が暴発したら、哲士が我慢してきたことが水の泡だ。

 香代子は各校の顧問を休憩所へ案内し、生徒たちを今は更衣室になっている二階へ誘導した。十校ほど集まった高校の中に、由貴也へ気さくに話しかける顧問がいた。

 その顧問は体の大きさに比例するように声が大きく、聞こうとしなくても話が聞こえた。

「久しぶりじゃないか、古賀くん。まだ陸上を続けていたのかい」

 由貴也の肩に手を置き、豪快に笑いながら話しかけてくるその顧問に、由貴也は「はぁ」とか「まぁ」とか気が抜けるような返事をしている。その顧問は確かに由貴也の苦手そうなタイプだった。

「いやまさか立志院にいるとは思わなかった。どうして立志院を選んだんだい?」

 どうやらその顧問は由貴也の中学時代を知っているらしい。由貴也は長年破られていなかった県の記録を塗り替えた選手だ。結構な知名度を持っていた。

 香代子は内心気が気ではなかった。由貴也は模範的な運動部員とはかけ離れてる上、怖いもの知らずだ。下手なことを言って相手を逆上させるのではないかとハラハラしていた。

 それ以上に巴がいるからという理由で立志院を選んだ由貴也がどのように答えるのかが気になった。

「立志院を選んだのは部員同士の仲がいいからです」

 由貴也は流暢な敬語で淀みなく言ってみせた。

 香代子はとにかく驚きに目をまたたかせる。今、どの口がそれを言った、と由貴也へ目線を向けた。由貴也はこの答えで満足? と言わんばかりに香代子へだけ見えるように傲慢に笑う。

 尋ねた顧問はそうか仲がいいか、と大きな体を揺らして笑っていた。

「いやね、古賀くんにうちの学校に来てくれるように誘ったんですが来てくれなくてね。おたくはいい生徒さんが来てくれてうらやましいですよ」

 その顧問の会話の対象が立志院の顧問に移るにあたって、由貴也はもうこんな面倒なことは御免とばかりにその場を早々に離れていく。一方話を振られたこちらの顧問の方は、各校の顧問の間で交わされる陸上の話についていけなくて疎外感を感じていたのかうれしそうだった。

 大勢の顧問が集まってきて、香代子は不安になってきた。

 どちらかといえば弱小に入る立志院の陸上部はこれまで注目を集めることはなかった。練習試合もついでで呼んでもらえるといった状態だ。だが、今回は立志院主催である上、由貴也がいる。先の顧問が話しかけてきた状態のように、由貴也は彼が望もうと望まなくとも目立つのだ。

 由貴也はもはや癖なのか、ランニングやインターバル走のトレーニング時に無意識に力をセーブして走る。哲士からも散々止めろと言われているのだが、それでも全力で走らない。八割方の力でこなせてしまうのが彼の幸であり不幸である。

 合宿中もそうであり、疲労が溜まってくる四日目の今日ですらいつも通り涼しい顔で歩いている。

 由貴也の走りはやる気がないと見なされても仕方がない。それを集まった陸上に詳しい顧問たちに怒鳴られやしないか心配なのだ。

 哲士がいない今、由貴也は実力的には間違えなく“エース”だ。注目度と併せて考えても、彼は現在立志院の顔なのだ。

 その彼が陸上に対し本気でない態度をとるのはまずい。立志院の心証の低下にも繋がるし、将来有望であった古賀を立志院が腐らせたということにもなる。

 もっともそんな他の感情などおかまいなく、由貴也は今日も何となく走るのだろうが。

 開始時間が近くなり、香代子はストップウォッチやら諸々の物を持って、グラウンドに出た。春先のこの時期にしては暑いくらいの陽気だった。

 全体で準備運動をやり、各競技に別れての練習となる。もちろん仕切るのは立志院なので、準備体操の号令という大役は回ってきてしまった根本はかわいそうに声が裏返っていた。

 各校のマネージャーで手分けしてそれぞれのブロックの補助につく。香代子は短距離につくことになった。

 短距離は近くの海の砂浜に連れていかれた。ランニングで海につくと短距離の女子がきゃあきゃあと言っていた。立志院には女子部員がいないので新鮮だな、と思って眺めていると彼女たちが熱い視線を送っているのはただ一点だった。

 相変わらず覇気のない立ち姿で潮風に吹かれている由貴也だった。

 そいつは顔だけのやっかいなヤツだよ、と彼女たちに即刻教えたくなったが、実際にそう言うわけにもいかない。

 砂浜でのダッシュが始まる。選手たちが列に並ぶ。

 先日の朝練で、部員たちが死にそうな顔で帰ってきたことから、砂浜走がいかにキツいかは実証済みだ。実戦型で相手を叩きのめすことが好きな由貴也にとってマズイ練習だった。根本的にスタミナ不足の彼は絶対に手を抜く。

 由貴也がスタートラインに立つと、男子の後に続く女子はアイドルでも見ているかのようにひそやかに騒いでいた。香代子はまたしても不安になる。由貴也の気の抜けた走りは彼女たちを失望させてしまうのではないかと。

 香代子はなぜか緊張しながら手に持った旗を振り上げた。白い旗が気持ちよい春の陽に照らされはためく。

「位置について」

 由貴也ともうひとりの選手が片足を引く。砂浜なのでいつものクラウチングスタートではなくスタンディングスタートだ。

「用意……ドン!」

 旗を勢いよく降り下ろした瞬間、弾丸のように由貴也が飛び出していく。旋風が巻き起こる。

 手から旗がこぼれ落ちそうになって、香代子はあわてて握り直す。驚いて、あっけにとられていた。

 まわりの空気を震わせるほど由貴也は強い瞳をしていた。

 砂浜を軽やかに駆けていくその後ろ姿を見た。騒いでいた女の子たちの視線も依然として、いや先程よりもっと熱烈に由貴也の背中に刺さっている。

 今日の由貴也は全力で走っている。

 それでも砂浜で百メートルを走りきり、スタートラインに帰ってきた彼は相変わらずの涼しい顔だった。

 香代子は由貴也がすぐに体力が切れてバテるのではないかと危ぶんだが、彼は手を抜くことなくダッシュ、おんぶ走、坂道下りを最後までやって見せた。もちろん一朝一夕に体力が増えるわけではないので、ポーカーフェイスの下に苦しそうな顔を見せることはあったが。それも注視しないとわからないほどの小さなものだった。

 せいぜい“イイ子”でいますよ――。

 朝食前の由貴也の言葉がよみがえる。冗談のような言葉のやりとりのひとつだと思い深く考えていなかったが、確かに今の由貴也は“イイ子だ”。苦労とめんどくさいことが大嫌いの彼がおとなしく陸上選手に徹している。

 彼は不思議な言動をとるが、冗談や嘘を言う人物ではない。イイ子宣言は本気だったのだ。

 一体なぜ――? 利己主義な由貴也が突然何を思い立って“イイ子”になったのだろう。

 香代子の疑問をよそに午後も由貴也の奇行は続き、レース形式となった練習でも彼は真面目だった。

 いつもは相手をせせら笑うように意地の悪い、どことなく相手を逆なでするような走りをする由貴也だが、今日は正当に相手を下していた。清廉な陸上選手の皮を被った彼はその速さとともにいい印象を各校の顧問たちに刻み込んだらしく、立志院の顧問はどこへ行っても由貴也に対する誉め言葉を聞くことになっただろう。

 途中から夕食作りのためにグラウンドから離れた香代子のもとへ、得意満面の顧問と疲れた部員たちが帰ってきた。その中で由貴也はいつにもまして無表情だった。それはもはや仏頂面に近かった。

 明日は朝練の後、立志院への帰路へつくだけだ。辛い練習をやりとげた部員たちは疲労の中にも解放感がただよっていた。

 昨夜までなら体力温存で、騒ぎ方にもどこか自制がかかっていた面々だったが、今日はたかが外れて夕食を終えると二階で力の限り騒いでいた。

 二階で寝ている哲士が気になったが、結局心配に負けて香代子が夕方に部屋をのぞいたときにはよく寝ていた。呼吸も落ち着き、だいぶ楽になっているように見えた。

 二階から聞こえる遠い喧騒とは対照的に、一階は静かだった。

 極力音をたてないように食堂の引き戸を滑らすと、昨晩と同じく月がほのかに黄色がかった光を部屋に届けている。豊かな光量から今日は満月だと知れた。

 部屋の光源は月だけだが、はっきりと部屋の中の様子がわかる。月光を存分に浴び、窓際の柱に背を預けて座っているのはやはり由貴也だった。

 由貴也は何の反応を起こさなくともおそらく香代子が入ってきたのを知っている。香代子も由貴也がいるのを知っててここに来た。けれど距離を詰めることもなく、香代子は戸口に立っていた。

「アンタに」

 香代子は静寂を破り、会話の口火を切る。由貴也はこちらをちらりとも見ずに、ぼんやりと床に座っていた。

「エースの自覚があるなんて知らなかった」

 天井から部屋の四隅まで香代子の声は二人きりの部屋に響いた。

 今日の由貴也の振る舞いはまぎれもなくエースのものだった。哲士の代わりに根本をいれた四×百メートルリレーでは、先日のいさかいを感じさせないほど絶妙なタイミングでバトンパスをしていた。しかも好順位を引っ提げてだ。

 由貴也は香代子を目線だけ動かして一瞥し、再び彼の目の前にうず高く積まれたお菓子の山へ視線を戻した。

「二度としませんよ、こんな偽善者めいたこと」

 由貴也はいつもより剣呑な声を出した。それに心なしか疲れてうんざりしたような声音だった。

 やや乱暴な手つきで由貴也は無造作にお菓子の山を漁ったかと思うと、その中のひとつの開け、天井を仰ぐとそのまま手にしたお菓子を勢いよく口に流し込んだ。それは昔なつかしの氷砂糖だった。

 彼が甘いものに目がないということは知っているが、氷砂糖とはいやにダイレクトな当分補給の仕方だ。こんもりと積まれたお菓子のまたの名は“ストレス発散”なのかもしれない。

「でもアンタのおかげで顧問の悪口が止んだよ。どうもありがとう」

 これでもかというほど倒れた哲士の悪口を言っていた顧問だったが、由貴也の活躍で今日一日存分にちやほやされたのだろう。練習試合後はご満悦で、いつもはない鷹楊さを見せていた。

 部長代行ですでに許容量を越えている根本にエースの役割を期待するのは難しい。根本は部長の仕事を、由貴也はエースという部の精神的支柱を哲士に代わって引き受けた。

 この徹底した個人主義の由貴也が今回は哲士を守ったのだ。

「別に。いつまでもあの人を俺の“保護者”にしとくわけにいかないから」

 お礼を言っても返事は『別に』。彼の“イイ子”は練習試合が終わった瞬間に切れたらしい。

「確かに部長はアンタの保護者だったよね、今まで」

 香代子は苦笑した。運動部において反発が必至の由貴也の存在を、哲士は見えないところでずいぶん庇ってきたのだろう。由貴也が一応この部で認められているのは、彼の文句のつけようのない実力と、哲士が彼を大事にしているという背景があるからだ。

 まわりのことなどお構いなしに毎日を過ごす由貴也が、哲士の保護者ぶりを気にしているとは思わなかった。自分に火の粉が飛ばなければ何事にも無関心、無干渉を貫きそうだった由貴也が少し変わった。

 それはたぶん喜ばしい変化だ。

「今日は見直したよ。少し頼もしかったかな」

 おだやかな気持ちが満ちて由貴也への言葉になる。

 由貴也は香代子の言葉には答えず、脇にお菓子を抱え膝に手をついて立ち上がった。ゆらりとこちらに歩いてくる姿に香代子は緊張した。また何か知らないうちに地雷を踏んだのではないかとあわてた。

 香代子が心を乱しているうちに由貴也が月の光を後ろに背負って目の前に立っていた。輪郭が淡く光り、一瞬見惚れてしまうほど幻想的な雰囲気をまとっていた。

「ねぇ、アンタは」

 ゆるく首を倒して由貴也が聞いてくる。逆光のはずなのに、由貴也の瞳は蒼白く光って見えた。

「俺のことをかわいそうだから好きなの。守ってあげなきゃいけないって思ってるから好きなんじゃないの」

 それは問いかけと言うよりは詰問のような調子だった。ごまかしは通用しない。いつもは隠されている由貴也の鋭利さが危うい輝きとなって見え隠れする。

 好意を見抜かれた羞恥も忘れ、香代子は由貴也をまじまじと見上げた。答え如何によっては香代子を容赦なく断罪する用意ができている冷たい綺麗な顔がそこにはある。

「……私はねえ」

 思わず低い声が出る。そのまま由貴也に叩きつけるように続けた。

「甘ったれた男は嫌いなの! いつまでも過去のことぐずぐず引きずる男も! ついでにねえカワイソウって男を甘やかす趣味もないっ!」

 だから、ともう腹が立ってきて荒い口調で言葉を継ぐ。

「アンタのことなんてまったくタイプじゃないし、本当は好きになんてなりたくなかった!!」

 由貴也をどうして好きかなんてこちらの方が聞きたいぐらいだ。どうせ恋をするならまともな相手とまともな恋をしたかった。

「わかったら一刻も早くちゃんとして」

 由貴也といると怒ってばかりだ。香代子は腰に手を当て、息を吐いた。

「アンタ、俺といると怒ってばかりだね」

 自分が思っていたことと同じことを言われ、カッと顔が上気する。

「誰が怒らせてんのよっ!」

 自分の短気は承知してても、人から指摘されるとやはりいい気はしない。しかも怒らす元凶から言われてはなおさらだ。

 このふてぶてしい男をにらみつけてやろうと、目線を上げる。香代子はまたそこで当初の目的を忘れ、由貴也に目を奪われた。

 少し由貴也の表情がゆるんでいるように見えたのだ。見たこともないおだやかな顔に。

「手、出して」

 由貴也の声で我に返る。

 理由らしい理由もなくいきなりそう言われ、香代子はさかんにまたたきながら手の甲を上にして胸の前に差し出した。

 もう由貴也はいつもの表情が乏しい顔になっていた。見間違えだったのかと思う。

「逆」

 淡々と指摘され、香代子はますますわけがわからなくなりながら手のひらを上にした。

 直後、香代子が作った手の椀に、氷砂糖が注がれた。由貴也が傾けた袋の端から、ざらざらと音をたてながら降ってくる。半透明の氷砂糖は夜の光に素朴な輝きを放っていた。

 由貴也の行動がなにを意図してのものだかわからなくて混乱する。答えを求めて彼の顔を見上げた。

「あげるよ」

 それだけそっけなく言ったかと思うと、由貴也はさっさときびすを返した。

「え、ちょっ、待っ!」

 いい加減由貴也の突拍子のない行動にも慣れていた香代子だったが、この謎の施しにはさすがに声を上げた。

 由貴也は首だけで振り返る。

「アンタ、料理の腕はまぁまぁだね」

 思いもよらないことを言われ、香代子は固まる。思考が止まっているうちに、由貴也は最近とんと見なくなったうずまき形の大きな棒つきキャンディーを食わえ、黄金色の光の中から出てってしまった。

 ひとり残され、香代子はしばらく動けなかった。

 どうやら香代子の作った料理は由貴也の舌を満足させたらしい。そういえば今日の夕食後に合宿お疲れさまの意味をこめて作ったゼリーを出したのだが、由貴也は結構食べていた気がする。彼は人の手作りなど余分に食べないと思っていたのに。

 呆然としながら、どさくさにまぎれて面と向かって好きだと言ったことに気づく。ただ、好きになんてなりたくなかったというこの上なく残念な告白の仕方だが。

 でも由貴也は香代子のことを切り捨てはしなかった。都合のいいと言われても、あのとき少し笑ったのだと思いたかった。

 月の欠片のように光る氷砂糖をひとつつまみ、口に含む。やさしい甘さが口内に広がる。

 自分は由貴也の言うように、彼に同情してほっとけなくて、その感情を恋愛だと勘違いしているのかもしれない。

 けれど彼がいつか心から楽しく笑えればいいと切に願っているのは本当だった。

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