056●フロー編●49.決心
ツェツィーリアが寝室から出て行くのを、フローリアンは部屋の中から見送った。
イグナーツの部屋まではシャインが見回りを担当してくれている手筈で、誰にも気づかれないように彼の部屋までたどり着けるようにしてくれている。
フローリアンはツェツィーリアがいなくなった寝室で、ベッドの上に腰掛けてドキドキと高鳴る胸を押さえた。
女だと打ち明けたとき、ラルスはどんな顔をするのだろうか。
喜んでくれるのか、それとも残念そうな顔をされてしまうのか。
(恋人がいたんだから、女でも大丈夫ってことだよね? 前に会ったウェイトレスは女の人だったし……あれ? でもあの時、恋人って断定してなかった気が……)
彼女とは言っていたが、『彼女』が女ではなく、男の可能性だってある。
考えれば考えるほど、実はラルスは男が好きだったのではないかと不安になってきた。
ツェツィーリアと一緒に今夜結ばれようと約束しておいて、自分はしてもらえませんでした、では申しわけが立たない。
(どうしよう、怖くなってきた……っ!)
結ばれるにしても結ばれないにしても、結局はどっちも怖い。
ベッドから立ち上がってそわそわと歩いていると、コンコンと扉が鳴った。
「王、ラルスです」
「う、うん、ちょっと待って!」
わたわたと髪の毛を手櫛でとき、身なりはおかしくないかを確認する。
いつもなら入室の許可を下すだけだが、この日ばかりはフローリアン自身が扉を開けて彼を迎えた。
「ど、どうぞ、ラルス」
「……王みずから、ありがとうございます」
普段とは違うフローリアンの行動に少し驚いたようにそう言って、ラルスは部屋へと足を進めた。
「ツェツィーリア様は?」
「イグナーツのところに行かせたよ。朝まで、帰ってこない」
大人なラルスは、その意味を理解しただろうか。特に表情は変わらず、こくりと頷いていたが。
「今日は、俺の気持ちに王が返事をくれるんですよね」
「うん。それだけじゃなく、僕の話も色々と聞いてほしい」
「わかりました」
「そこ、座ってくれ」
フローリアンが促したのは、椅子ではなくベッドの上。今夜結ばれる覚悟が、フローリアンにはできているのだ。ラルスがその気になってくれるのならば、だが。
ラルスはベッドに腰掛けられるように促され、一瞬だけ躊躇したものの、言われるままに座ってくれた。
フローリアンは座らずに、ラルスの前に立つ。
「……王は座らないんですか?」
「少し話をしてから座るよ。ラルスはそのままでいてくれ」
「はい」
必死に虚勢を張ってみるが、胸は今にもはち切れそうだ。どこからなにをどう伝えようかと思案してしまう。
「王、落ち着いてください。ゆっくりでいいですよ。俺、待ちますから」
「……うん」
ゆったりとした声と優しい笑顔にほっと息を吐く。そしてようやくフローリアンは視線をラルスに落とした。
「ラルスの告白、嬉しかったよ。ありがとう」
まずはそう伝えると、ラルスは照れ臭そうに笑っている。
「人に告白するって多分、一大決心だよね。特に僕は王だし、結婚してるし、ラルスは護衛騎士だし、普通は言わないよ」
「はは、すみません」
「まぁそういうところがラルスらしいけど」
「まさか、今日はクビの通告です?」
「それはないから安心していいよ。でも」
「でも?」
言葉を詰まらせると、ラルスが先を促してくれる。
「……ラルスにお願いをしたいんだ。だけど、嫌なときは王の願いだからって無理して聞く必要はない。断ってくれればいい。それだけ、約束して」
「わかりました」
ラルスは良くも悪くもまっすぐな男だ。約束さえしてくれれば、きっと己の心に従ってくれるだろう。
「僕がラルスと出会ったのは、もう七年も前になるね」
そう言いながら、フローリアンはラルスの隣に座った。
あの頃は恋なんて知らなかった。ツェツィーリアの様子で、恋とはどういうものかを知ってはいたが。
「違いますよ、王。最初の最初は、十一年前です」
「あは、そうだったね」
ラルスとの運命の出会い。それをラルスはちゃんと覚えてくれていことに、心は温かくなる。
「僕はさ、ラルスが護衛騎士になったとき、変な騎士が来たなぁって思ってたんだ」
「え、俺、そんなに変でしたか?!」
「うん。めちゃくちゃな護衛騎士だったよ。軽いし、どこかおまぬけだし、勉強しろって言わないし」
「勉強しろなんて言わなくても、王は十分やってたじゃないですか」
「そんな風に思ってくれているのが、僕は嬉しかったよ」
そう思うと、最初から惹かれていたのかもしれない。変な護衛だったが、いつも緊張をほぐしてくれる大切な存在だった。
「なのに僕は……ずっとラルスに隠していたことがあるんだ」
心臓がドクドクと鳴る。ラルスを見上げると目が合い、フローリアンは一度ぐっと唇を引き締めた後で、言葉を放った。
「信じられないかもしれないけど、僕……女なんだ……!」
言った。言ってしまった。どういう反応が返ってくるのかわからず、怖い。
「今まで騙してしまっていたこと、許してほしい……ごめん、ラルス」
誠心誠意、フローリアンはラルスに謝った。ずっと隠していたということは、信用がないと取られても仕方のないことだ。
信用していないわけでは決してない。けれど、言ってしまえば秘密を知ったラルスを縛り付けることになりかねず、それが嫌だった。
「びっくり、した、よね……?」
フローリアンがおそるおそる話しかけると、ラルスはにっこりと笑っていた。




