第11話 余韻とキスマーク
軌道修正を何度も施し、ピクシーを乗せた巨大なツルの矢はドライアドに向かって飛翔を行う。
自分の放った攻撃がまさか自分に跳ね返ってくるとは思いもしなかったのか、ドライアドは棒立ちのまま動かない。
ザシュッ
高速の矢はドライアドの右足を貫き、消滅する。
例の高火力技が命中した時の映像バグだ。
だけどバトル終了のアナウンスは流れていない。
致命傷ではなかったということか。
でもそれも想定済。ピクシーはもう敵の間合いに入っている。
「ピクシー! ひっか——」
「ドライアド。ハイドレインです」
俺の指示よりも一瞬早くドライアドの技が放たれた。
ドライアドの綺麗な指がツル状に変容する。
その触手はうねりを上げながらピクシーに絡みつく。
ピクシーの全身に巻き付いたツルはまるで生気を吸い取るように鼓動を鳴らす。
その生気はドライアド自身にたどり着き、まるで栄養を奪い取る食虫植物のように見えた。
数刻の後、大ダメージを受けていたはずのドライアドの足が復活する。
逆にピクシーの顔色が悪くなっている。
相手から体力を奪い取る攻撃か!
「形成逆転、ですね」
草薙さんが不敵に笑う。
ドライアドのメインウェポンはツルを変型させて戦うツルの舞だと思い込んでいた。
こんな奥の手を持っていたなんて……
——ワクワクさせてくれるじゃねぇか。
「ドライアド! ツルの舞!」
ハイドレインと呼ばれた触手に全身を絡まった状態のまま、周囲を蠢くツルも呼応しだし、巨大なツルハンマーが生み出される。
「拘束された状態ならば、お得意の『かわせ』もできませんわね!」
勝利を確信した草薙さんはそんな挑発的な言葉を俺に向けて放つが——
今度は俺が口角を上げていた。
「そんなことはないさ。ピクシー『かわせ』」
「……えっ?」
俺が一言指示を出すと、ピクシーはそれに応じる為、ハイドレインのツルに囚われたまま飛行を始めようとする。
当然、固いツルに囚われているのだからピクシーは動き出せるはずはない——
——と、俺以外の全員が思っていただろう。
「なっ!?」
「ええっ?!」
草薙さんと水野さんの驚愕の声が重なった。
動けるはずのないピクシーが動いてみせたのだ。
ドライアドの身体を引きずったまま。
ハイドレインはツルの舞と違い、ドライアド自身が指から伸ばしている身体の一部だ。
即ち、物凄い力で引っ張られればドライアドの身体自体も引っ張られる。
一回り以上身体が小さいピクシーではなったが、力は狂人。
ピクシーは楽々とドライアドを引きずっていた。
やがてハイドレインのツルを引きちぎり、ピクシーは自由になる。
俺はすかさず次の指示を出した。
「ピクシー、可能な限り上空へ飛翔しろ!」
目にも止まらぬスピードで天空へ舞い上がってゆくピクシー。
「そこだ。止まれ」
豆粒くらいの大きさになった時点で静止をさせる。
「ま……さか……」
俺の意図に気づいたのか、草薙さんの顔色が青く染まる。
そう——次なる俺の攻撃は草薙さんも一度見たことあるものだ。
「ピクシー! 最大級のスピードで急下降し……ドライアドへひっかくをしろ!」
ドライアドには体力を回復させる『ハイドレイン』がある。
だから中途半端な攻撃ではすぐに全快されてしまう。
故に、この勝負に勝利するには『一撃必殺』で戦闘不能にさせる必要がある。
『たいあたり』を繰り出しても良いのだが、せっかくなのでこの新たな戦法でドライアドを倒してみたくなった。
「くっ、ドライアド……葉っぱガー——」
「——遅い」
ドライアドがバリアを春よりも先に、ピクシーの上空急下降ひっかくが一閃する。
まるで大剣で切られたかのように相手は真っ二つになり……
そして——
『サトル選手が勝利しました。報酬としてスキルポイント190が付与されます』
俺の勝利を告げるアナウンスが轟き、バーチャル空間は喪失した。
「ふぅー!」
大きく息を吐き、その場に腰を下ろす。
すごい戦いだった。
ノラにもこんなに強い人いるんじゃないか。
こんな素晴らしい戦いを繰り広げてくれた相手を横目でチラッと覗き見る。
「…………」
ぼんやりしている草薙さんが映る。
なぜかこちらを見ながら呆けているみたいだった。
その視線に少し不気味さを感じながらも、バトルの検討を称えるべく、俺は彼女に握手を求めていった。
「草薙さん。すごいバトルだった。レートでもあんなに激しいバトル中々なかったよ。楽しい一時をありがとう」
「…………」
手を差し伸べても草薙さんはぼーっと俺の手相を見つめたまま反応がない。
うーん。どうしよう。握手する意思はないってことかな? そりゃあそうだよな。陰キャ男子と握手するなんて女子的にはおぞましい行為以外何者でもない。
「ちょっとエリナ! バトル後の握手くらい応じたらどうなの!」
横から水野さんの叱咤が飛んでくる。
その声で草薙さんはハッと身体を大きく震わせ、ようやく瞳に焦点が戻った。
慌てて状況を把握した草薙さんは俺の右手を引っ掴むように両手で包み、上下にブンブン腕を振ってきた。
「真辺先輩! 私なんかのバトルに応じてくれてありがとうございました! とっても……とっても有意義なバトルでした!」
本当に嬉しそうな様子だ。
でも俺の腕が引きちぎられそうだからそろそろ手を離してほしかった。
「あ、あと、その、真辺先輩……?」
ようやく手を離してくれたと思ったら、何やらモジモジした様子で照れくさそうに俺の顔を覗き見てくる。
「わ、私、ずっと、貴方のファンでした! 握手してください!」
ファンってことはやっぱりこの子レート戦での俺を知っていたのか。
レッドの名前は無駄に名声轟いているからなぁ。
実物がこんな陰キャで彼女はガッカリしていなければ良いが。
「えと、握手くらいなら全然良いですけど。でも握手ならさっきしたような……」
「そ、そうでしたね! 私ったら何言っているんだろう。憧れの存在を前にしてテンパってしまっているようです」
顔から湯気を出しながら落ち着かない様子で身体をモジモジさせている。
「じゃ、じゃあ、握手じゃなくてキスしてください!」
「「何言っているの!?」」
俺と水野さんのツッコミが重なった。
テンパっているというより暴走している感じだ。
「で、では、行きます!!」
草薙さんは俺の両頬に手を添えて顔を近づけてくる。
「えっ? ちょ? 本当に?」
慌てふためく俺を無視するように草薙さんは徐々に顔を近づけてきて——
そして——
バチィィンッ!
水野さんが『はたく』攻撃が草薙さんの後頭部にヒットした。
彼女の唇は大きく軌道を逸れて、俺の首元に当たっていた。
「な、何するんですか! 水野先輩!」
「何するはこっちのセリフよ! アンタは何を唐突に接吻攻撃繰り出そうとしてるんのよ!」
「だってだって! 憧れの赤覇王が目の前にいるんですよ! そんなの……全力で貞操を奪いにいくに決まっているじゃないですか!」
「決まっとらんわ! この頭ピンク娘! エリナがこんな淫乱女とは知らなかったわ」
水野さんがこの場に居てくれて本当に助かった。
俺一人だったら絶対に場に流されていただろう。
ま、まぁ、結局首元へのキスとなったわけだけど、それはそれでドキドキしてしまっていた。
「って、アンタ、紅塗ってたわね? 真辺くんの首元にキスマークできちゃってるじゃないの!」
「……? 何か問題あります? この後全身にキスマークできるんですから別に1個くらい」
「まてまてまて、アンタはこの後何をするつもりだ」
「……えへへ。素敵な一夜にしましょうね。真辺先輩——いえ、サトル先輩」
何なの? どうして俺この子に誘惑されているの?
俺のファンと言ってくれたことは素直に嬉しいけど、彼女が俺に向ける視線はなぜか熱が籠っている。
たった1回のバトルがこの子の好感度を爆上げさせてしまったということなのだろうか。
うん。
これはアレだ。
逃げよう。
「あー! なんで逃げるんですかぁ! 待ってくださいよ! まだ婚姻届け書いてないじゃないですかぁ!」
「アンタはとにかく頭を冷やしなさい! 真辺くん、この場は任せて先に行きなさい。このピンク娘は私が目を覚まさせておくから」
「あ、ありがとう! またね水野さん!」
「なんで私には『またね』って言ってくれないんですかぁ!」
「さ、さようなら草薙さん……永遠にさようなら」
「えーん! サトル先輩が私を拒絶したぁ! うわーん!!」
「当たり前でしょうが! 今のアンタはひたすら怖いだけの存在なのよ! ほら委員会室へ戻るわよ」
両腕を捕まれ、引きずられるようにこの場から二人が去っていく。
「わたし、本気ですからね! サトル先輩~! 本気なんだからぁぁ!」
本気で何をするつもりなのだろう。
草薙エリナ。
色々な意味で底が見えない後輩だった。
いつも見てくれてありがとうございます!
当話でストックがなくなってしまい、しばらく更新頻度が落ちてしまうかもしれません。
もし楽しみにしてくれる方がいらっしゃいましたら申し訳ございません。
あまり見てもらえていない作品ですので応援して頂けると幸いです。




