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初恋の君へ  作者: ななえ
大学生編
117/127

神さまの手のひら12

 外では雨が降っていた。

 窓を雨粒が叩く音がする。季節がひと月進んでしまったような寒い一日で、哲士はベットの上で体を起こして本を読み、香代子は定位置になったベット横の椅子に座って、黙々と編み物をしていた。

 雨音が外の音を全部吸い取ってしまったような静かで、同時に世界が一枚膜をかけたような曖昧でおだやかな午後だった。哲士はページをめくる手を休めて、香代子に目を向ける。哲士の視線に気づいた香代子が顔を上げ、「どうしたの?」とかすかに首を傾げて尋ねてくる。

「だいぶ進んだなと思って」

 何を、と言わなくても、哲士の視線で気づいたらしく、「もうすぐ完成するよ」と香代子は編みかけの濃い青色をしたカーディガンをわずかに持ち上げた。

「本当は今日みたいな寒い日に使いたかったんだけど……寒くない? 完成までもう少し待っててね」

 哲士は寒くない、と完成まで待つという二つの意味を込めてうなずいた。香代子は淡く微笑んで、再び編み物に集中し始める。その香代子を眺めながらいくらでも待つよ、と哲士は胸の中で答える。いくらでも、いつまでも待つ。本当に俺のことを好きになってくれるなら。

 香代子が由貴也のところからここに来てくれて、その経緯を考えれば間違えても手放しでよろこべはしなかったが、それでも哲士はこれ以上ないほどの幸福を感じ、香代子がいるだけで日々が明るくなった。もう焦ることはない、一緒にいる時間を重ねて、ゆっくりと好きになってもらえばいいと思っていた。

 現に香代子は一日の長い時間を哲士のそばで過ごし、恋人のように振舞ってくれた。それは哲士が長年夢見てきた姿で、夢を見ているようだと今でも思う。でも、夢はいつか醒める。

 香代子は由貴也の気配を微塵も出さなかった。それなのに、時おり彼女からは由貴也の存在を感じる。香代子が哲士を見ていながら、由貴也をその瞳に映している気がする。彼女は由貴也のことがきっとまだ好きなのだ。けれども、必死に必死に彼の存在を消そうとしている。その姿が痛々しくて、いじらしくて、哲士は後ろめたさと愛おしさの狭間で揺れる。由貴也を消そうとして香代子の心に負荷をかけるのは本当に正しいことなのだろうか。その反面、彼女を手放すことはできずにいる。希望を抱いているのだ。こうしてふたりでいる時間が積もり重なれば、いつか彼女の心に哲士への特別な想いが芽生えるかもしれない、と。

 雨が強まる。雨が何もかも消してくれるような気がして、哲士は手を伸ばした。香代子の肩に指が触れた瞬間、これでいいのかという問いが、ものすごい勢いで哲士の胸を突いた。触れていいのか、自分への同情からできたこの恋人という関係を、彼氏として行使していいのか。

 哲士の迷いを察したように、香代子の方がするりと哲士の懐に入ってきた。その顔には微笑むのか泣き出すのかわからないような淡い表情があったが、それもすぐ見えなくなる。香代子は哲士の胸に頬をつけて、背中に腕を回してきたからだ。彼女の膝から編み棒と毛糸が、床に転げ落ちる。

 その音が弾みとなって、哲士は必死に香代子の体を掻き抱いた。これは無言の対話だ。香代子は哲士を抱きしめることによって、不安にならなくていいと言っているようだった。私はあなたを選んだんだよ、と。哲士もまた、こうして香代子に触れることで、香代子は自分のところにいると確かめて安堵する。

 床に落ちた編みかけのカーディガンが目に入る。その青色が目に染みた。

「……俺、今めまいがしそうなほど幸せだよ」

 いつか醒める夢でもいい。あまりに大きな幸福に、胸がつまった。それに呼応するように、香代子の手が哲士の背中のTシャツをつかむ。

「ダメだよ。部長はもっと幸せにならないと」

 香代子の声は、雨と混ざるように静かで、おだやかで、不安が溶けていく。

「……顔、見たい」

 哲士は少しだけ体を離して、香代子と至近距離で見つめあう。手のひらでそっとその頬を包むと、指先に冷たさを感じる。手のひらを当て続けて、冷えた彼女の顔を温めながら、香代子の瞳に自分の姿が映っているのを見たら、不意に言葉には言い尽くせないほどの愛おしさが込み上げてきて、その額に衝動的に唇を押し当てた。

 香代子は驚いた表情をして目を瞬かせていたが、哲士と目があった瞬間、おかしそうに笑う。

「部長、顔真っ赤だよ」

 香代子に指摘されて、自分の顔に熱が集まっていることに気づいた。

「かっこ悪……」

 自分だけ赤面している状態に恥ずかしくて、照れ隠しに顔をそむけていると、香代子が「あ」と声を上げる。

「『部長』って呼んじゃったよ、今」

 香代子の顔もみるみるうちに赤くなっていく。前の呼び名が無意識に出てしまうなど、香代子もどうやら動揺していたらしくて、「わ、私もかっこ悪い、ね」と言って、視線をさまよわせた。その顔はマネージャーとしてともにいた時は見たことのない顔で、何だかすごくかわいく見えて、哲士は思わずもう一度香代子を抱きしめた。

 雨が外界を遮断して、この病室に――この世界にふたりきりのようで、本当にめまいがしそうなほどに幸せでしょうがなかった。

「……これ以上、どうやって幸せになっていいかわからない」

 いつかは醒める夢でも、今だけはどうか醒めないでくれと心の底から願う。ずっと息をひそめるようにして生きてきた自分に、こんな幸福が待っていただなんて、まだ信じられない。消えないでくれと香代子を腕の中に収めて、このまま時が止まれと祈る。そうしながら、胸の中で謝り続けた。古賀、ごめん。ごめん、と。

 入部してきた時の高一の由貴也の姿が、哲士の脳裏に現れた。人形のように表情が欠落してなかった由貴也。その彼に色がつくように、顔にほのかな表情がのる。彼の視線の先には香代子がいて、由貴也はかすかに微笑んだ。幸せそうに、いとおしそうに。

 由貴也が香代子を大切で仕方ないことは哲士が一番よく知っていた。ずっと由貴也とともにいる香代子を見てきたから。わかっていた。自分がいなければ、ふたりはハッピーエンドであったことを哲士はわかっていた。

 そう思ったら、急に自分の腕が香代子を捕らえるものに見えた。

 ごめんな。苦しめてごめんな。古賀と引き離してごめんな。何度謝っても足りない。それでもこの腕を解けない自分。

「ごめんな……」

 かすかな声でつぶやく。この幸せを手放せなくてごめん、と最後に胸の中でもう一度謝って、目をつむる。

 雨の音だけが響いていた。

 








 哲士の病室に香代子以外の来訪者があったのは、その日の夕方のことだった。雨は降り続き、各地で記録的な豪雨になったと、枕元のラジオが伝える。その中でずぶ濡れの姿で病室の戸を引いたのは、あの少年だった。哲士が車にひかれそうになったところを庇ったあの少年だ。志乃の弟だ。

「君は――」

 名前を思い出す。確か弟は志朗だと志乃は言っていた。少年――志朗は口を引き結んでじっと哲士を見ていた。

「とにかくこっちに。それでは風邪をひく」

 哲士が手招きすると、志朗はその険しい表情のまま、ベッドサイドまでやってきた。椅子に座ることをうながすと、無言で座る。哲士はサイドテーブルから、タオルを一枚取り出して、志朗の頭にのせて、水の滴る髪を遠慮なくガシガシと拭いた。

「俺の服でよければ着替えた方がいい」

 髪は拭けても、志朗の服はぐっしょりと濡れたままだ。秋の氷雨で病室もひんやりと寒く、濡れた服でいれば風邪をひくのは時間の問題だった。だが、志朗はさらに視線を鋭くし、哲士を睨みつけてくる。

「あんた、バカじゃねえの? 何で今まで謝りに来なかったって聞いて責めないんだよ。何で親切にしてんだよ。オレはあんたの足をダメにしたヤツで……」

 語尾が消えて、志朗の目からは大粒の涙がこぼれ落ちる。

「許さないって、言えばいいのに……」

 志朗の強がりが決壊した瞬間だった。自分がいじめられていることを決して認めず、差し伸べた哲士の手を突っぱねたこともある彼だ。利かん気で、涙など人前で死んでも見せなそうな彼がこうして泣きじゃくるところを見ると、相当彼を苦しめていたのだと、胸が締め付けられた。飛び出しした自分を庇って他人が轢かれたという事実は小学生にとってあまりに重い。そう思うと、志朗が病室を訪ねて来なかったことについて、責める気にはなれなかった。

 哲士は志朗の頭に手をのせ、ぽんぽんと軽く叩く。志朗が落ち着くまでそれを繰り返していた。

「これに着替えろ。大きくて悪いけど」

 しゃくりあげる回数が少なくなり、彼の涙が沈静化してきたところで、Tシャツとスエットを差し出す。寒さのためか、志朗の唇は紫色になってきていた。

 志朗は素直に受け取って、着替え始める。その間に哲士はサイドテーブルに置いてあるポットを使って、お茶を入れた。香代子が部屋を使いやすいように整えてくれるので、足の不自由な哲士でも困ることは少なくなった。

 着替え終わったのか、志朗がこちらに向き直る。百七十五センチ超えしている哲士の服は、当然百五十センチ弱の志朗にはぶかぶかで、袖から手は出ず、裾は引きずっていた。それでも濡れた服を着続けるよりはましだと思うことにする。

「ほら、これ飲んで温まれ」

 紅茶の入った湯気の出ている紙コップを差し出すと、志朗は受け取ろうと手を伸ばし、自分の手が袖から出ていないことに気づいたのか、まくり上げて改めて受け取った。泣きはらした目をばつの悪そうにゆがめて紙コップに口をつける。哲士は自分もコーヒーを飲みながら、志朗の顔を横目で見る。黒目がちで切れ長の瞳、小さな唇、髪も真っ黒で全体的に気の強そうな雰囲気はやはり姉の志乃と似ている。ただ、姉の方が万事につけて迫力はあるが。

「……何であんたはオレを助けてくれたんだよ」

 時おり飲み物をすする音が聞こえるだけの室内に、志朗の声が落ちる。声変わり前の志朗の声は、志乃とよく似ていて、一瞬彼女に話しかけられた気分になる。胸の中で言葉を反芻するにつれ、ここにいるのは志朗だと認識し直す。肩を落とす小学生の男子だ。『何で助けてくれたんだ』という問いに、哲士は視線を落として苦笑する。

「俺もいじめられてたから、他人事とは思えなかった」

「いじめって……あんたが?」

 志朗の驚きに、哲士は「そうだよ」と笑って答える。

「ウソだろ。いじめられてるってもっと……」

「もっと変なやつだって? じゃあそうだったのかもな」

 軽く笑うと、志朗がまた泣きそうなのをこらえながら、睨んできた。

「何であんたそう笑ってんの。足ダメんなって、大事な大会に出られなくなったって聞いたんだけど」

 哲士は鋭い口調の志朗の問いに、惰性のように笑いの残滓をこぼした後、コーヒーをまた一口飲んで答えた。

「出るのが嫌だったんだ。だから怪我したら、誰からも責められずに出場するのを止めれられると思った」

 だから気にしなくていい、と志朗の頭の上に手のひらをのせる。志朗は、小学生らしい幼い表情で「何で?」と少し不安そうに聞いてくる。彼の強情さも今日ばかりは揺らぐのだろう。つっけんどんな態度が崩れて年相応の表情が見える。

「足、遅くて勝てなかったから。あと好きな子にかっこ悪いところみせたくなかったから、かな」

 気に病ませるといけないので、少し冗談めかして軽く言ってみる。ここで不用意なことを言ってしまうと、志朗にさらに罪の意識を負わせることになる。発言に慎重にならざる得なかった。

「足、遅いのかよ。陸上選手なんだろ? ねーちゃんが言ってた。五十メートル何秒?」

「五十は最近計ってないな。俺は百メートルと二百を走ってたから」

「じゃあ百メートルは?」

「十秒七四」

 ベストタイムを告げた瞬間、志朗の顔に尊敬の色がつき、輝く。

「はえー! 超はえーじゃん! オレ、十五秒だったし」

「小学生では速いよ」

 やっぱり小学生だな、と哲士は笑った。なぜか彼らは足が速いというとヒーロー扱いしてくれる。

「なあ、それで遅いなんてウソだろ? めっちゃ速いじゃん」

 志朗は遠慮がなくて、無邪気だった。それが少し哲士を苦しくさせる。

「……俺より速いやつなんて、いっぱいいるからな」

 いっぱいいる。そういいながらも、哲士が思い浮かべるのはただひとりだ。陸上の神さまが、そのまま人間の形をとったら、こういう姿をしているんじゃないか、という由貴也の姿。光り輝く走路の先にいる彼の背中ばかりを見て、いつしかその隣には香代子が立つようになっていた。

 はっとして顔を上げた時には、志朗が瞳を揺らしてこちらを見ていた。どうやら表情が曇っていたようだ。彼の不安を払拭するように、軽く笑う。それでも志朗の顔は晴れなかった。

「嫌な話してごめん」

 哲士がもう走れないことは志乃から聞いているのだろう。志朗は険しい顔で謝り、黙り込んだ。何かを言うのを躊躇してしまう気持ちは、今の哲士にもわかる。自分たちは今、手探りで会話している。何かを言ったら、相手を傷つけてしまいそうな気がする。

「なあ」

 沈黙を先に破ったのは志朗の方だった。

「ねーちゃん、あんたに何か悪いことした?」

 思いもよらぬことを問いかけられて、思わず志朗の顔を凝視すると、志乃の顔と重なった。

「ねーちゃん、全然あんたんとこ行かなくなったから」

 ――あたし、もう来ないから。

 志乃の声が聞こえた気がした。目の前にいるのは弟なのに、相似点が多くてそこで志乃がしゃべっているかのようだ。志乃は来ないという宣言以降、本当にぱったりと姿を現さなくなっていた。

「ねーちゃん、あんたのことめちゃくちゃ気にしてんのにさ」

「気にしてる……?」

「あんたのところ行かなくなってから、ぼーっとしてる時間が増えた」

 志朗の言葉を聞いて、哲士は自分の思い違いに恥じた。ここに来なくなれば、志乃の生活は元に戻ると単純に思っていた自分はバカだった。顔を合わせなければ元に戻るようなことではないのだ。むしろ顔を合わせないからこそ、増長する不安というものがある。

 志朗は哲士が言葉を発せずにいるうちに、姉の弁解にかかる。

「ねーちゃん、いっつも怒ってる見たいな顔してっけど、そういうわけじゃないから、誤解しないでやって」

 彼ら姉弟の仲の良さに微笑ましく思いつつ、「わかってるよ」と答える。これだけ弟に慕われている彼女が、悪い人物であるはずはないのだ。それにここ最近つきあってきて、彼女が顔が怖いだけの人物であると哲士は思っていなかった。

 哲士を見ていた志朗の顔が不意にくしゃりと歪む。

「オレ、ずっとあんたと……緒方さんと会うの怖くて……オレの父ちゃんはお酒飲んで運転して事故起こして、一緒に乗ってた母ちゃんも、ぶつかった相手の車の人も死んで……だから、オレが緒方さんに怪我させたことも、『やっぱり親子だから』とか『ばちが当たった』とか言う人がいて、それを認めるのが怖くて……」

 途切れ途切れながらも、志朗には何とか言葉をつなげようとする強い意志があった。膝の上で握った彼の拳が、さらにきつく握られ、ぎりりと音を立てる。

「ずっとねーちゃんに甘えてて、ねーちゃんにばっかり謝らせて……でもオレがちゃんと謝んなきゃと思って……謝って済むとは思ってないけど、ごめんなさい。ごめんなさい……」

 椅子の上で、上体と腿がくっつきそうなほどに、志朗が深々と頭を下げる。床にぱたっ、と音を立て、涙が落ちる。それは次第に落ちる間隔を狭め、床に落ちた涙の小さな雫は重なり合う。

「謝らなくていい。俺は自分で車に飛び込んだんだ。だから、謝らなくていい」

 哲士は一音一音志朗に届くように、丁寧に言葉を発したが、志朗はそのままの姿勢を保っていた。そのうち哲士はうろたえて、志朗の頭に手をのせてみたり、背をさすってみたりする。だが、一向に志朗は頭を上げないし、泣き止みもしなかった。

 ――俺は、何をやっているんだろう?

 胸の中にそんな問いかけが落ちてくる。俺は何をやっているんだろう。志朗の心の傷をえぐり、志乃の罪悪感を放置して、由貴也から香代子を奪い、香代子を苦しめ、自分だけ幸せになろうとして、俺は何をやっているんだろう。

「ごめん。ごめんな」

 哲士はひたすらに謝り続けた。志朗は「あ、あんたが悪いんじゃねえよ。何で謝んだよ」と必死になって言ったが、それでも哲士は「ごめん」と言わなければ気が済まなかった。結局、謝罪合戦になり、お互いに謝り疲れ、哲士と志朗、ぐったりと黙り込む。気が付くと、外は雨は止んだものの、夕日がないままに夜が来ようとしていた。哲士はあわてて志朗を家に帰す。別れ際に「姉ちゃんによろしくな」と言ったが、あの泣き顔で志朗を帰して、心配するかもしれないと反省する。

 志朗を見送って息をつく。今日は香代子もバイトがあるので病室には来ない。ひとりきりになった病室で、ベットの下にある紙袋を取り出す、中にはぎっしりと陸上雑誌が入っていた。その一番上に乗っている雑誌に手を伸ばす。表紙が折れ、無残に潰れたそれはいつだか哲士が感情に任せて壁に投げつけたものだった。

 ベットテーブルの上で、その雑誌のページをめくっていく。その顔を見つけた時、哲士の手は止まる。それは全日本ジュニア選手権の特集だった。無表情で紙面からこちらを見つめてくる彼の顔を手でなぞり、ページのしわを伸ばす。

 やはり、どうしても気になって、根本に聞いた。彼は今どうしている、と。根本の答えはわからない、だった。自身のマンションにも、実家にも、学校にもクラブにもいないという。電話も出ないし、メールも返ってこない。完全な音信不通な上、行方不明だった。

 紙面を飾るその姿にはしわが走っていて、何だか彼がぼろぼろに見えて、哲士は必死で薄いページを伸ばす。これはただの印刷物だとわかっているのに、我ながら滑稽なぐらい何度も何度もページを擦る。そうさせているのは、自分に残った部長としての、彼の先輩としての心なのかもしれない。だが、何度指を往復させても、ページについたしわは執拗で彼の姿は歪んだままだった。

 部活に入ったばかりの頃の由貴也、そこから徐々に立ち直り、人間らしくなっていく姿が毎日毎晩よみがえり、日毎に重さを増していく。

 薄闇の中、哲士はつぶやく。

「古賀。お前今どこにいる……?」

 答える声は当然ながらなかった。

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