071●フロー編●62.明日
外では剣戟の音が聞こえ始めている。人の断末魔のような声が上がると、フローリアンとツェツィーリアは子どもを抱きしめたまま身を寄せ合った。
シャインが信用のおける数名を、一つ目の扉の前に、その中でも手練れの者を二つ目の扉の前に配置していてくれている。
シャインの報告によると、ラウレンツとエルネスティーネは別の緊急避難部屋にいて、無事だということだ。そちらにも信用のおける騎士を配備してくれた。
頑強な石造りの城なので矢や投石はほぼ無効であるし、火攻めもそれほど効果はない。それだけが救いと言えようか。
昼が過ぎてラルスに食事を促されるが、食べ物が喉を通っていかない。それでも体力勝負になりますからとラルスに言われ、フローリアンたちはなんとか食事を少しとった。
しばらくすると、敵がなだれ込んできたのか、それとも中にいる誰かが裏切ったのか。王城の中と思われる場所で、怒号と悲鳴が上がり始めた。
どういう状況なのかわからないまま夜は更けて、外も城内も静かになったところでシャインが報告にくる。
抗争はこちら側が有利であったが、途中で内部の騎士が裏切り混乱状態になったようだ。結局は裏切り者を取り押さえて粛清をしたとのことだった。
現在の結果としては組織側を押さえ込むことができていて、今は睨み合いが続いている状況らしい。
「おそらく、明日は今日よりも激しい抗争となるでしょう。この話が国中に伝われば……クーデターに賛同するものが、この城に押しかけてきます」
今日よりも明日、明日よりも明後日、時間が経てば経つほどにフローリアンたちが不利になる。
心臓がバクバクしているのが、自分でもわかるくらいに鳴っていた。
「鎮圧は、無理そうか?」
フローリアンは、ぐっと拳を握り締めながら、シャインに目を向けた。
もしも無理なら、悔しいが、これ以上無闇に死傷者を出す前に、自分の首を差し出す方がいいのかもしれない。
「ダメですからね!!」
フローリアン表情の変化で心を読み取ったのか、ラルスがいきなり大きな声を上げる。
「ラルス……」
「フローリアン様は、命にかえても俺が守りますから」
真剣な瞳でそう言うラルス。フローリアンは思わずそんなことを言うラルスの頬を、ぎゅっとつねった。
「なにをすふんでふか、ふろーひあんはま」
「命に代えてもなんてことは言うな! 僕は……僕だけが生き残るなんてことは、いやだからね! よく覚えておいてよ!」
そう言い終えて手を離すと、ラルスは自分の頬をさすりながら苦笑いしている。そんなラルスにフローリアンはキッと目を向けた。
「僕も最後まで諦めない。僕が諦めてしまえば、この国の女性の立場はずっと変わらないんだから」
そう言って、ここにいる一人一人の顔を順に見る。
王の意向ひとつで、みんなを巻き添えにすることを申し訳なく思った。
それでも、とフローリアンは自分の意思を言葉に出す。
「戦おう。最後まで」
そう宣言すると、ラルス、シャイン、ツェツィーリアは跪いて。
「「「命運は、王と共に」」」
妻であるツェツィーリアと、騎士たちの誓い。
三人の決意に胸が熱くなると同時に、たくさんの命を奪うことになるであろうこの決断は、フローリアンの心にずっしりと重くのしかかる。
「陛下。夜の間に動くことはないとは言い切れませんが、私ども騎士にお任せしてゆっくりお眠りください」
眉間に力を入れていたフローリアンに、シャインがそう言ってくれた。
穏やかな微笑みを見せているシャインだが、やはりその顔は疲れている。
「シャインも、休める時には休んでくれ」
「ありがたきお言葉、痛み入ります。」
粛清したというシャインは、おそらく同僚であった騎士を斬ったのだろう。裏切りは死だということを示すためにも必要な措置だったのだろうが、シャインの心労は計り知れない。
シャインが出ていくと、フローリアンとツェツィーリアはベッドに座った。子どもたちも同じベッドですやすやと眠っている。
ラルスは旅をしていた時のように椅子を扉の前に置いて、そこに座っていた。
「長い一日だったね……」
フローリアンがぽそりとそういうと、ラルスもツェツィーリアもこくりと頷く。
「イグナーツ様は……無事に出られたのでしょうか……」
いつもは気丈なツェツィーリアが、不安そうに言葉を口にした。
「……大丈夫だよ、きっと」
「そうですわよね……」
「うん……だから、僕たちも寝られるうちに寝ておこう」
二人で布団の中に入ると、フローリアンは顔だけをラルスの方に向ける。
「ラルスも、鍵を掛けているんだから、無理しないで寝るんだよ」
「ありがとうございます。大丈夫ですよ。俺のことは気にせずゆっくり休んでください」
「うん……おやすみ、ラルス」
「おやすみなさい、フローリアン様」
こんな状況下でも、ラルスはいつもと変わらない笑みであることにほっとする。フローリアンはラルスのその優しい顔を見ながら、夢の中に落ちていった。




