049●フロー編●42.結婚前夜
フローリアンとラルスはその晩、遅くまで語り合った。
朝まででも語り合いたいと思っていたが、どうやらフローリアンは途中で寝てしまったようで記憶がない。
気づけば朝で、いつものベッドの上にいた。ラルスの姿は見当たらなかった。
ラルス、どうやって僕を運んだのかな……
お、お姫様抱っこ?
自分が横抱きにされている姿を想像して、一人で耳を熱くしながら急いで服を着替える。
その直後、トントンと扉がノックされた。
「ラルスです。王、起きてます?」
「うん、大丈夫だよ。入っておいで」
許可を与えると、ラルスが部屋に入ってくる。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「う、うん……途中で眠っちゃったみたいでごめんよ。あの、ベッドに運んでくれたのって、ラルスだよね?」
「そうですよ」
「えと、どうやって運んだの?」
「どうって……普通ですよ。肩と膝裏に手を回して、抱き上げただけです」
ラルスの仕草からして、お姫様抱っこだと確信を得たフローリアンは、にやけそうになる口元を隠した。
「軽かったですよー、もっとたくさん食べてくださいね! 王は少食だから」
「これでも食べてるんだよ!」
口を尖らせて抗議しても、ラルスは気にせずにこにこ笑っている。
「さて、今日は忙しいですよ。明日は結婚式ですからね。まずは朝食をしっかりとってください」
「……うん」
そう、明日はいよいよ結婚式である。相手がラルスだったら、どんなにか良かったことか。
朝食を済ませたあとは、明日の準備でおおわらわとなった。
式の手順、その後のお披露目やパレードもツェツィーリアとともに確認する。
華やかな結婚式だ。国民すべてに祝福される。
ただ、当人たちだけが喜べないということを除けば、素晴らしい結婚式になるだろう。
「ツェツィー、本当にいいの……?」
フローリアンはここまできてもまだ納得いかず、小声でツェツィーリアに話しかける。
「なにをおっしゃっているんですの? わたくしは、フロー様と結婚できて、本当に幸せですわ」
かすかに震えていた手にぎゅっと力を入れて、ツェツィーリアは笑った。その胸元には、イグナーツからの贈り物であるアパタイトのネックレスが、悲しく光っている。
(ツェツィーは、僕と違って相思相愛なのに……)
愛し合っている二人を引き裂いてしまうのだと思うと、胸が締め付けられた。
どうにかならないのだろうか。今さらだとわかっていても、なにもできずにいるのは嫌だと心が訴えている。
そのとき不意に、いつかのシャイン言葉が脳裏に浮かんだ。
── 私は陛下の味方です。どうしようもなく困った時には、どうぞ私を頼ってください──
シャインは、何度かフローリアンが女だと気づいているような素振りをしていたことがある。
決して口には出されなかったし、確認されるようなこともなかったけれど。
シャインなら誰かに言いふらしたりなどしないし、頼るなら彼しかいない。
しかし中々二人っきりにはなれず、明日の準備が落ち着いてシャインを呼び出せたのは、夜になってからだった。
「ラルスではなく私をお呼びとは、いかがなされましたか陛下」
シャインが金色の髪をさらさらとなびかせながら部屋に入ってきた。フローリアンが生まれた時にはすでに大人であったシャインだが、昔から今もほとんど変わらぬ風貌で色香を漂わせている。
「シャインに話がある」
「なんでしょう」
「僕の秘密、知っているよね」
「なんことかわかりかねます」
さらりとかわしてくるシャイン。しかし彼の性格上、気づいていても自分からは言わないであろうことは、フローリアンもわかっている。
「僕が……本当は女だってことをだよ」
生まれて初めて、自分が女だと言うことを告げたフローリアンの胸は、ドクドクと血が音を立て、全身の血管を駆け足で巡っていった。
フローリアンが初めて秘密を呈したというのに、シャインは表情を変えずに首を前方に垂れながら言葉をゆるやかに放ち始める。
「確信を得ていたわけではありませんでしたが、もしかしたらとはずっと思っておりました」
「ずっと? いつから?」
「陛下が十二歳になられた頃だったでしょうか」
「そんなに前から……どうして気づいたんだ?」
問われたシャインは、少し困ったようにして言葉を紡いだ。
「周期的にイライラしている様子が見て取れましたので……その時は、まさかという思いでしたが」
月のものが安定してきた頃だ。そんなことでバレていたのかと、フローリアンは顔を熱くする。
「しかし、そう考えると合点のいく部分もあったのです。フローリアン様の着替えは誰一人として手伝ったことはなく、次々と護衛騎士が入れ替えられる理由も」
「そう……か。このこと、兄さまには?」
「申しておりません。たった今フローリアン様がご自身で女性だと明かされるまで、私も半信半疑でおりましたから」
「他に誰にも言ってないね?」
「もちろんです」
確信を得ていなかったことを聞いてほっとした。観察眼の鋭いシャインでさえその程度なら、他の誰にも女だとは気付かれていないだろう。イグナーツもおそらく半信半疑の状態から変わっていないはずだ。
「シャイン。僕は明日、ツェツィーと結婚しなければならない」
「はい」
「でもツェツィーは、イグナーツと愛し合っているんだ。どうにかしてあげたい」
フローリアンの言葉に、シャインは端正な眉を眉間に寄せた。
「明日のご結婚をいまさら取りやめることはできかねます。陛下のお気持ちはわかりますが」
「どうにか、してあげたいんだ」
真剣な瞳をシャインに向けると、彼はほんの一瞬だけ息を吐き出した。
「フローリアン様とのご結婚を変えることはできません。けれど……」
「けれど?」
「ひとつ、方法がございます」
「なに!?」
ずいっと乗り出すと、シャインはそっと目を細めた。
「フローリアン様が、明日のご結婚を無事終わらせたなら、お教えいたしますよ。それでは失礼いたします。ごゆっくりおやすみください」
肝心なところは、ちゃんと結婚式を終わらせたあとでないと教えてくれないらしい。
そういうところがシャインらしいなと思ったが、彼に案があるというならその通りなのだろう。
一体どんな方法なのか気になったが、フローリアンは少し安心して眠りにつくことができたのだった。




