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第10話 エメラルド色の猛攻

「赤覇王様?」


 水野さんが小首を傾げている。

 あー、そういえば水野さんには俺がレート戦に潜っていたことを言ってなかったな。

 でも、それを伝えるのちょっと恥ずかしいな。「俺、実はトップランカーで『赤覇王』って呼ばれているんだ~」なんてあまり言いたくない。呼び名のせいで痛いだけのヤツ認定される気もする。

 って、それよりも——


「草薙さん。俺とバトルしてくれるのか?」


「そういいました」


 互いに口角が緩む。

 草薙さんはバチャモンカップの教師選考を貰える実力者。

 つまり、あの水野さんと同レベル以上に強いトレーナーであると推測される。

 赤覇王を知っているということはレート戦でもマスターランクの保持者なのかもしれない。

 前情報だけで強者だということがわかる。

 口角が上がるのは当たり前だろう。


「——出てきて。ドライアド」


 バトル承認をまたずに草薙さんはパートナーバチャモンを繰り出した。

 『ドライアド』と呼ばれた草薙さんのバチャモン。

 ピクシーに少し似ている。

 ピクシーやローレライみたいに女性の容姿を模しており、エメラルド色の長い髪と同色の瞳が特徴的だ。

 いや、それ以上に特徴的なのはドライアドを纏うように繁殖している『ツル』だ。

 まるで意思をもつかのように神秘的な植物達が主人であるドライアドに集まってきている。『くさ』タイプのバチャモンかな?

 俺がマスターランクのトップランカーと知って尚、ここまで好戦的にバトルを従ってくれる草薙さんに俺はとても好感を持った。

 バトルを受けない理由は一切ない。


「——バトルだ。ピクシー! 暴れるぞ!」


 頭の上で休んでいたピクシーは俺と視線を合わせると互いに微笑み合い、ドライアドと対峙する。

 真剣な表情だ。

 ピクシーも直観でわかったのだろう。

 目の前の敵は一筋縄ではいかないのだと。


「バトル承認ありがとうございます。言っておきますけど、私、負けませんわよ」


 その言葉が開戦の合図となり、俺と草薙さんのバトルが始まった。







「ドライアド! ツルの舞ー!」


 先に動いたのはドライアドだった。

 ドライアドの周囲を漂っていたツル達が密集すると、形を変容させて、巨大なハンマーを模っていた。

 素早く回転されながらピクシー目掛けて放たれてくる。

 見るからに高威力の技選択だ。

 ちょっと見させてもらうかな。


「ピクシー! 右後方へ飛翔してかわせ!」


「……!?」


 俺の指示に対し、草薙さんが明確に表情を変えている。

 水野さんも言っていたけど、バチャモンに細かな指示を出すトレーナーはそうはいないらしい。

 交わす方向まで決める俺を物珍しく思っているのだろう。


「でも、甘いですわよ。真辺先輩」


 逃げるピクシーを追いかけるようにツルハンマーも方向を変えてくる。

 対象に命中するまで追ってくるタイプの攻撃のようだ。

 ——予想通りだ。

 ピクシーは俺の指示通り、5時の方向へ真っすぐ逃げ続けている。

 俺の狙いはその方向に存在する巨大なオブジェだった。


「……っ! まさか!」


「その技の威力見させてもらうぞ」


 行く先にあるのは先ほどピクシーの「ひっかく」の威力を数値化した測定装置だった。

 ピクシーが装置にぶつかる寸前で俺は次の指示を出す。


「ピクシー。スピードを上げて測定装置の後ろに回り込め!」


 俺の指示通り、ピクシーは一瞬で装置の後ろに回り込む。

 ツタハンマーは轟音を響かせながら測定装置の中心部に命中し、元の細いツルの形へと分解された。

 全員の視線が測定装置の液晶パネルに集中される。


「な、743……!?」


 観戦していた水野さんが驚くように声を漏らしていた。


「あら。新記録です」


 茶目っ気混じった草薙の嬉しそうな声。

 ピクシーの全力加速ひっかくでカンスト数値の999だった。

 743という数値は加速なしひっかくと同程度の威力と思った方がいいな。まともに喰らってしまえば一発で落ちてしまうかもしれない。


「じゃあ、ドンドンいきますよ。ドライアド! ツルの舞ー!」


 周囲に漂うツルは再び武具の形を作る。


「……!? ハンマーじゃない!?」


 先ほどとは形が全然違う。

 あの形は……弓!?

 巨大な弓を模り、余ったツルが巨大な矢を作り出していた。

 アレは弓矢どころの話じゃない。

 あの極太の矢はもはや兵器だ。


「ピクシー! かわ——」


「指示が遅いですわよ。赤覇王」


 俺が指示を出す前にすでに矢は放たれていた。

 肉眼で追うのがやっとなレベルの高速射出。

 回避指示が遅れてしまったせいで、巨大な矢はピクシーに向けて真っすぐ放たれ——

 ピクシーの羽根を霞めてはるか後方へと巨大な矢は飛んで行った。


「……!? あのピクシーが……攻撃を喰らった!?」


 ピクシーがダメージを受けるところを始めてみた水野さんは信じられないものをみるような目で戦況を眺めている。

 実際にピクシーがダメージを受けたのは久しぶりだった。

 1ヶ月くらい前にレート3位のキュウさんと対戦した時以来か。


 ピクシーは貫かれた羽を抑えながら測定装置の上に足を付けている。

 やばい、羽を痛めてしまったということは飛行能力が落ちてしまっている可能性がある。

 次にあの巨大の矢を放たれたら避けられない。


「こんなものですか? 赤覇王。私が憧れた最強トレーナーはこんなものなのだったのですか?」


 見損なったかのように沈んだ言葉を向けてくる草薙さん。

 ガッカリさせてしまったかのは申し訳ない。


 ——目の前の相手は様子見(・・・)など行わせてもらえるほど甘い相手ではないことを見誤った俺の落ち度だな。


「ピクシー。ドライアドに迫りながら『ひっかく』だ」


 今度はこちらの攻撃の番だ。

 ピクシーは真っすぐドライアドに向けて飛翔しながら宙を爪で掻き、三日月形の鋭利の渦を飛ばす。


「ドライアド。葉っぱガード!」


 瞬時に落ち葉がドライアドの身を包み、木の葉のバリアがひっかくを迎え撃つ。


 ——が、葉1枚1枚の耐久力は薄く、葉っぱガードという防御技はピクシーの『ひっかく』にアッサリ破り切り破られていた。


「くっ、葉っぱガードをアッサリ破ってきましたね。水野先輩のローレライのバブルマシンガンならしのぎ切れるのに」


「あのネタ技を凌いだ所で耐久自慢にはならないよ」


「こらー! さりげなくローレライをディスるな! バブルマシンガンをギャグ枠みたいにいうんじゃないわよ!」


 外野の叫びは一旦無視するとして、相手の特性は何となく見えてきた。

 水野さんのローレライは『防御』『回復』を得意とするサポートタイプであるに対して、草薙さんはその真逆。

 防御は苦手で攻撃特化の脳筋スタイルがドライアドの特性なのだろう。

 ……俺のピクシーと一緒だな。


「ならば、攻撃で迎え撃つまで! ドライアド! ツルの舞!」


 ピクシーを近づけまいと、大ツルは再びハンマーの形を創って立ちふさがる。

 威力743の巨大ハンマー。

 だけど単純な威力のぶつかり合いではこちらに分があることは数値が証明している。


「ピクシー。加速を保ったまま、ハンマーに向かって物理型ひっかくだ!」


 羽のダメージがあるせいでピクシーのスピードはいつもより遅いが、それでもある程度加速は保てている。

 それならば威力999のひっかくをぶつけることで——


「なっ!? ツルのハンマーが……割れた!?」


 別に驚くようなことではない。

 単純に威力の強い攻撃が弱い方を粉砕した。それだけのこと。

 頬汗を垂らし、さすがに焦りを見せ始める草薙さん。


「ピクシー。そのままドライアドにひっかく!」


「さ、させませんわ! ドライアド! ツルの舞!」


 今度は大弓型のツルの武装。

 ピクシーの羽根にダメージを負わせたあの弓矢は確かにやっかいだけど……

 一度受けた攻撃などもちろん頭の中で対策は練ってある。


「ピクシー! 止まれ!」


「怖気づきましたか!? 止まったことで照準が付きやすくなりましたよ!?」


 怖気ついたわけではない。

 むしろ『こちらが照準を付けやすくなる』為の急ブレーキだ。


 巨大な大ツルの兵器はピクシーに向けて真っすぐ放たれる。

 ごぉぉぉッ! という空気を切り裂く轟きが耳に入ってくる。


 ——今だ。


「ピクシー!『矢に飛び乗れ』」


「「……はっ??」」


 草薙さんと水野さんの俺の指示に目を丸くする。

 俺の意図を汲み取ってくれたのはピクシー本人だけだった。


 轟音が木霊する巨大な緑の矢。

 グングンとうねりを上げて加速しながら迫るそれに——


 直撃寸前で、ピクシーは矢を片手で引っ掴み、ひょいっと矢の上に乗っていた。


「「うそでしょ!?」」


 草薙さんと水野さんの驚愕が重なった。

 ピクシーを乗せた巨大な矢は明後日の方向へ飛んでいこうとする。


「ピクシー! 矢の先端を持ち上げて軌道を変えろ。7時の方向だ!」


 小柄で剛腕なピクシーだからこそできる矢の乗馬。

 手綱はないけれど、ピクシーならパワーで進路を変えることくらいできるだろ?


 一方、草薙さんはドライアドに指示を出すことも忘れて、呆れたような視線で乾いた笑いを浮かべながら俺の顔を眺めていた。


「それでこそ……私の憧れた赤覇王です……!」


 ぽつりとつぶやかれた言葉に込められる意味は『尊敬』か『敵愾』か。

 引きつりながらもその表情はどこか恍惚であり、視線には若干の熱も籠っていた。


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