007●フロー編●05.シャインの思惑
ラルスとは良い関係を築けていると言えた。
今までにないタイプの護衛騎士。
喜怒哀楽がはっきりしていて、心のままに声を発してしまうのが、ラルスという男だ。
フローリアンが勉強していなくても、うるさいことはなにも言ってこない。けれど疲れている時には必ず声を掛けてくれ、同じテーブルで一緒に紅茶を飲んでくれる。
(ふふっ。まさか、まずい紅茶を飲みたいと思うようになるなんてね)
ラルスが淹れるお茶を一緒に飲みたい……そう思う日が来るなんて、一体誰が想像しただろうか。
彼と話をしているだけで、目の前が開かれるような新しい発見がいくつもできた。本当に不思議な男だとフローリアンは思う。
いつの間にか、ツェツィーリアと話をするのと同じくらい、楽しい時間となっていた。
ある日、ラルスを連れて廊下を歩いていると、兄の護衛騎士であるシャインが一人で向かい側から歩いてくる。
いつも忙しくしているシャインだが、フローリアンに気づくと立ち止まり、丁寧に頭を下げて挨拶してくれる。
そこでフローリアンは疑問に思っていたことを口に出した。
「なぁシャイン。どうして僕の護衛騎士にラルスを推薦したんだ?」
「あ、それ、俺も聞きたかったんです!」
後ろに控えていたラルスが声を上げる。こう言ってはなんだが、ラルスには王族の護衛など務まらないと、誰しもが思っていることだろう。
なのに、護衛騎士として、そして監視役としても家臣としても超有能なシャインが、どうしてラルスを推したのかが理解できない。
フローリアンの問いに、シャインは「そうですね」とにっこり笑った。
「フローリアン様と王家のためには、彼のような人物が必要だと思ったのです」
「……こいつが?」
「殿下、その言い草はないですよー!」
「あはは、ごめんごめん」
シャインはそんなやりとりするフローリアンとラルスを見て、端正な顔立ちをほころばせている。おそらくなんらかの意図があってのことだとは思うが、それがなにかはわからなかった。
「どうしてラルスが王家に必要だと?」
「いえ、まだ確定ではありませんので、殿下はあまりお気になさらず。それでは失礼いたします」
シャインはフローリアンに礼をして去っていく。どうにも釈然としないが、直接聞いてもダメならもう教えてはくれないだろう。
「やっぱり俺に光るものが……!」
「だから違うって」
フローリアンとラルスは、顔を見合わせるとプッと笑った。
こんな風に小気味良く会話を交わせる相手がいるのが、心地よくて。
ラルスが来てからよく笑うようになったと、フローリアンは自分でも感じていた。
それにしても、王族や貴族というのは面倒なものだとフローリアンは息を吐く。
何枚もの招待状を前に、無視できればどれだけ楽だろうかと思うが、そうもいかない。
貴族は十五歳にもなると、社交界に出席しなければならないのだ。王子という身分であるフローリアンにも招待状がくるのは当然の話であった。
今度はツェツィーリアのお目当てであるイグナーツの父親が主催する舞踏会があり、そこに出席しなければならないことになっている。
ツェツィーリアも招待されていて、彼女は浮かれっぱなしだった。遊びに来てくれた彼女と、いつもと同じように部屋の端でこそこそとお話をする。
「イグナーツ様は、誰と踊られるのかしら」
ほうっと息をつく姿はまさに恋する乙女だ。フローリアンは思わず笑みを漏らした。
「そりゃ、ツェツィーに決まっているよ。絶対イグナーツもツェツィーのことが好きだって!」
「そ、そうでしょうか? フロー様にそう言われると、期待してしまいますわ」
胸に手を当てて、嬉しそうに微笑むツェツィーリア。彼女の高揚が、フローリアンにまで届いてきそうなほどに喜んでいるのがわかる。
対するフローリアンは、薄い唇から重く滞る息を吐き出した。
「僕は気が重いよ……誰とも踊りたくないな」
フローリアンは婚約者がいてもおかしくはない年齢だ。だから余計に目の色を変えた令嬢たちが、フローリアンを狙ってくる。
そんな彼女たちを騙すのも申し訳なかったし、単純に女の子が迫ってくるのは気持ち悪かった。男なら良いかと言われると、そうでもなかったが。
「大丈夫、わたくしがいますわ! わたくしとなら、楽しく踊れますでしょう?」
「え? でもツェツィーはイグナーツと……」
「誘ってくださるかどうかは、わかりませんもの。それに踊れたとしても、続けて何曲も踊ることはあり得ませんし。必ずフロー様のところに行きますわね」
「うん……ありがとう、ツェツィー」
にこっと微笑んでくれるその顔は、まさに天使。
(ツェツィーと結ばれるであろうイグナーツは果報者だな)
実際に結ばれるかどうかわからないが、家柄的にも問題はないし、うまくいくのではないかと勝手に信じている。
ツェツィーリアの腕に光るアパタイトのブレスレットは、イグナーツとの絆を強めて、幸せになれる象徴のように感じた。
(なにか障害があっても、僕の方で後押ししてあげれば、きっと二人は結婚できるよね)
せめて、ツェツィーリアだけでも幸せになって欲しい。自分の分まで。
女であることを隠して生きている以上、本当の幸せなんて手に入れられるはずがないのだから。
フローリアンは舞踏会を想像してそわそわしている可愛らしい親友を見て、心からそう思っていた。




