043★ラルス編★01.王の秘密
ラルスはシャインと護衛を交代し、扉の前の椅子に座った。
ベッドではフローリアンが少しもぞりと動いたが、寝ているのだろうとラルスは判断した。
女の格好をしている時のフローリアンは、びっくりするほどきれいでかわいい。
いや、元々かわいい顔をしているのだ。女の装いをすればさらにかわいくなるのは当然だろう。
思えばフローリアンは、昔から妙な色気があった。それを言えばディートフリートにも色気はあったが、あちらは大人の男の色気。フローリアンとはなにかが違う気がする。
先ほど、ラルスはシャインに少し嘘をついた。
彼女とうまくいかなくなったから別れたというのは本当だが……そのうまくいかなくなった原因は、ラルス自身にあったのである。
ラルスはいつの頃からか、フローリアンを強烈に意識し始めてしまった。
弟のような存在だと思っていたのに、時折見せるかわいらしい仕草に、異様に胸が高鳴った。
当時の恋人は、そんな時にラルスに言ったのだ。『私以外に好きな人ができたんでしょう』、と。
ラルスが『そうかもしれない』と正直に答えると、頬を思いっきり叩かれて別れることになった。
自分でもどうかしているとわかっていた。
王族であり、王となることが決まっているフローリアンを気にして恋人と別れるなんて。身分違いの前に、性別でアウトだろうとラルスは自嘲したのを覚えている。
自分にそのケはないはずだと言い聞かせ、なんとか自制を保ってきた。
だが、あの姿はなんだとラルスは頭を抱える。
ツェツィーリアに借りていたワンピースは、驚くほど似合っていた。足も細くて、化粧をすればその辺の女よりもさらに美しくかわいくなった。かわいいと言ったついでに、うっかり好きだと言いそうになるくらいに。
正直、恋人と別れてから別の女性と付き合おうと思ったこともある。けど、できなかった。
だからラルスは、フローリアンとツェツィーリアが心から想い合えるようになる時を待とうと思ったのだ。きっとその時には、ちゃんと祝福して、フローリアンへの気持ちに決着が着くはずだからと。
ツェツィーリアとイグナーツの仲をラルスが取り持っている時点で、決心などあってないようなものだったが。
ラルスは立ち上がると、そっとフローリアンの顔を覗き込んだ。
きれいな寝顔。こんな無防備な姿を見られるのは、今だけだろう。
フローリアンは誰に起こされることもなく起床し、着替えもすべて自分ですませている。寝顔だって、この旅で見る以外にはほとんどなかった。
王族の寝顔をこんなに凝視していては、シャインに怒られてしまうだろうかと思いながら、ラルスは朝がくるまでその顔に魅入ってしまっていた。
***
旅も終わりに近づいてきた。
今日が最後の宿泊で、明日には王都に着く。
「陛下、この宿には温泉がついているそうです。お金を払えば貸切にできるようですので、入ってきてはいかがでしょう」
シャインがそういうと、フローリアンの目がキラキラと輝きだした。女の格好をしているせいで、いつもの百倍はかわいい。
「温泉? いいね、僕、入ったことないよ!」
「じゃあ俺、お背中流しますよ!」
そう提案した途端、頭にバシッと手が飛んでくる。
「いたっ! なにするんですか、シャイン殿!」
「王族の方と一緒に入浴など、言語道断です」
「ええ、そうなんですか? じゃあ、シャイン殿はディートフリート様とお風呂に入ったことはないんです?」
「ありますが」
「ずるくないですか!?」
「ずるくありません」
まったく納得いかないが、フローリアンが困った顔をし始めたので、ラルスはググッと言葉を飲み込んだ。
「ラルス、今陛下は女の格好をしておられるので、覗こうとする輩がいるかもしれません。陛下の入浴中は、外を見回りしてください。私は入り口から誰も入ってこないよう見張りますから」
「わかりました」
「陛下、どうぞ我々のことは気にせず、ゆっくりお入りください」
「うん、ありがとうシャイン」
るんるんとでも音が出そうな顔で、フローリアンは風呂支度をして行ってしまった。
ラルスはシャインに言われた通り外に出て、覗き魔が出ないように温泉の周辺を見回る。
山に近づく太陽がとても綺麗だなと思いながら見回るも、木の板で作られた垣根の前にはラルスしかいなかった。
まだ夕刻だし、もし覗き魔が現れるならもっと暗くなってからだろう。覗かれる心配はなさそうだと安心していたら、その垣根の一部に穴が空いているのを見つけた。
誰かが覗き見するために空けた穴だろうか。宿の主人に伝えておかないと、と思いながら、なんの気無しにその穴を覗いてみる。
「!!?」
その瞬間、ラルスはバッとその場から飛び下がった。
風呂場には女性が入っていたのだ。ふくよかな双丘に掛け湯していた姿を見てしまい、しまったと目を逸らせる。
(王以外の女性が入っていたのか!? 王と鉢合わせしたらまずい!)
すぐに王を止めなくてはと急いで戻ろうとしたが、ふと思いとどまった。
ふくよかな部分に目を取られすぎてしまっていたが、あの顔は王であるフローリアンだった。
絶対に間違いない。ラルスは一度見ただけで、地図や風景、人の顔などは瞬時に覚えてしまう。
フローリアンが、幸せそうな顔で体を流す姿が脳内で何回も繰り返されて、ラルスは混乱した。
(王が……女、だった……?)
嘘のような事実に、額を拳で押さえつける。
けれど、思い起こせば合点の行くことが多数あった。
時折見せる可愛らしい仕草。
似合いすぎる女物の服装。
一人しかいない上に、次々に入れ替えられていた護衛騎士。
あれだけツェツィーリアのことが好きでありながら、結婚を渋っていること。
ツェツィーリアとイグナーツを取り持つようなことをしている理由も。
すべて、〝女だったから〟の一言で説明がつく。
垣根の向こうから、ふんふんとかわいいハミングが聞こえてきた。
完全に女の声だ。どうして今までこの事実に気づかなかったというのか。
裏切られた、とは思わなかった。
ただ、今まで無神経なことを言ってしまった自分を悔いた。そして、女として生きられないフローリアンを憐れに思った。
と同時に、身体中の血が燃え滾るように熱くなる。
(フローリアン様が女でよかった……もうこの気持ちを抑えきれない……っ!)
今まで騙し騙し扱ってきた己の気持ちが、解放されてしまった。
相手は王族だということに、変わりはないというのに。
今すぐフローリアンをかき抱いて、告白したい衝動に襲われる。
護衛騎士としてそれは駄目だと言い聞かせて、なんとか心を落ち着かせた。
フローリアンが湯から出た音がして、その鼻歌が遠くに行くと、ラルスはようやく息を大きく吸い込んだのだった。




