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若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。  作者: 長岡更紗
第二章 男装王子の秘密の結婚 〜王子として育てられた娘と護衛騎士の、恋の行方〜

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088●フロー編●79.ここから

 フローリアンは、女装したとき以来の久々のスカートをひるがえした。


「どうかな」


 ラルスの前でくるりとまわって見せると、彼はメイベルティーネを抱いたまま目を細めた。


「似合ってます。めちゃくちゃかわいいですよ」


 ドレスではなく平民が着る普通のワンピースだが、それでも女としての装いができることが嬉しく、どこかくすぐったい。

 ラルスも騎士服ではなく私服を着ていて、いつもとは違う姿にどきどきとしてしまった。


「フロー、準備はできたかい」


 扉の向こうから現王であるディートフリート、それに補佐であるシャインと護衛であるルーゼンがやってきた。

 ユリアーナとリシェル、それにいつもは床に伏しているラウレンツも、エルネスティーネやヨハンナ、バルバラに支えられながら部屋へと入ってくる。


 フローリアンが女であることを兄に告げた日、父にも知らせた。やはり涙もろいラウレンツは、『気づいてやれなくてすまない』と涙を流してフローリアンとエルネスティーネに謝った。そして、フローリアンが退位して国を出ることに賛成してくれた。


「兄さま、準備はできました」

「そうか……どこに行くつもりなんだ?」


 そういうと、ラルスが一通の手紙を見せる。


「ここです。イグナーツ殿が俺宛に手紙をくれていて、俺たちもそこに行こうとフローリアン様と話し合いました」


 ツェツィーリアから直接フローリアンに手紙を送れないため、イグナーツがラルス宛に送ってくれた。住んでいる場所と状況を伝える手紙が届いたのは、昨日のこと。

 この手紙がなければ、どこか別の国へ行っていたことだろう。

 手紙を受け取ったディートフリートは、ツェツィーリアが住んでいる場所を確認して首肯した。


「オルターユ王国か。我が国とは友好的な芸術国だし、治安もさほど悪くない。いい選択だな」


 ディートフリートは手紙を返すと、真っ直ぐにラルスを見ている。


「フローをよろしく頼むよ、ラルス。どうか、幸せにしてやってほしい。私がこんなことを頼める義理ではないのだが……」

「大丈夫です、陛下。俺たちは一家三人、必ず幸せになりますから」

「ありがとう。みんなで幸せになってくれ」

「はい!」


 嬉しそうに笑うラルスと、少し涙を滲ませているディートフリートを見て、フローリアンも胸がいっぱいになってくる。

 目の前のエルネスティーネが二人の様子を見た後、視線がこちらへと動いて目が合った。優しくも悲しい瞳だ。


「フロー……今まで本当に、苦労をかけましたね……」

「母さま」

「私のせいで……本当にごめんなさい……」

「やめてください、母さま。母さまがたくさんの愛情をかけて育ててくださったこと、僕はわかっています。ずっとずっと、胸に罪悪感を抱いていたことも……」


 フローリアンはエルネスティーネの手を握った。老いた母の手は、それだけで今までの心労が伝わってくる。

 誰よりもフローリアンの幸せを願ってくれた母だったからこそ、罪悪感は雪のように積もっていたはずだ。

 そんな感情からはもう、解き放たれて欲しい。


「母さま……僕はラルスと幸せになるから……母さまも、幸せになってください」

「……フロー……!」


 その瞬間、エルネスティーネの目からぽろぽろと涙が流れ落ち始めた。

 母の涙を見たのは、五歳の時以来だったことを思い出す。

 きっと、泣かないと心に決めていたのだろう。悪者は自分だからと心に言い聞かせて。


「母さま……」

「ごめ、なさ、涙が……」

「泣いていいんですよ、母さま……これからは、たくさんたくさん、泣いてください……っ」


 そういうと、さらにエルネスティーネは涙を流しながら、フローリアンを抱きしめてくれる。


「フロー……フローラ……! どうか、どうか幸せになって……たくさん、幸せになるのよ……!」

「母さま……はい……はい、必ず!」


 いつの間にかフローリアンの目からも涙が溢れていて、エルネスティーネを抱きしめ返す。

 しばらくそうして泣いていると、父であるラウレンツがエルネスティーネの背中を撫でた。


「エルネス、そろそろ行かせてやれ」


 その言葉にエルネスティーネはフローリアンから離れると、ラウレンツの腕の中で泣いていた。

 家族と離れ離れになる苦しさは、フローリアンにも押し寄せてくる。


「フロー、気をつけてな。困ったことがあったら、いつでも連絡するんだぞ」

「ありがとうございます、父さま……父さまも、体を大事になさってください」

「ああ。お前も元気でな」

「はい」


 ぐしっと涙を拭きあげると、フローリアンはラウレンツに笑顔を見せた。ラウレンツもまた、優しく微笑んでくれているのを見て、ほっと息が漏れる。

 その隣に視線を動かすと、ヨハンナが感慨深そうにこちらを見ていた。


「ヨハンナ、今まで本当に世話になったね」


 フローリアンが声をかけると、ヨハンナは目を潤ませている。


「フローリアン様……ようございました……まさかこんな日がくるなんて……とても、とてもおきれいでございます……」

「ありがとう、ヨハンナ……これからも母さまをよろしく頼むよ」


 喉を詰まらせたように、ヨハンナはコクコクと頷いてくれる。

 そのさらに隣のバルバラが、目を細めてこちらを見ていた。


「バルバラにも、色々と気苦労をかけたね」

「もったいないお言葉でございます。どうぞ、お幸せになってください、フローリアン様。そしてツェツィーリアに会えたら、仲良くしてあげてくださいませ」

「もちろんだよ。きっとツェツィーはバルバラに会いたいだろうと思うよ。おばあちゃん子だったからね。イグナーツ名義で手紙を送るよう、伝えておくよ」


 そういうと、バルバラは「ありがとうございます」と瞳を滲ませた。

 そして最後に、フローリアンはディートフリートの両脇にいる赤髪と金髪の騎士へと目を向ける。


「ルーゼン」

「はっ!」

「これからも、兄さまの支えになってあげてくれ」

「承知しました」


 にっと笑うルーゼンにフローリアンも笑みを送ると、今度は逆側の騎士に視線を送る。


「シャイン」

「はっ」

「僕に仕えてくれてありがとう。シャインがいてくれて、本当によかった」

「身にあまるお言葉でございます」


 胸に手を当ててきれいに礼をするシャイン。その顔は穏やかに微笑まれていて、フローリアンはフフと声をあげた。


「やっぱりシャインとルーゼンは、兄さまの隣に立っているのが一番しっくりくるね」


 王であるディートフリートと、その両脇にはシャインとルーゼン。

 見慣れた三人の姿が、一番安心できる。


「兄さま、シャインとルーゼンを大切にしてくださいね。ユリアーナ姉さまと、リシェルのことも」

「ああ、もちろんだよ」

「ユリアーナ姉さま、兄さまをよろしくお願いします」

「はい。王妃として、精一杯お支えしていきますわ」


 ユリアーナの手の中のリシェルが、「だ、だ」と言って手を出しくれる。

 フローリアンはその姪の小さな手をそっと握って。


力強い支配者(リシェル)……いつか、その名に恥じぬ立派な女王となるんだよ」


 そう伝え終えると、フローリアンはラルスを見上げた。


「行こう、ラルス」

「はい」


 ラルスの優しい瞳を受け、改めて送り出してくれるみんなを見た。


「僕はこれから、女として生きていくよ。ラルスと、ベルと一緒に幸せになる。だから……」


 フローリアンは、口を大きく開けて笑った。

 もうすでに、幸せを強く噛み締めていたから。


「みんなも、自分らしく生きてね!」


 これからは、女として自分らしく生きていく。ラルスと、メイベルティーネと一緒に。


 フローリアンはみんなに見送られて、愛する夫と娘と共に城を出たのだった。



「ねぇ、ラルス」

「はい?」

「僕のわがまま、聞いてくれてありがとう!」


 フローリアンがそういうと、ラルスは目を細めて笑った。


 ──すべてが終わったら、僕をこの国から連れ出してくれる?


 あの日の約束を叶えてくれたラルスは、フローリアンの手をぎゅっと握ってくれたまま。

 一家三人はハウアドル王国をあとにした。


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ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


若破棄
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若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
この国の王が結婚した、その時には……
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政略ではあったが、二人はお互いを愛しみあって成長する。
しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
王族に犯罪者の身内を迎え入れるわけにはいかず、ディートフリートは婚約破棄せねばならなくなったのだった。

王都を追放されたユリアーナは、『待っていてほしい』というディートフリートの言葉を胸に、国境沿いで働き続けるのだった。

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

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ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
真実の愛だなんて、よく軽々しく言えたもんだ
エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
戦場で元婚約者のエレシアに似た女性と知り合い、今までの自分の行いを後悔していくクラッティだが……
果たして彼は、本当の真実の愛を見つけることができるのか。
キーワード: R15 王子 聖女 騎士 ざまぁ/ざまあ 愛/友情/成長 婚約破棄 男主人公 真実の愛 ざまぁされた側 シリアス/反省 笑いあり涙あり ポンコツ王子 長岡お気に入り作品
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そんな方はこちらから願い下げです!
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急いで帰ろうとしていたら、馬車が壊れて踏んだり蹴ったり。
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どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

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キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
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