068●フロー編●59.未来の王は
議会には、フローリアンの要望通り、三名の女性が入ることとなった。
フローリアンを入れれば、実質四人だ。もちろん男性の方が圧倒的に多かったが、この集められた三名の女性は本当に有能だった。さすがはシャインの人選というべきか。
一人はシャインの娘のドリスで、その聡明さにさすがシャインの娘だと納得した。
フローリアンがその女性たちの後押しをすると、次々に政策を打ち出してくれていた。結局はそのほぼすべてを却下されていて、フローリアン含め悔しい思いをしたのだが。
そんなある日のこと。
フローリアンの部屋に集まり、ラルスとシャインで今後のことを相談していると、部屋がノックされた。
ラルスが出てくれて、扉を閉めた途端に彼は振り返った。
「手紙ですよ、王! ディートフリート様からです!」
「え、本当?!」
ラルスが駆け寄ってきて手紙を渡してくれる。それを受け取り開封すると、ラルスが後ろから覗き込んできた。
「なんて書いてあるんですか?」
「ラルス、陛下の手紙を閲覧するのは感心しませんね」
ラルスはシャインにそう叱られていて、相変わらずだなぁとフローリアンは笑いながら手紙に目を走らせる。
「わ、兄さまたちに子どもが生まれたって!」
「本当ですか?!」
妊娠の連絡はあったのだが、ユリアーナの年齢のこともあってずっと心配していたのだ。
無事に生まれて元気だということ、子どもは女の子でリシェルと名づけたということが書かれてある。
「兄さまのところも女の子だったって!」
シャインに向けてそういうと、シャインは穏やかな目を少し滲ませているようだった。
妊娠したことを一番喜んでいたのもシャインだったし、逆に一番心配していたのも彼だった。
「シャイン……エルベスの町に行ってくるかい? 兄さまや、リシェルにも会いたいだろう?」
しかし、フローリアンがそう言うも、シャインは首を横に振る。
「いえ、今は大事な時ですから。それに陛下とラルスも、メイベルティーネ様とずっと離れているというのに、私だけ会いにいくわけには参りません」
メイベルティーネの名前を出されると、フローリアンの心はぎゅっと詰まったようになった。
会いに行きたいが、今は私用で王都を離れられる状況ではない。
フローリアンとラルスは、我が子に思いを馳せながら、会える日をじっと待つしかなかった。
***
女性の地位向上のための政策は、少しずつではあるが進んでいた。
シャインに「ゆっくりと、ゆっくりとですよ」と、耳にタコができるくらいに言われながら。
そんな中、ようやくツェツィーリアたちが王都へと帰ってきた。愛するメイベルティーネを連れて。
愛しい娘は、たった三ヶ月で見違えるほど大きくなっていた。
むちりと肉のついた手足、ほっぺ、ぱっちりと開いた瞳。どこを見ても触ってもかわいいくてたまらない。
ツェツィーリアはすっかり母親の顔をしていて、柔らかい雰囲気となっている。
「ベルの面倒を見てくれてありがとう、ツェツィー。大変だっただろう?」
「大丈夫ですわ。侍女がおりましたもの」
人前では父親として振る舞わなければいけないフローリアンだったが、ツェツィーリアとの寝室でだけは別だ。
ラルスとイグナーツを部屋に入れ、メイベルティーネとリーゼロッテを加えての六人で、二家族そろってのゆったりした時を過ごす。
この時間だけはラルスもイグナーツも娘を触りたい放題で、二人とも目尻が垂れ下がっていた。そんな姿を見ると、フローリアンもほっとして心が温かくなる。
別荘にいた頃のようにとはいかないが、それでも十分幸せを感じた。ずっと母親でいられないことへの寂しさはあったが、思ったほどにはつらくはなかった。
眠る時間がくると、寝室の奥にあるフローリアン専用の部屋に移動する。ラルスとメイベルティーネ、三人の時間が紡げるのだ。ツェツィーリアたちも隣の部屋で家族水入らずの時間を過ごしている。
プライベートルームはさながら小さな家のようで、フローリアンはほっと息を吐き出した。
「ベルが元気に育ってくれいて、よかったですね。フローラ」
「うん……」
メイベルティーネのふにふにゃ言っている寝顔を見ていると、自然と笑みが漏れる。と同時に、この子の未来はどうなるのだろうかと思うと、胸が締め付けられる。
「ラルス。僕は将来、ベルを女王にするかもしれない」
「……はい」
ラルスも、フローリアンが女性の地位向上の政策を進めようとしているのは知っている。
それは、ゆくゆく女にも王位継承権を与えるためであることも、理解してくれている。
もし今後も女児しか生まれなければ、王位を継ぐのは……このメイベルティーネになるだろう。
「娘が女王になるかもしれないって……ラルスは嫌かな……」
「いいえ?」
申し訳ないと思いながら言った言葉は、ラルスにあっさりと否定された。
「嫌じゃないのか?」
「嫌っていうか……フローラと子どもを作るなら、そのうちの誰かが王になるんだろうなとは思ってましたし。なにより俺の嫁さんは、すでに王ですからね!」
にこっと笑われて、それもそうかとフローリアンも笑う。ラルスはもう、覚悟などとっくの昔にできているのだろう。
「もしベルが王になったら、この国初の女王が誕生するね」
「そうですね。フローラは、男だと思われてますし」
メイベルティーネが女王となったとき、女だからということでなにか言われたり、大変な思いはさせたくない。
やはり今の仕事は、土台をしっかり作っていくことだとフローリアンは確信を深めた。
女王が誕生したとき、祝福される世であるように。
「僕、ベルのためにがんばるからね」
愛しい我が子を見つめながらそう呟き、次にラルスを見上げる。
「フローラはいつでもがんばっていますよ」
そう目を細めて言ってくれたラルスに、フローリアンは甘えるように抱きついた。
「うん……ありがとう、ラルス」
優しく抱きしめられたフローリアンは、ゆっくりと降りてきた唇を受け入れていた。




