057●フロー編●50.わがまま
「王が……フローリアン様が女で、嬉しいですよ。俺」
フローリアンの告白に、ラルスはいつもの優しい目尻でそう言った。
女で嬉しい……その言葉が、フローリアンにとってもなにより嬉しく、心に花が咲いたように優しい空気が流れる。
「……本当?」
「っていうか……すみません、実は俺、王が女だって知っていました」
「え、どうして!?」
フローリアンは女であることをひた隠し、最新の注意を払っていたはずだ。観察眼のするどいシャインならともかく、ラルスに気づかれるとは思えない。
「先王であるディートフリート様の結婚式に行ったことがありましたよね。その旅の最終日に、王が温泉に入ったの、覚えてますか?」
「覚えてるよ、人生で初めての温泉だったんだから。……え? まさか」
「すみません……覗いていました」
「うそぉ!!?」
フローリアンは立ち上がってラルスから距離をとる。今はしっかり服を着ているというのに、思わず両手で胸を隠した。
「見たの?! 僕の! 裸を!!」
「違うんです!! 覗いておいてなんですけど、覗こうと思ったわけじゃ!」
「でも、見たんだよね?!」
「み、見ました……すみません」
しょぼんと肩を落とすラルス。覗くつもりじゃなく覗いたなど、意味がわからないが、おそらく悪気はなかったのだろう。
それでも、ラルスに肌を晒していたのだと思うと、羞恥だけでなく憤りが湧いてくる。なにより、ラルスは忘れることができない記憶力を持っているのだ。
自分の裸をいつでも思い出せるのだと思うと、むっと口を尖らせた。
「僕の裸だけ見てるなんてずるい。ラルスも見せてよ」
「今ですか?」
「今!」
フローリアンの無茶な要求に、ラルスはベッドから立ち上がって紺色の騎士服に手をかけている。
ラルスは臆することなくするするとボタンを外すと、服を取り払った。しっかりと筋肉のついた上裸が姿を現して、フローリアンは慌てて顔を背ける。
「見るんじゃなかったんですか?」
「み、み、見るよ……っ」
ちら、ちら、と確認しながら、少しずつ視線をまっすぐに向けていく。
隠すものを剥ぎ取られた上半身は、主張するようにフローリアンの前に存在していた。
「すごいね、筋肉……僕とぜんぜん違う」
「そりゃあ俺は男で、王は女ですから」
「触っても……いい?」
「いいですよ」
許可を得たフローリアンは、そっと手を伸ばす。
硬い筋肉。ラルスの腹筋の溝をなぞるように触れていくと、ラルスの体がピクリと動いた。
「あ、ごめんっ」
「いえ、大丈夫です」
護衛騎士の鍛えられた体はきれいだ。恥ずかしかったのは最初だけで、いつまでも見ていたくなってしまう。
「どうしよ……どきどきする……ラルスも僕の裸を見た時、どきどきした?」
「もちろん、めちゃくちゃどきどきしましたよ。混乱もしましたけど、どきどきして……そしてほっとしました」
「ほっと?」
お腹の筋肉から顔に視線を移動させると、ラルスは真剣な表情でフローリアンを見ている。
「フローリアン様が女だとわかる前から、この気持ちがあったんです。ふとした仕草や、気遣いや、いつも一生懸命なところ。そして俺に楽しそうに笑いかけてくれる姿に、とっくに惚れてました」
すきになったところを嬉しそうに挙げてくれるラルスを見ると、フローリアンの胸はきゅんと音を立てる。そんな風に見てくれていたことが、嬉しくてたまらない。
「だから、王が女だとわかった瞬間は嬉しかったですよ。そこからはもう、自分の気持ちを抑えきれませんでした」
「ラルス……」
嬉しかったいうことは、やはりラルスはノーマルだったのだろうか。だとすると、フローリアンが男だと思っていた間は、葛藤があったに違いない。
少し恥ずかしそうに笑うラルスを見ると、抱きつきたくなった。けれどまだだと、フローリアンはその腹筋から手を離す。
「僕は今からわがままをいう。ラルスの気持ちを利用した、今までで一番のわがままだ。だから、嫌なら断るという約束を忘れないでほしい」
「はい。大丈夫です、安心して話してください」
ラルスのしっかりとした語調に、彼がどんな答えを出しても受け入れると決めてから──フローリアンは話し始めた。
「僕は、女だけどこの国の王だ。女に継承権がない国で、僕が女だということを誰にも知られるわけにはいかない。知られれば、僕を男として育てた母さまが糾弾を受けることとなり、僕自身もどうなるかわからなくなる。つまりは、王家の存続自体が難しくなる」
「はい」
「だから僕は、これからも男として生きていかなきゃならない。けど……僕は女だから、ツェツィーリアに子を産ませることはできない」
これにもラルスはコクリと頷いてくれる。ここまで来たなら、もうなにを言われるかわかっているだろうか。
「最初は、ツェツィーリアとイグナーツの子を僕の子どもとして、王家の人間として育てようと思っていたんだ……だけど、母さまに反対された。王家の血を引かない者に継がせることはできない、と」
ごくん、とフローリアンは乾いた喉を潤そうとする。しかしそれも、口を開いた瞬間に乾いてしまう。
「僕が……産むしかないんだ。王家を存続させるには、僕が産むしか……」
「王……」
同情心の見えるラルスにこんなことを頼むのは忍びない。
すきだと言ってはくれているが、それとこれとでは話が違う。
「僕を……抱いてほしいんだ」
胸が、痛い。
ラルスを種馬のように言わなくてはいけないことが、心苦しい。
「もしも子どもができても、ラルスは父親だとは名乗れない。子どもにも周りにも、隠して生きていかなきゃならない。多分それは、とても……つらいことだと思う。だから」
ラルスが断っても罪悪感を持たないように、フローリアンは笑って。
「いいよ。断ってくれても」
そう、伝えた。




