069●フロー編●60.狙われる命
女性の地位向上の政策を始めて、一年が過ぎた。
メイベルティーネとリーゼロッテは一歳の誕生日を迎えていて、トテトテと危なっかしく歩いて動き回っている。
子どもの成長と同じくらい、政策もうまく進んでくれればいいのだが、こちらはなかなかに難しい。
根気よく、諦めずに進めてはいるが、お互いに譲らず一触即発になる場面も増えてきた。一度取り下げるべきかとも思うが、ここまできてという思いがどうしてもある。
もう一歩のところまではきているのだ。今進めている政策さえ通してしまえば、女性が生きやすくなる国に変わる、きっかけになる。
フローリアンがどうにかその政策を通そうと奮闘していた、ある日のことだった。
「なにか、外が騒がしくありませんこと?」
朝食を終えて少しの時間だけ子どもたちと戯れていると、ツェツィーリアが外の喧騒に気付いてそう言った。
「本当だ。確かになにか声が……」
近くに控えていたラルスが、急いで窓の外の様子を確認している。
「これは……暴動?!」
「え!!?」
「窓際には来ないでください!」
ラルスに制され、近づこうとした足をフローリアンは止めた。
男たちの荒ぶる声と暴動という響きに、心臓がバクバクと鳴り始める。
「どうして暴動なんか……」
「フロー様……」
いつも気丈なツェツィーリアも、さすがに不安そうにリーゼロッテを抱きしめている。
「まだ状況がわかりません。廊下を見て移動できそうなら、緊急事態に備えた部屋へ移動します。王はベルを抱いてください」
「うんっ」
フローリアンは歩き回っていたメイベルティーネを捕まえると、ラルスの指示に従った。
幸い、休憩していた部屋と緊急避難用に作られた部屋は近く、スムーズに移動することができた。
部屋に入るとすぐに鍵を掛け、その奥にある二つ目の扉に入るとまたすぐに鍵を掛ける。
「すぐに報告が上がってくると思います。状況がわかるまではここにいてください。信頼のできる騎士でここの警備を固めます。俺が出たら鍵を閉めて、他の誰がきても開けないでください」
「わかった」
フローリアンはメイベルティーネをぎゅっと抱きしめながら頷いた。
きっと、これは念のための措置だ。暴動なんてすぐに鎮圧してすぐに平穏が訪れるはず。
そう思いながらも、不安で打ち鳴らされる心臓の音は大きくなる。
「では行ってきま……」
「陛下!!」
ラルスが出た時、シャインの声が聞こえてきた。「ここです!」とラルスが誘導すると、シャインが部屋に走り込んできて、肩を揺らしながら息を飲んでいる。
「なにがあった、シャイン! 外はどうなっている!? 暴動は鎮圧できそうか?!」
その問いに、シャインは首を上げて答えた。
「陛下……これは暴動ではありません……クーデターです!」
「……え?」
クーデターという響きに、ひゅっと息が止まる。
単なる暴動ではなかったことに、目の前が真っ黒にも真っ白にもなった。
「どう、して……」
「陛下の政策を許容しきれないものが結託し、組織されたものかと」
「僕の政策って……女性の地位向上の?!」
グッと目を瞑りながら悔しげに頷くシャイン。
女性の権利を認めたくない連中が組織し、すべての実権を掌握するためにクーデターまで起こす。
デモですらなく、いきなりのクーデターなどとは、フローリアンとしても納得いかない。
「この政策はこれからの世に必須だ! こんなことでクーデターを起こし成功させても、時代が巻き戻るだけでしかない!」
「わかっております。これは革命とは真逆に位置するクーデター。必ず鎮圧しなければなりません。しかし恥ずかしながら、騎士の一部に彼らに与する者が出ております」
それを聞いて、フローリアンの血の気は引いていった。これは簡単に鎮圧できる状況にはならない。
騎士の大多数は男だ。政策に不満を持っていた者が、あちら側に一気に寝返ってしまう可能性も十分にある。
「僕の……僕たちの政策は、そんなにだめなものだったか!?」
「いいえ、どれも素晴らしいものでした。ただ、素晴らしすぎただけです」
シャインの言葉に、絶望すら覚えた。
女性に権利を。ただ、それだけだったというのに。
自由に働けるように。
差別されることのないように。
好きでもない者のところへ、嫁がされることのないように。
女だからと、すべてを諦める必要のないようにと。
「すでに抗争は起きております。今政策を取り下げたところで、止まりはしないでしょう。目的はすでに、実権を奪い取ること……すなわち、陛下の命を狙うことに変わっております」
そう言われた瞬間、腕に力を入れすぎて、メイベルティーネが泣き始めた。
隣から手が差し出され、ラルスが代わりに娘を抱いてくれる。
「陛下が取られる道は、ふたつございます。組織と徹底抗戦するか、実権をすべて譲渡し、この世からラウツェニング家を断絶させるか」
どちらかを選べとばかりに提示された、ふたつの道。
実権をすべて渡した場合、命までは取られることはないだろう。地位がなくなるとはいえ、両親やツェツィーリアや子どもたちを害されるようなことはならないはずだ。
ちらりとツェツィーリアを見ると、彼女はにっこりと笑った。
「大丈夫ですわ、フロー様。わたくしたちのことなどお気になさらず、フロー様の思う通りになさってくださいませ。このツェツィーリア、覚悟は決まっておりますわ」
妻の鑑であるツェツィーリアの発言に、フローリアンは自信と勇気をもらって頷く。
「徹底抗戦する。必ず、鎮圧してくれ!」
「はっ!」
シャインは胸に拳を当てて敬礼し、フローリアンの身も引き締まった。




