表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。  作者: 長岡更紗
第二章 男装王子の秘密の結婚 〜王子として育てられた娘と護衛騎士の、恋の行方〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/115

031●フロー編●29.ラルスの言葉に

 王族を離脱したいとディートフリートが訴え始めて、十日が経った。

 フローリアンは仕事だと言われれば、やることはやっている。けれど気持ちは十日前とまったく変わってはいなかった。

 少しの間部屋を出ていたラルスが、戻ってくると同時に遠慮がちな声を出す。


「王子、陛下が話をしたいとおっしゃっていますが……」

「いないって言って」


 書類に目を走らせているフローリアンでも、ラルスの表情は容易に想像できた。思った通り、怒ったような、それでいて困ったような声が飛んでくる。


「陛下に嘘なんかつけませんよ!」

「じゃあ会いたくないって言っといて」

「そんなこと言って俺、職を失いませんかね……」

「兄さまは優しいから、そんなことで首になったりしないよ」

「はぁ、もう……」


 そう言ってラルスはまた部屋から消えると、しばらくして戻ってきた。


「兄さまは?」

「お部屋に戻られましたよ。これ、引き継ぎの書類だそうです」

「怒ってなかった?」

「陛下の顔色を気にするくらいなら、ご自分で会ったらどうなんですか。俺もう、こんな役目は嫌ですよ」

「……ごめん」


 ラルスには申し訳ないと思っている。しょぼんと肩を落とすと、ラルスは書類をフローリアンの机の上に置いてくれた。


「なにがそんなに許せないんですか? 王子が王になることは、前からずっと言われていたことじゃないですか」

「そうだよ。兄さまが、そう仕向けたんだから」


 そう、それは生まれたときから決まっていたことだったのだ。トゲトゲした心は、言葉を投げやりにする。

 どうしてフローリアンがそんな態度に出るのか、ラルスにはわからないだろう。


「陛下はちゃんと理由をおっしゃってくれたじゃないですか。そんな風に言わなくても……」

「兄さまは、自分が王族を離脱したいから……だから僕を生ませたんだよ!? 僕は、兄さまの道具でしかなかったんだよ!!」


 ダンッと机を叩いて立ち上がると、ギッとラルスを睨んだ。彼を睨んだところで、どうしようもないとわかっているのに、悔しさが溢れ出す。

 愛する兄に愛されていたと思っていたのに。兄が選んだのは、弟ではなく元婚約者だった。


「王子」

「僕なんて、生まれてこなければよかったんだ……っ」


 ポロポロと涙が溢れ落ちる。

 世継ぎが必要な国で、あろうことか女として生まれ落ちてしまった。

 兄のディートフリートは、王になるべくして生まれてきたような男だ。賢王と呼ばれ、民衆に親しまれ、部下や家臣の信頼を得て、貴族をうまく転がしている。

 国を統べるために生まれてきた、王の中の王。


「僕が生まれなければ、兄さまはこのまま王を続ける以外に選択肢はなかった……この国にとって一番必要な人物が、王族を離脱することはなかったんだ……」


 同じ兄弟でも、違う人物……しかも本当は女なのだ。ディートフリートのような王にはなれる気がしない。

 しばらく悔し涙を流しているフローリアンを見ていたラルスだったが、急にぐいっと涙を拭かれた。


「……ラルス?」

「俺は、王子が生まれてきてくれて嬉しいですよ」


 いつもの、目尻が下がった優しい笑顔。

 悲しい時にそんな言葉をかけられてしまうと、胸が熱くなる。


「本当に……? ラルスは、僕を必要としてくれている?」

「もちろんですよ」

「護衛騎士は給金がいいしね」


 皮肉るように言ってしまったが、ラルスは気にも止めていない。


「そうですね、給金は間違いなくいいです。仕事にやりがいもありますし、なにより王子と仲良くなれますし。こんな風に、王子の泣いている顔を見られるなんて俺だけの特権ですね」

「なっ」


 あははと笑うラルス。

 この七年で泣き顔を何度見せてしまっただろうかと思うと、耳が熱くなる。


「王子はもう、俺の生活の一部ですよ。生まれてこなければよかっただなんて言わないでください。俺は王子と出会えて、本当に幸せなんですから」

「……ラルス……泣かせないでよ、ばか……」


 止まったはずの涙が、もう一度流れ始めてしまった。それをラルスは親指で何度も(ぬぐ)ってくれる。

 温かい手。優しい笑顔。

 それは、王子に対する親愛の情だ。彼は仕事だから今の行動をとっているわけではない。それくらいは、この七年でよくわかっているつもりだ。

 けれどラルスの認識では、フローリアンは男でしかなくて。それが、とてつもなく苦しい。

 好きだという気持ちは募るばかりなのに、伝えることがさえできないのが悲しい。


「以前、ラルスは言ってくれたよね。逃げ出したい時には言って欲しいって。どこまでも付き合うって」

「言いましたね」


 結局あの時のラルスは、絶対という約束はできないと言い直していたけれど。

 今言ったらどうなるのかと、赤髪の護衛騎士を見上げた。


「僕が王になるのは嫌だって逃げ出したら、ラルスはどうする……?」


 ラルスを試すような言葉は、ちくりと良心が痛む。けれどラルスはそれすらも気にしない様子で、「そうですねー」と少し考えた後、こう言った。


「俺も、王子と一緒に逃げますよ!」

「……へ?」

「どうしても、どうしてもダメな時は、ですよ!」


 胸の内から花が咲くように、心がほんわりと温まる。

 ラルスの言葉に、自分の胸にしまっておこうと思っていた気持ちが溢れ出してしまいそうだ。


「……本当に?」

「はい!」

「恋人はどうするんだよ」


 ラルスの恋人の存在は、心のストッパーだ。安易に喜んではいけないと自制する。


「今はいないですから」

「……え?」


 予想外の答えに思考は一時停止される。そんなフローリアンをよそに、ラルスは笑った。


「俺の家族も、騎士の家族である覚悟はしてくれてるので問題はないです。でもまだ今は、〝本当にダメな時〟じゃないと思ってますよ、俺は」


 曇りひとつないラルスの瞳。


(ラルスは僕を信じてくれてるんだ……嬉しい、けど……)


 ラルスの自信とは対照的に、フローリアンの心には影がかかる。


「僕……不安なんだよ……王になんて、なれない……」

「大丈夫です。王子なら、きっとできます! なんだかんだ言いながら、しっかり引き継ぎをしているじゃないですか。俺、王子がめちゃくちゃ頑張ってること、知ってますよ!」

「でも、僕は兄さまのようにはなれないよ……周辺諸国を見ても、この国の生活水準は高くて失業率は低い。貧富の差も少ないし、治安も驚くほど良くて、交通網も輸送ルートも確立してる。そのほとんどが兄さまの代で成し遂げてるんだ。賢王なんだよ、兄さまは……」


 兄が優秀であればあるほどに、きっと比べられるに決まっている。あんな若造より、ディートフリート王の方が良かったと言われる未来が、容易に想像できてしまう。


「フローリアン様はフローリアン様じゃないですか! 陛下とは違って当然です。それに陛下だって、最初から賢王と呼ばれていたわけじゃないでしょう」

「それは、そうだけど……」

「今の王子と、経験を積まれてきた陛下を比べても負けるに決まっているじゃないですか」

「う、うん……」

「王子はこれからですよ! 大丈夫、王子ならやれますから!」


 そう信じて疑わない、ラルスの晴れやかな顔。

 信じてくれることが心地よくて、肌が痺れるような感覚に襲われる。そんなフローリアンに、ラルスは「それに」と続けた。


「もし、どうしてもダメなら、一緒に逃げちゃえばいいじゃないですか」

「いや、ダメだろそれは!」

「えええっ? だって王子、喜んでなかったです?!」

「もう、本気で言う護衛がいる?! っぷ!」

「ははは!」


 屈託なく笑うラルスと一緒に、フローリアンも笑った。

 七年前の八つ当たりの時から、ラルスはぱったりと恋人の話をしなくなっていたが、まさか別れているとは思ってもいなかった。

 本当にどうしようもなくダメな時は、一緒に逃げてくれるのだろう。

 逃げ場があると思うと、少しだけ心が軽くなった気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


若破棄
イラスト/志茂塚 ゆりさん

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
この国の王が結婚した、その時には……
侯爵令嬢のユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
政略ではあったが、二人はお互いを愛しみあって成長する。
しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
王族に犯罪者の身内を迎え入れるわけにはいかず、ディートフリートは婚約破棄せねばならなくなったのだった。

王都を追放されたユリアーナは、『待っていてほしい』というディートフリートの言葉を胸に、国境沿いで働き続けるのだった。

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

ポンコツ王子
イラスト/遥彼方さん
ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
真実の愛だなんて、よく軽々しく言えたもんだ
エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
戦場で元婚約者のエレシアに似た女性と知り合い、今までの自分の行いを後悔していくクラッティだが……
果たして彼は、本当の真実の愛を見つけることができるのか。
キーワード: R15 王子 聖女 騎士 ざまぁ/ざまあ 愛/友情/成長 婚約破棄 男主人公 真実の愛 ざまぁされた側 シリアス/反省 笑いあり涙あり ポンコツ王子 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼運命に抗え!▼

巻き戻り聖女
イラスト/堺むてっぽうさん
ロゴ/貴様 二太郎さん
巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜
私だけ生き残っても、あなたたちがいないのならば……!
聖女ルナリーが結界を張る旅から戻ると、王都は魔女の瘴気が蔓延していた。

国を魔女から取り戻そうと奮闘するも、その途中で護衛騎士の二人が死んでしまう。
ルナリーは聖女の力を使って命を削り、時間を巻き戻すのだ。
二人の護衛騎士の命を助けるために、何度も、何度も。

「もう、時間を巻き戻さないでください」
「俺たちが死ぬたび、ルナリーの寿命が減っちまう……!」

気持ちを言葉をありがたく思いつつも、ルナリーは大切な二人のために時間を巻き戻し続け、どんどん命は削られていく。
その中でルナリーは、一人の騎士への恋心に気がついて──

最後に訪れるのは最高の幸せか、それとも……?!
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼行方知れずになりたい王子との、イチャラブ物語!▼

行方知れず王子
イラスト/雨音AKIRAさん
行方知れずを望んだ王子とその結末
なぜキスをするのですか!
双子が不吉だと言われる国で、王家に双子が生まれた。 兄であるイライジャは〝光の子〟として不自由なく暮らし、弟であるジョージは〝闇の子〟として荒地で暮らしていた。
弟をどうにか助けたいと思ったイライジャ。

「俺は行方不明になろうと思う!」
「イライジャ様ッ?!!」

側仕えのクラリスを巻き込んで、王都から姿を消してしまったのだった!
キーワード: R15 身分差 双子 吉凶 因習 王子 駆け落ち(偽装) ハッピーエンド 両片思い じれじれ いちゃいちゃ ラブラブ いちゃらぶ
この作品を読む


異世界恋愛 日間4位作品
▼頑張る人にはご褒美があるものです▼

第五王子
イラスト/こたかんさん
婿に来るはずだった第五王子と婚約破棄します! その後にお見合いさせられた副騎士団長と結婚することになりましたが、溺愛されて幸せです。
うちは貧乏領地ですが、本気ですか?
私の婚約者で第五王子のブライアン様が、別の女と子どもをなしていたですって?
そんな方はこちらから願い下げです!
でも、やっぱり幼い頃からずっと結婚すると思っていた人に裏切られたのは、ショックだわ……。
急いで帰ろうとしていたら、馬車が壊れて踏んだり蹴ったり。
そんなとき、通りがかった騎士様が優しく助けてくださったの。なのに私ったらろくにお礼も言えず、お名前も聞けなかった。いつかお会いできればいいのだけれど。

婚約を破棄した私には、誰からも縁談が来なくなってしまったけれど、それも仕方ないわね。
それなのに、副騎士団長であるベネディクトさんからの縁談が舞い込んできたの。
王命でいやいやお見合いされているのかと思っていたら、ベネディクトさんたっての願いだったって、それ本当ですか?
どうして私のところに? うちは驚くほどの貧乏領地ですよ!

これは、そんな私がベネディクトさんに溺愛されて、幸せになるまでのお話。
キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
この作品を読む


▼決して貴方を見捨てない!! ▼

たとえ
イラスト/遥彼方さん
たとえ貴方が地に落ちようと
大事な人との、約束だから……!
貴族の屋敷で働くサビーナは、兄の無茶振りによって人生が変わっていく。
当主の息子セヴェリは、誰にでも分け隔てなく優しいサビーナの主人であると同時に、どこか屈折した闇を抱えている男だった。
そんなセヴェリを放っておけないサビーナは、誠心誠意、彼に尽くす事を誓う。

志を同じくする者との、甘く切ない恋心を抱えて。

そしてサビーナは、全てを切り捨ててセヴェリを救うのだ。
己の使命のために。
あの人との約束を違えぬために。

「たとえ貴方が地に落ちようと、私は決して貴方を見捨てたりはいたしません!!」

誰より孤独で悲しい男を。
誰より自由で、幸せにするために。

サビーナは、自己犠牲愛を……彼に捧げる。
キーワード: R15 身分差 NTR要素あり 微エロ表現あり 貴族 騎士 切ない 甘酸っぱい 逃避行 すれ違い 長岡お気に入り作品
この作品を読む


▼あなたはまだ本当の切なさを知らない▼

神盾列伝
表紙/楠 結衣さん
あなたを忘れるべきかしら?
なぜキスをするのですか!
 愛した者を、未だ忘れられぬ者を、新しい恋をすることで上書きはできるのか。

 騎士アリシアは、トレジャーハンターのロクロウを愛していた。
 しかし彼はひとつの所に留まれず、アリシアの元を去ってしまう。
 そのお腹に、ひとつの種を残したままで──。

 ロクロウがいなくなっても気丈に振る舞うアリシアに、一人の男性が惹かれて行く。
 彼は筆頭大将となったアリシアの直属の部下で、弟のような存在でもあった。
 アリシアはある日、己に向けられた彼の熱い想いに気づく。
 彼の視線は優しく、けれどどこか悲しそうに。

「あなたの心はロクロウにあることを知ってて……それでもなお、ずっとあなたを奪いたかった」

 抱き寄せられる体。高鳴る胸。
 けれどもアリシアは、ロクロウを待ちたい気持ちを捨てきれず、心は激しく揺れる。

 継承争いや国家間の問題が頻発する中で、二人を待ち受けるのは、幸せなのか?
 それとも──

 これは、一人の女性に惚れた二人の男と、アリシアの物語。

 何にも変えられぬ深い愛情と、底なしの切なさを求めるあなたに。
キーワード: R15 残酷な描写あり 魔法 日常 年の差 悲恋 騎士 じれじれ もだもだ 両思い 戦争 継承争い 熟女 生きる指針 メリーバッドエンド


▼恋する気持ちは、戦時中であろうとも▼

失い嫌われ
バナー/秋の桜子さん




新着順 人気小説

おすすめ お気に入り 



また来てね
サビーナセヴェリ
↑二人をタッチすると?!↑
― 新着の感想 ―
[良い点] 涙腺が弱くなっているようで、ラルスの一緒に〜という優しく寄り添う言葉に思わずうるうる来てしまいました。 ふたりのやり取り、会話に、心が温かくなりました(*^_^*)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ