038●フロー編●33.王位継承
そうして王となる決意をしてクッキーを食べた三ヶ月後。
「フローリアン・ヴェッツ・ラウツェニングを、第五十七代ハウアドル国王に任命する」
民衆の前で、前国王となったディートフリートフリートから新国王へと王冠が被せられた。戴冠式だ。
石造りの城のバルコニーからは、一目見ようと詰めかけた多くの人の姿が見える。
ディートフリートの退位を惜しむ声と、新国王誕生を喜ぶ声が半々だ。
フローリアンは代々伝わる煌びやかな王冠の重みを感じながら、人々を一望した。
上がっていた様々な声が、少し待つと鎮まり返る。皆、新王の言葉を待っているのだ。
フローリアンは息を吸い込むと、心を落ち着かせながら口を開いた。
「我がハウアドル王国の未来は、常に国民と共にある。僕の使命は、国民の幸福と繁栄を守ることである。僕は皆のために在り、困難な時も、喜びに満ちた時も、共に心を分かち合うことをここに誓う!」
フローリアンの言葉に、人々が声を上げ始める。
民衆の喜びの顔を直接見ると、胸に勇気が湧いてくるようで。
「皆で力を合わせ、より良い未来を築いていこう!」
叫ぶように伝えると、人々の盛り上がりはさらに大きくなった。
心に響く歓声に胸が熱くなりながら、フローリアンは手を振り続ける。
こうしてフローリアンは、ハウアドル王国始まって以来の最年少の王となったのだった。
「お疲れ様でした、王子……じゃなくて、王!」
城の中に戻ると、ラルスがいつものように笑顔で迎えてくれた。
「フロー様、戴冠おめでとうございます。とても感動いたしましたわ」
婚約者のツェツィーリアが、胸の前で手を合わせて褒めてくれる。
「素晴らしい演説でした、陛下。民の心も掴めたことでしょう」
本日から正式にフローリアンの臣下となったシャインが、金髪をなびかせながら言った。
「ありがとう、みんな。これからもよろしく頼むよ」
フローリアンが目を向けると、それぞれにもちろんだと応えてくれる。
この三人が近くにいてくれることが、本当に心強い。
兄の方を見ると、すでに煌びやかな衣装は取り払われていた。
退位と同時にディートフリートは王族を離脱する。やはり寂しさはあるが、もうわがままを言うつもりはない。
「兄さま、もう行かれるんですね」
「ああ。待たせている人がいるからね」
ディートフリートは、ユリアーナのいるエルベスという町に住む予定だ。
兄のそばには元護衛騎士のルーゼンもいる。彼も妻のメルミと共に、エルベスへと移住するのだそうだ。護衛騎士ではなくなるが、町の警備騎士として働くのだと言っていた。
今さら町の警備騎士にならずとも、ここにいれば良い役職がいくらでも用意できるというのに、そんなものに興味はないらしい。
しかし一般人となる兄を見守ってくれるというなら、ありがたい話だ。
「幸せになってください、兄さま」
「ありがとう、フロー」
「ルーゼンも、兄さまを頼んだよ」
「任せてください!」
ディートフリートと一緒に行けるルーゼンが羨ましい。
けれどフローリアンはその気持ちをぐっと押し隠し、ちらりとシャインに目だけを向けた。
(誰より一緒に行きたいのは……僕よりシャインなのかもしれない)
何十年も一緒にいた三人だというのに、一人だけ行けないのだ。
シャインは顔に出さないタイプなのでなにを考えているのかわからないが、なんとなく気持ちは推察することができた。
「じゃあ、フロー。頑張るんだよ」
「はい。兄さまも体に気をつけて」
「ありがとう」
どちらからともなく抱擁する。
寂しくはあっても、悲しくはなかった。
兄を祝福で送り出せる自分が、少し誇らしくもある。
「ではシャイン、ラルス、ツェツィーリア。フローのことをよろしく頼む」
抱擁を解いたディートフリートはそう頼み、三人は力強く頷いた。
「では、またいつか必ず会おう」
「はい、兄さま!」
フローリアンの明るい声を聞いたディートフリートは、破顔した。
それは弟が涙を見せずに送り出してくれたことが嬉しかったのか……それとも、ようやく愛する人の元へ行けることが嬉しかったのか。
おそらく両方だろう。
あんなに兄の砕けた笑顔を見たのは、フローリアンでも初めてだった。
そうしてディートフリートはルーゼンと共に、エルベスの町へと旅立ったのだった。
「フローリアン様もシャイン殿も、寂しくなりますね……」
ラルスが気遣ってくれたのか、少し力のない声でそう言った。
「私は平気ですよ。妻も娘も王都住まいですから行くわけには参りませんし、新しい王に仕えられるなど、望外の喜びです」
「うん、僕も意外に平気だ。ラルスやシャイン、それにツェツィーがいるから」
「王……!」
「フロー様……!」
ラルスとツェツィーリアが嬉しそうに顔を綻ばせる。
シャインは「成長されましたね」と喜んでくれて、少し照れてしまったが。
王となり、気持ちも新たになったフローリアン。
もちろん問題がなくなったわけではない。しかし。
(悲観的になりすぎず、僕なりに頑張っていくんだ。みんながついてるんだから)
新国王は、そう前向きになることができたのだった。




