097◆ディー編◆ 06.小さな違和感
両親に弟を産ませるという作戦の方はうまくいったが、肝心の真犯人に結びつくものはなかった。
保険はかけているものの、できればアンガーミュラー家の汚名を返上してあげたい。
ホルストもあの世でさぞ悔しい思いをしていることだろう。それも心苦しかった。
なにも尻尾を掴めないでいたある日、新しい婚約者候補だと、王にある令嬢を紹介された。
「ディートフリート王子殿下、おひさしゅうございます。覚えていらっしゃいますでしょうか。わたくし、ゲルダ・コルベですわ」
見事な金色の長い髪に、青い瞳。矢印のような鼻が特徴の見目麗しい乙女。
王の側近の一人で侍従長のウッツ・コルベという伯爵がいるのだが、その彼の愛娘だ。
パーティーで会ったこともあるし、顔と名前は立場上、ほとんどの人を記憶している。
しかし婚約者候補だなどとは初耳だ。隣では侍従長のウッツが、嬉しそうにニコニコと手揉みしながら立っている。
「ディートフリート様、ゲルダはこの度、十六歳になりました。王妃となるべき教育も受けさせております。このハウアドル王国の発展と存続に貢献できることでしょう」
ウッツの言葉を聞いて、身体中の血が頭に上昇するのを感じた。
王妃はユリアーナ以外の誰が務まるというのか。ユリアーナ以上に努力してきた人間など、いないというのに。
ディートフリートはそう叫びたいのを堪えて、笑顔で受け流す。
その場を適当に振り切ると、部屋に戻って大きく息を吐いた。
わかっていた、いずれこうなるであろうことは。
ユリアーナがいなくなれば、新たな婚約者候補が現れるのは必至だ。
ディートフリートは十八になっている。結婚できる年齢になっているのだから。
どう言い訳をして断ろうかと思案していると、ずっと隣で護衛していてくれていたシャインが口を開いた。
「王子、おかしいと思いませんか?」
「シャイン……なにが?」
「新しい婚約者候補が、いまさら上がってきたことです」
「……え?」
シャインを見上げると、彼は少し眉間に皺を寄せて顎に手を当てて考えている、
「どういうこと?」
「王子がユリアーナ様との婚約を破棄してから、もう一年が経っています。それまで、だれも婚約者候補が現れなかったのはおかしいと思いませんか?」
「え? いや……それは父上や母上が、僕の気持ちに配慮をしてくれたんだと」
「それもあるかもしれませんが、できれば陛下や王妃様は、次の婚約者を早く決めたかったはずです。国民にとってホルストの件は、間違いなく王家や王城の信用を失墜させるものでした。だからこそ早く次の婚約者を決め、国の安定を図りたかったはずなのです」
シャインの言葉にディートフリートは頷く。確かに悪評を払拭し、信用を取り戻すと同時に安寧秩序を保つためには、婚約・結婚というイベントが一番手っ取り早いに違いない。
「じゃあどうして一年もの間、そんな話が一度も出なかったと?」
王や王妃がディートフリートの気持ちを考慮していたのではなかったとしたら。この一年の間に、誰も婚約者候補があがらなかったのは、確かにおかしい。
「私の考えすぎかもしれませんが」
「いいよ、言って」
「ウッツ殿自身が、他の婚約者候補を王に取り継がなかったのでは。もしくは王の依頼に対して、うまく理由をつけては候補から落としたのではないかと思うのです」
ウッツは伯爵ではあるものの、侍従長という立場だ。そういうことも、やろうと思えばできなくはないだろう。やってはいけないことではあるが。
「もし仮にそれが真実だとすると、ウッツがそんなことをしたのは……僕とゲルダを結婚させるため……?」
「そうなるでしょう」
この国では男は十八歳から、女は十六歳から結婚できることになっている。
先日誕生日を迎えたゲルダは、十六歳。そうなるまで、他の貴族の令嬢を寄せ付けないようにしていたと、考えられないことはない。
「確かにコルベ伯爵令嬢以上に、婚約者候補になってもいいはずの令嬢はいる。なのにこの一年、なんの話も上がってきていないのは、言われてみればおかしいね」
「調べましょうか」
「頼むよ、シャイン」
そう頼むと、シャインはすぐに部屋を出て行った。
一人になった部屋で、ディートフリートはウッツがそんなことをした意味をじっくりと考えてみる。
ディートフリートはハウアドル王国の第一王子で、王位継承権第一位の人間だ。弟のフローリアンが生まれたとはいえ、その差は十八歳である。フローリアンが成人して王となるまでに、ディートフリートも王に即位しなければならないだろう。
貴族が、王となる者と自分の娘との結婚を画策することは、言ってしまえばよくあることだ。ただ、ウッツはそのやり方が王や王子のご機嫌取りではなく、他の者の排除であるところに疑問を感じた。
だからシャインも、違和感を伝えてくれたのだろう。
つまり。
もしもこの勘が外れていなかったなら、ウッツは強硬手段に出ているということだ。
どこまでの強硬手段かはわかりかねるが、是が非でもゲルダを王妃にさせたいと考えていたとしたら、ずっと昔から婚約者と決められていたユリアーナをどうにかしなければいけなかったはずで──
そこまで考えると、ディートフリートは答えを導けた気がして、グッと手に力を込めた。




