050●フロー編●43.結婚
「おめでとうございます!!」
「国王陛下、ばんざい!!」
婚礼の儀が終わり、王妃となったツェツィーリアとパレードが行われる。
馬車からツェツィーリアが美しい笑顔で手を振り、国民たちが熱狂した。
「ごめんね、ツェツィー。こんなことをさせて」
「あら、フロー様。わたくし結構楽しんでおりますのよ? こんな風に羨望の的になるなど、なかなかできない経験ですもの」
ふふっと微笑んでくれるツェツィーリアはかわいい。同性から見ても、抱きしめたくなってしまうほどに。
「ありがと、ツェツィー。末長くよろしくね」
「こちらこそですわ」
そう言いながら、フローリアンは前方を先導する赤髪の男を見た。
艶やかな馬に跨ったラルスは、いつも以上に男らしく見えてドキドキしてしまう。
「うふふ、ラルス様も素敵ですわね」
「も、もう、やめてよツェツィー!」
こっそりと耳打ちされて、顔が熱くなってしまう。
そのやりとりを遠くから見ていた国民たちがきゃあきゃあと声を上げていて、フローリアンは困りながらも笑顔に変えて手を振ってあげた。
***
「国王陛下、王妃殿下、本日からはこちらの部屋でお過ごしください」
侍女に案内されてやってきた部屋は、王と王妃が二人で睦み合うための部屋といって相違ないだろう。
大きな部屋にはこれまた大きなベッドが置いてあって、枕は二つ用意されている。
フローリアンとツェツィーリアは顔を見合わせて苦笑いした。
部屋の中にはまた二つの扉があり、それぞれが過ごせるプライベートルームになっていて、各部屋には一人用のベッドも置いてあった。
「フロー様、本日はお疲れ様でございました」
「ツェツィーもお疲れ」
個室の方には行かず、二人で大きなベッドに腰掛ける。
「今日からはずっと一緒ですわね。これからは誰にとがめられることもなく、一晩中語り合えるなんて、楽しみですわ!」
「本当だね。またツェツィーの恋の話を聞かせてよ」
「フロー様のラルス様への想いもお聞かせくださいましね」
「ええー、恥ずかしいよ!」
「うふふ、夫婦間で隠し事はいけませんわよ?」
フローリアンとツェツィーリアはきゃっきゃと言いながら夜を明かす。
周りはきっと、無事に初夜を終わらせたと思っているだろう。
そんな事実、当然ありはしなかったが。
翌日は、シャインを部屋に招き入れた。
シャインにも女だと明かしたことは、昨夜ツェツィーリアにも伝えてある。
約束通り、無事に結婚式を終わらせたのだ。彼の考える〝方法〟とやらをして聞きたくて呼びだした。隣に座っているツェツィーリアは、そんな話だとは思ってもいないだろうが。
「さて、シャイン……僕らはめでたくも無事に結婚することができたわけだけど?」
皮肉をきかせながらそう伝えるも、シャインには通じなかったようで、表情は微動だにしていない。
「ツェツィーリア様とイグナーツ殿の件でしたね」
「うん。二人の恋を、成就させてあげたい」
「フロー様……っ」
ツェツィーリアは慌てたようにフローリアンの腕に触れた。フローリアンは「いいから」とツェツィーリアを諌める。
きっといい方法があるのだと思っていたフローリアンは、わくわくとシャインに視線を戻した。
「陛下……ツェツィーリア様はすでにこの国の王妃であり、イグナーツ殿との恋を成就させるというわけにはまいりません」
「え!? でもシャイン、方法はあるって……!」
「法的には不可能ということですよ。お二人が人知れず愛し合う分には、可能だという話です」
「……どうやって」
一介の音楽家とツェツィーリアが愛し合うには、誰かに知られてはならない。婚約者だったころと違って、コンサートにもそうそう行けはしないだろう。
行けたとしても今までと変わりなく、遠くからイグナーツを見ることくらいしかできない。
「イグナーツ殿を、王族専属の楽士にします。それだけ力量のある音楽家になっていますから、誰もおかしくは思わないでしょう。王城に一室を与え、ツェツィーリア様が希望すればすぐに会えるようにするのです」
「それでは、イグナーツ様は楽団を辞めることになってしまいますわ!」
「イグナーツ殿が断ったならば、この話はなしです。その程度の恋心だったということでしょう」
シャインは平然とした顔でさらりと言って退けた。けれどきっとイグナーツは断らないだろう。
昨夜ツェツィーリアに聞いた話によると、やはりと言うべきか、イグナーツは駆け落ちする覚悟もあると言っていたようだ。そこまでの気持ちを持った男が、専属楽士を断るとは思えない。
「イグナーツに話をつけてくれ」
「かしこまりました」
シャインがきれいな一礼を見せて部屋を出ていくと、ツェツィーリアが眉を下げながらフローリアンを見つめている。
「大丈夫だよ、ツェツィー。きっとイグナーツは王族専属の楽士になってくれる」
「けれども、わたくしだけ……」
「いいんだ。どっちにしろ、ツェツィーには子どもを身ごもってもらわなければ困るんだよ。その相手は、もちろんイグナーツがいいだろ?」
「そ、それはそうですけれども……」
ツェツィーリアはかぁっと顔を赤くして口ごもっている。きっと、ツェツィーリアが真の意味で初夜を迎える日は、そう遠くない。
いいな、という言葉を飲み込んで、フローリアンはにっと笑顔を見せた。
「初めてって、どんな感じだったか教えてね」
「も、もう! フロー様ったら、お気がはやいですわ!」
珍しくぷんぷんと怒るツェツィーリアに、やはりフローリアンは笑った。
しかしツェツィーリアはその顔を一瞬で暗くさせている。
ただ事ではないと思ったフローリアンは、首を傾げた。
「どうしたの、ツェツィー。嬉しくない?」
「嬉しいですわ……嬉しいのですが、申し訳なくて……」
「気にしないでよ。僕はツェツィーが喜んでくれたらそれで」
「違うのですわ!!」
ツェツィーリアの瞳が大きく潤んだ。彼女がこんなにも感情を露わにするのは珍しい。
しかし、一体なにを言いたいのかが、フローリアンにはさっぱり検討がつかなかった。
「なにが違うの?」
「わたくしは……フロー様に酷いことを……っ」
「え?」
思い返すも、酷いことをされた覚えなどひとつもない。むしろ、自分が酷いことをしてきた立場でしかないはずだと、また首を捻らせた。
「なんの話か僕にはわからないよ、ツェツィー」
「……ラルス様が、護衛騎士になったばかりの時のことですわ……」
「ラルス? 護衛騎士になったばかりって七年前の話だよね。特になにもなかったと思うけど……」
七年前の出来事を掘り返そうとするも、心当たりはない。
ツェツィーリアはぎゅっと唇を噛み締めたあと、口を開いた。
「わたくしはあの時、ラルス様こう言ってしまったのです。『フロー様があなたと仲良くしたいとおっしゃっている』と……」
「ああ、そういえばあったね」
確かあの後、間に受けたラルスがお茶に誘ってきたのだ。疲れたから休憩したいと言って。
大切な思い出に一人くすくすと笑うも、ツェツィーリアはなぜか悲しい瞳のままこちらを向いている。
「わたくしはあの頃、イグナーツ様のことで頭がいっぱいで……フロー様にも、恋を知ってほしいと思っておりましたの」
「それの、どこが酷いことなんだよ」
「だって……フロー様は男性として育てられ、恋をしても思いを打ち明けることさえできない……! ちゃんと考えれば、フロー様が苦しむことになるとわかったはずなのに、わたくしは安易に仲良くなれなどと……!」
フローリアンがツェツィーリアに罪悪感を持っていたように、ツェツィーリアもフローリアンに罪の意識があったのだ。
そんなことで長年思い悩んでいたのだと初めて知った。
「本当に浅慮だったと思っていますわ……」
奥歯を噛み締めるツェツィーリア。
どうしてこんなに彼女は優しいのだろう。
ツェツィーリアの長く美しい銀の髪を、フローリアンはそっと撫でてあげる。
「ばかだなぁ。そんなことを気にしてたの? 僕は、あの時のツェツィーに感謝してるくらいだよ」
「……え?」
噛み締められていた歯が緩められるのを見て、フローリアンはほっとしながら微笑む。
「ツェツィーは僕に、恋する素晴らしさを教えたかったんだろう? その気持ちは嬉しいに決まってるじゃないか」
「けれど……」
「それに、あの一言があったから、僕とラルスは一気に仲良くなれた。僕は……ラルスに恋できて、良かったと思ってるよ」
「フロー様」
心からの気持ちだ。確かに人を好きになることで、つらくなることもあるけれど。
恋という気持ちを知れたことは、フローリアンにとって大きな財産となった。
「それにね、ツェツィー。あの言葉がなかったとしても、僕はいつかラルスに恋をしたんだ。間違いなく、ね」
「……間違いなく、ですのね?」
「うん!」
フローリアンが元気良く頷いて見せると、ツェツィーリアはようやく「ふふっ」と声を上げて笑顔を見せてくれた。
「そうですわね。きっとフロー様は、ラルス様に恋をなさった……わたくしもそんな気がしてきましたわ!」
「そうだろ? あはっ」
「うふふふっ」
二人で声を上げて笑ったあと、ツェツィーリアは「ありがとうございます、フロー様……」と小さな声で呟いていた。
フローリアンは聞かなかったふりをして、夫婦二日目の夜を二人で笑って過ごした。
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新作『第二王子を奪おうとした、あなたが悪いのでは。』
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