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若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。  作者: 長岡更紗
第二章 男装王子の秘密の結婚 〜王子として育てられた娘と護衛騎士の、恋の行方〜

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046●フロー編●39.逃げ道

 数日後、王城のハーモニックホールにフローリアンはいた。

護衛のラルスと、もちろんツェツィーリアも一緒だ。

ピアノが一台置いてあるだけの広いホールなので、ここならば誰かに聞き耳を立てられることもない。

もうすぐイグナーツがやってくる。ツェツィーリアの緊張が伝わってくるようだった。フローリアンと婚約してからずっと、まともに話すこともなかったのだ。喜びより緊張が勝るのは仕方のないこと。

でもそんなツェツィーリアは、いつもよりも綺麗に見えた。


「陛下、イグナーツ様がいらっしゃいました」


メイドに案内されてイグナーツが入ってくる。フローリアンが彼を見るのも久しぶりだ。六年前よりも、随分と精悍な顔立ちになっていた。

 彼はフローリアンから距離を取ったところで片膝をついた。


「陛下、この度はお招きいただきまして、大変光栄に存じます」

「うん、よく来てくれたね、イグナーツ。顔を上げて」


 えらく固くなっているイグナーツに、なるべく明るく話しかける。


「そんなにこわばらないでいいよ。今日はイグナーツに頼みがあって呼び出したんだ」

「頼み……ですか」

「実はね」


 警戒が解けないイグナーツは、ごくりと唾液を飲むように喉を上下させた。


「ツェツィーリアは君の音楽のファンだそうだから、聴かせてあげてほしい」

「……え?」


 予想外のことを言われたのか、イグナーツは目を瞬かせている。しかしそれも一瞬で、すぐにギラリとした金色の鋭い目をフローリアンへと向けた。


「承知いたしました。心を込めて弾かせていただきます」

「うん、頼むよ」


 そう言うとフローリアンはラルスを連れて部屋を出た。

 ホールにイグナーツとツェツィーリアの二人だけを残して。


誰も入らぬよう、扉に使用人を遣わせると、フローリアンたちは自室へと戻ってきた。


(ツェツィーのいるところでは、さすがに敵意は向けられなかったか)


また突っかかって来られたらどうしようかと思っていたが、フローリアンも穏やかに接することができたのでほっとする。

 今ごろツェツィーリアとイグナーツは、なにを語っているだろうか。


「フローリアン様、二人の様子が気になりますか?」


 赤髪のラルスが優しい瞳を向けてくる。

 一緒にエルベスの町に行って以来、ラルスのフローリアンに対する態度が柔らかくなった気がしていた。以前なら、『王の考えることはわからない』と首を傾げていたと思うのだが。


「そうだね、やっぱり気になるよ。ツェツィーのためにとしたことだけど……たぶんツェツィーはイグナーツを選ばない……」


 フローリアンは近々、きちんと日取りを決めて、結婚の公式発表をしなければならないところにきているのだ。

 実際、どういう道を選ぶかはわからないし、二人が決めた以上はその手助けをするつもりでいる。

 けれど責任感が強く、フローリアンを親友として支えると決めているツェツィーリアが、駆け落ちを選ぶだろうか。

 家のこともあるし、フローリアンの後釜となる人物がいないことは、ツェツィーリアが一番よく理解しているのだから。


「王、俺にできることがあれば、なんでも言ってください」

「ラルスにはよくやってもらっているよ。いつもツェツィーをコンサートに連れて行ってくれていて、感謝してる」

「俺はその時間、王と一緒にいたかったですけどね」

「なに言ってるんだよ」


 フローリアンはくすくすと笑った。本当はフローリアンも一緒にいてほしいと思っていたのだが。


「でもどうしてこの国は、王妃に愛人がいちゃダメなのかなぁ」

「いや、だめでしょー、普通に考えて」

「でも、王にだけは側室が認められているよ? この国は一夫一妻制で、貴族にも側室なんて認められてないのにさ。おかしくない?」

「王には世継ぎが必要ですから」

「そんな特例、いらないよ。はぁ、もしも王妃に愛人が認められれば、ツェツィーは堂々とイグナーツと付き合えるのに」


 ツェツィーリアのことを考えると、ついそんな愚痴が出てきてしまう。実際に王妃が愛人を持つことは許されないだろう。王の子かどうか、わからなくっては困るのだから。


「そこまでツェツィーリア様のことを考えてあげられるなんて、優しいですね」

「僕は、ツェツィーにだけは幸せになってもらいたいんだよ」

「王も、自分の幸せを考えてもいいと思いますよ」


 さらりと言ったであろうラルスの言葉に、心が揺らぐ。しかし、ぐっとその気持ちを振り払った。


「……ばかだな、僕はハウアドルの国王だよ。自分のことよりまず国民のことが先だろう」

「国王がまず幸せでないと、国民も幸せになれないんじゃないかと俺は思いますけどね」


 真っ直ぐに突き刺さってくる言い分に、フローリアンは言葉を詰まらせた。

 己の考えが間違っているとは思わない。けれど、ラルスのいうことも理解はできる。


「もちろん、自分の幸せだけを追いかける国王なんて、誰も支持したりしませんけど。それでもフローリアン様は、もう少し自分のことを考えてもいいと思いますよ、俺は」


 優しく笑ったラルスは、フローリアンの固まった体をほぐすように、ポンと頭を撫でてくれる。胸がぎゅっと収縮するように嬉しくも痛くなり、ほんの少し口元が緩んだ。


「ありがとう、ラルス……でも僕が自分のことを考え始めたら、国が崩壊しちゃうからできないよ」


 己の責務を忘れぬようにと言葉にし、ラルスから目を逸らす。

 王となった今、『女として生きたい』だなんてことは、口が裂けても言ってはいけない。そして性別を隠して生きる以上、真の幸せなどフローリアンには訪れないのだ。

 フローリアンが幸せを求めることは、この国を混乱に陥れることと同意義なのだから。


「フローリアン様」


 外したはずの視線の先に、ラルスが入り込んでくる。

 この男はいつもいつでも、真っ直ぐフローリアンの瞳を見て話をする。


「俺にできることはありませんか」

「ラルス……」

「フローリアン様が幸せになるために、俺にもできることがあると思うんです」


 真剣な瞳でそんなことを言われると、ぐっと込み上げてきそうになった。

 ラルスの言葉は、正しい。フローリアンが幸せになるためには、ラルスがいないと始まらないのだから。

 けれどそれは、夢だ。見てはいけない夢。叶えてはいけない、夢。


「俺、昔言いましたよね。王が逃げ出したい時は、一緒に逃げちゃいましょうって。あれ、今でもそう思ってますから」

「もう……ばか」


 本当に王となった今、そんなことができるはずもない。

 けれど、本気でそう思ってくれている気持ちが嬉しくて、フローリアンは困りながらも少し笑った。それを見たラルスも嬉しそうに目を細めていて、心がほっとほぐれて温かくなる。

 ラルスの表情に吸い込まれるようにして、フローリアンは目を合わせた。


「心の逃げ場を作ってくれるラルスが、すきだよ」


 そう声に出してしまってから、ハッとする。

 お礼を言うつもりだったというのに、思わず心の声が漏れ出てしまっていた。フローリアン自身も驚いたが、ラルスもまた、少し目を広げている。

 そんな彼の顔を見て、慌ててフローリアンは手を左右に振った。


「ち、ちが、臣下として、だからな!」

「それでも嬉しいですよ、ありがとうございます! 俺も王がだいすきですよ!」

「も、もう、僕にそのケはないよ!!」

「あはは!」


 楽しそうに笑うラルス。こっちの気も知らないで、とフローリアンは頬を膨らませる。

 なのにラルスはそれすらも、生まれたばかりの赤子を見るような瞳で笑うものだから、フローリアンの顔は尋常じゃない程に熱くなっていた。

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ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


若破棄
イラスト/志茂塚 ゆりさん

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
この国の王が結婚した、その時には……
侯爵令嬢のユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
政略ではあったが、二人はお互いを愛しみあって成長する。
しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
王族に犯罪者の身内を迎え入れるわけにはいかず、ディートフリートは婚約破棄せねばならなくなったのだった。

王都を追放されたユリアーナは、『待っていてほしい』というディートフリートの言葉を胸に、国境沿いで働き続けるのだった。

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

ポンコツ王子
イラスト/遥彼方さん
ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
真実の愛だなんて、よく軽々しく言えたもんだ
エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
戦場で元婚約者のエレシアに似た女性と知り合い、今までの自分の行いを後悔していくクラッティだが……
果たして彼は、本当の真実の愛を見つけることができるのか。
キーワード: R15 王子 聖女 騎士 ざまぁ/ざまあ 愛/友情/成長 婚約破棄 男主人公 真実の愛 ざまぁされた側 シリアス/反省 笑いあり涙あり ポンコツ王子 長岡お気に入り作品
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▼運命に抗え!▼

巻き戻り聖女
イラスト/堺むてっぽうさん
ロゴ/貴様 二太郎さん
巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜
私だけ生き残っても、あなたたちがいないのならば……!
聖女ルナリーが結界を張る旅から戻ると、王都は魔女の瘴気が蔓延していた。

国を魔女から取り戻そうと奮闘するも、その途中で護衛騎士の二人が死んでしまう。
ルナリーは聖女の力を使って命を削り、時間を巻き戻すのだ。
二人の護衛騎士の命を助けるために、何度も、何度も。

「もう、時間を巻き戻さないでください」
「俺たちが死ぬたび、ルナリーの寿命が減っちまう……!」

気持ちを言葉をありがたく思いつつも、ルナリーは大切な二人のために時間を巻き戻し続け、どんどん命は削られていく。
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最後に訪れるのは最高の幸せか、それとも……?!
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
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「俺は行方不明になろうと思う!」
「イライジャ様ッ?!!」

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異世界恋愛 日間4位作品
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第五王子
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婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。
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私の婚約者で第五王子のブライアン様が、別の女と子どもをなしていたですって?
そんな方はこちらから願い下げです!
でも、やっぱり幼い頃からずっと結婚すると思っていた人に裏切られたのは、ショックだわ……。
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そんなとき、通りがかった騎士様が優しく助けてくださったの。なのに私ったらろくにお礼も言えず、お名前も聞けなかった。いつかお会いできればいいのだけれど。

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それなのに、副騎士団長であるベネディクトさんからの縁談が舞い込んできたの。
王命でいやいやお見合いされているのかと思っていたら、ベネディクトさんたっての願いだったって、それ本当ですか?
どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

これは、そんな私がベネディクトさんに溺愛されて、幸せになるまでのお話。
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
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▼決して貴方を見捨てない!! ▼

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そんなセヴェリを放っておけないサビーナは、誠心誠意、彼に尽くす事を誓う。

志を同じくする者との、甘く切ない恋心を抱えて。

そしてサビーナは、全てを切り捨ててセヴェリを救うのだ。
己の使命のために。
あの人との約束を違えぬために。

「たとえ貴方が地に落ちようと、私は決して貴方を見捨てたりはいたしません!!」

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なぜキスをするのですか!
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