055●フロー編●48.今宵、ふたりは
翌日のために、フローリアンとラルスはそうそうに休むことにする。
フローリアンはベッドの上で眠り、ラルスは椅子を扉の前に置いて座っていた。そこで眠るつもりだ。
ラルスの寝顔、見てみたいな……。
そんな風に思いながら彼を見ていたが、ありえないくらいに疲れた体は、容赦なく眠気を連れてきた。
「おやすみなさい、フローリアン様」
優しい顔と声を最後に、フローリアンはぷつんと意識を途切れさせた。
翌朝、気がつくとラルスに背負われて、ものすごい速さで山を飛ぶように降りていた。
麓まで来ると、近くの町で軽い朝食をとってから、馬車に乗せられて帰ってくる。王城に着いたときはギリギリだったが、なんとか仕事に穴を空けずに済んでほっとした。
そして暇を見て、エルネスティーネとシャインに、ラルスを相手に選びたいということを告げた。ただし、断られたときは無理強いしたくはないとも付け足して。
エルネスティーネとシャインはそれに納得してくれた。
すべてを終わらせるともう夜で、寝室に行くとツェツィーリアが待っていた。
「今日も大変でしたわね、フロー様。大丈夫ですか?」
「ありがとうツェツィー、大丈夫だよ。それより、聞いてほしいことがあるんだ」
「わたくしも聞きたいことがたぁっくさんありますのよ? 昨晩は、ラルス様とふたりっきりでお過ごしになったのでしょう」
うふふと口元を隠しながら、楽しそうに笑っているツェツィーリア。もちろん、ちゃんと報告するつもりである。
少し恥ずかしかったが、フローリアンはもごもごと口を動かした。
「う、うん……実はね……僕、ラルスに告白されたんだ。あ、愛してるって」
「まぁ!! それはよかったですわ! フロー様!!」
ツェツィーリアは飛び上がるようにして喜んで、抱きついてくる。
「フロー様も、相思相愛だったのではありませんか!」
「そう、だったみたい」
ツェツィーリアに報告するのは照れたが、自分のこと以上に喜んでくれている姿を見ると、より喜びが込み上げてくる。
「あら? けれど、ラルス様にはフロー様が女であることを言ってましたの?」
「言ってないよ。まだ僕が女だって知らないと思う」
「……男色家ですの?」
「わからない……だとしたら僕が女だと知らせたら、興味なくなっちゃうのかな……」
その可能性を考えてなかったフローリアンは、さぁっと血の気が引いていった。
「大丈夫ですわ! きっとどっちもいけるクチですわよ、きっと!」
「そ、そうだよね……?」
「ということは、フロー様は、ラルス様に女である事実をお伝えするつもりなのですわね?」
「うん……それとね」
さっき引いたはずの血の気が、一気に顔に集まってくる。
「僕……に、妊娠、しなきゃいけなくて……」
いくら大親友のツェツィーリアでも、こんなことを話すのは恥ずかしい。けれど彼女は、優しい女神のような笑みを讃えたまま、こっくりと頷いてくれている。
「今夜、ラルスにお願いするつもりなんだ……っ」
そう告げた瞬間、ツェツィーリアの両手がふわりとフローリアンに巻きついた。優しい香りが鼻孔をくすぐり、その温かさにほっとする。
「よかった……本当によかったですわ、フロー様……」
「ま、まだわからないよ。断られるかもしれないし……」
「ラルス様なら、きっと大丈夫。フロー様のすべてを愛してくださいますわ」
抱擁を解いたツェツィーリアは、感極まったのかその目が潤んでいた。
「うん……ツェツィーも、長く待たせちゃったね。イグナーツとのこと」
そう言うと、ツェツィーリアの頬はほんのりと桃色づく。イグナーツが王城に来て、いつでも会えるようになったとは言っても、フローリアンの相手が決まるまではと二人の仲はまだ清いままだ。
「僕が先に妊娠して、ツェツィーリアには妊娠したフリをしてもらうこともできる。けどそれだと、またツェツィーを待たせてしまうことになるから……」
少しくらいなら平気だが、時期がずれると誤魔化しが難しくなる。だから。
「今夜、ツェツィーもイグナーツのところに行っておいでよ」
「フロー様……」
「そしてイグナーツに事情を全部話してほしい。僕が本当は女だということも、ツェツィーと同時期に子どもを産みたいということも」
「わたくしが言わなくてはいけないのですか? 恥ずかしすぎますわ!」
いつもは取り乱したりしないツェツィーリアも、さすがに顔を赤らめて頬を押さえてしまった。気持ちはもちろん、よくわかる。
「頼むよ、ツェツィー。もうすぐラルスが来る。僕がイグナーツのところにいって説明している暇はないんだ」
フローリアンは、そっとツェツィーリアの手を握った。
「行っておいで。そして、イグナーツと結ばれておいで」
しばらくじっとフローリアンの目を見つめてくれていたツェツィーリアは、コクリと頷いて。
「フロー様も、だいすきな殿方と結ばれてくださいませ」
にっこりと微笑み、そして扉から出て行った。
フローリアンはひとり、部屋で胸を高鳴らせながら愛する人を待つのだった。




