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若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。  作者: 長岡更紗
第二章 男装王子の秘密の結婚 〜王子として育てられた娘と護衛騎士の、恋の行方〜

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064●フロー編●57.夢

 出産が終わって二週間が経った。

 この別荘地に来て、五ヶ月だ。


「ラルス……髪を切ってもらえるかな」


 フローリアンは明日、ラルスと共に王都に帰らなければならない。

 ここに来た五ヶ月間、一度も切らずに伸ばしていて、セミロングと言えるまでになっていた。


「……このまま伸ばしても、いいんじゃないですか」


 ラルスがフローリアンの髪に触れながら、悲しそうに眉を下げる。


「だめだよ」

「でも、伸ばしたいんですよね? 男で伸ばしている人もいますし、別にフローラが伸ばしても……」

「なにがきっかけで女とバレるかわからないんだ。たかが髪のことでそんな危険をおかすわけにはいかないよ」


 フローリアンの言葉に、ラルスはそれ以上なにも言わずに鋏を持ってきてくれた。


「……切りますね」

「うん」


 シャキンと音がして、髪が床に散らばる。

 髪くらい切ってたところで、いくらだって生えてくる。ただ、伸ばせないだけで。


「……できましたよ」

「ありがとう、ラルス。スッキリしたよ」


 フローリアンがそう言っても、ラルスの顔は晴れていなかった。


「ごめんね。やっぱり髪の長い女の人の方が、好みだよね」

「俺は、フローラがどんな髪型をしていても変わらずすきですよ。ただ、フローラの願う通りの髪型でないことが、悲しいんです」

「ありがと。でも僕、この程度の我慢は慣れてるんだ。大丈夫だよ」


 そう、この程度なら我慢できる。我慢できないのは、もっと他のこと。


「明日、ここを出なきゃいけないね」

「……そうですね」


 病気療養と称して、五ヶ月も王が不在だったのだ。シャインから逐一報告が入り、すべて確認はしているが、王が不在の状況ももう限界だろう。一刻も早く戻らなければいけない。


「しばらく、ベルと会えないのがつらいよ……」


 ベビーベッドですやすやと眠っているメイベルティーネを見ると、ほろりと涙が溢れてくる。

 生まれたての子どもを連れて長時間の移動はさせられない。首が座る生後三ヶ月くらいになるまでは、ここでツェツィーリアたちが面倒を見てくれることになっている。


「僕はベルの母親なのに……一緒にいてあげられない……」


 喉の奥がかすかに痙攣し始め、ラルスが悲しい瞳でフローラリアンの頬を撫でる。


「王都に帰れば、僕はベルの父親にならなきゃいけない……もう、母親だとは言えなくなっちゃうよ……」

「フローラ……」


 ラルスがぎゅっとフローリアンを抱きしめてくれる。つらいのは、フローリアンだけではない。ラルスも……いや、きっとラルスの方が上なのだ。


「ごめん……ラルスは、親ってことすら言えないのに……ベルと他人でいなくちゃならないのに……!!」

「それでも、俺がベルの父親で、フローラが母親だってことには変わりないです」

「だけど、言えないの、つらいよ……僕は、また、一生秘密を抱えて生きていかなきゃならない……僕だけじゃなく、ラルスまで……ごめ……ごめん……う、うわぁぁああああああ!!」

「フローラ!」


 ラルス胸の中で泣きじゃくると、メイベルティーネが目を覚ましてほやぁほやぁと声を上げ始めた。

 少し冷静になり、ラルスから離れると愛おしいメイベルティーネを撫でる。


「ごめん……取り乱しちゃった……一国の王とは思えない発言だったよね……」


 はは、と空笑いすると、ラルスは真っ直ぐフローリアンに視線を送っている。その顔がやたらと真剣で、フローリアンはどこかゾクリとした。


「三人で、どこか遠くに逃げませんか」


 そんなラルスの放った言葉は、フローリアンには予期できなかったもので。

 なにを言っているのかと、喉がひゅっと鳴る。


「逃げ出すなら、今日しかないです」

「……本気、なのか。ラルス」

「言ったじゃないですか。本当に嫌な時は、逃げちゃいましょうって」


 冗談の顔……ではなかった。ラルスは、真剣にそう言っている。フローリアンの心臓は変な音を立て鳴り始める。


「逃げて……どうするんだよ」

「どこか、遠くの国にいきましょう。俺、一生懸命働きますよ。どんな仕事でもします。だからフローラは、ベルと一緒に俺の帰りを待っていてください」


 そう言われると同時に、パァッとその光景が脳内に広がった。

 王都より小さくとも賑やかな町。この別荘よりもずっとずっと小さな家で、親子三人で暮らす。

 ラルスが行ってきますと言うと、フローリアンは娘と一緒に行ってらっしゃいのキスをして送り出す。そうしてラルスはにこやかにレジャーガイドの仕事に出かけていくのだ。

 フローリアンはメイベルティーネを外で遊ばせたり、同い年の子どもを持つ奥さんたちと話したり、買い物や夕食の準備をしてラルスを待つ。

 そして『ただいま』と帰ってくるラルスに抱きつき、キスをせがむ。ラルスは嬉しそうにキスしてくれた後、メイベルティーネを抱き上げて食卓につき、フローリアンのできそこないの料理を幸せそうに食べてくれる。


 いま、ここを逃げ出せば、そんな親子三人だけの生活が送れる。

 お金の面では、今より苦労するに違いない。

 けど、それでも、メイベルティーネの母親は自分なのだと堂々としていられる。ラルスにも、ちゃんと父親をさせてあげられる。

 そんな生活を送りたい。そしてラルスにもメイベルティーネにも、そうさせてあげたい。

 そう思うと、ほろりとフローリアン目から涙が溢れる。


「逃げ出したいよ……ラルス……! 家族三人……親子三人で、なにも隠さずに生きられるなら……!」


 なにもかもを捨てて、新しい人生を歩みたい。

 そんな思いが、涙と共に溢れ出ていた。


「行きましょう、フローラ。今日のうちにここを出ます」


 ラルスの真剣な瞳が、フローリアンを貫いた。

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ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
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キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


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ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
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― 新着の感想 ―
[良い点]  フローリアンをずっとそばで見て支えてきているラルスもフローリアンの本当の気持ちを考えると、そう言いたくなってしまったんでしょうね。  辛いところです。
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