027●フロー編●025.遠回りでも
「シャイン、兄さまと出かけてたんじゃないの?」
「先ほど戻って参りました」
「そう、お疲れ様。すぐに僕のところに来るなんて、まさか兄さまになにかあったのか?」
不安で鼓動を打ち鳴らすも、シャインはふっと顔を和らげた。
「いいえ、陛下はいつも通りで問題はございません」
「ああ、なら良かった。じゃあ、土産話でもしてくれるの?」
「そうしたいところですが、本日の議会のことでお伝えしたいことがございまして」
「議会の……」
ということは、帰ってきてすぐに議事録を確認したのだろう。
疲れているだろうのに、相変わらず有能で働き者だ。
「殿下は、女性の権利保護政策を打ち出すおつもりだったのですか?」
「うん、そうだ。女性が活躍できる場を作ること……それは我が国が発展するための、重要な要素だと考えている」
フローリアンがそう訴えると、シャインは首肯を見せてくれた。しかしほっとした瞬間、シャインの端正な顔はほんの少し歪みを見せる。
「素晴らしいお考えです。けれどその政策につきましては、陛下にもお考えがあります故、今しばらくお待ちいただければと」
「兄さまが……?」
「はい」
しかし兄が女性のためにした政策は、二十年程前の職業の自由くらいだ。
それから大きな政策を打ち出している様子はない。
フローリアンが眉間に眉を寄せると、シャインは静かに語り始めた。
「私には二人の娘がおりますので、殿下の政策は本当にありがたいことだと思っております」
「確か、僕より年上だったよね。働いてるの?」
「はい。長女のドリスは現在二十三歳で、交易関係の仕事をしております。ドリスが希望の職種に就けましたのは、陛下の政策のおかげなのです」
「なのに、女性の地位が向上するための政策は打ち出すなって?」
半眼で見つめるも、シャインの表情は崩れないままに視線が交差した。
「性急にことを進めては、成り立つものも成り立たなくなる時があるのです」
「兄さまの政策から、もう二十年が経ってるのに?」
「まだ二十年です。変えるならば、少しずつにしましょう。急いては事を仕損ずる、ですよ」
シャインの言うことがわからないフローリアンではない。しかし自分のやりたいことを止められると、喉の奥でなにかが詰まったような不快感が駆け抜けた。
「王子。気持ちはわかりますけど、ここはシャイン殿の言った通りにしませんか」
納得のいかない表情を読み取ったのか、ラルスにそんな声を掛けられる。
「王子の考えを無理やり突き通しても、議員たちの反感を買うだけです。そうすれば、ますます反対されるだけだと思うんで」
「ラルスの言う通りです。フローリアン様は現状できることで実績を重ね、信頼を勝ち得ていくことが、遠回りなようで一番の近道かと」
二人の騎士の真剣な瞳の説得に、フローリアンは反論など出来ようはずもなかった。
確かにまだ実績が少なく年端もいかないフローリアンだ。特に堅物の老年相手では、生意気だと反感を持たれてしまうだけになってしまうかもしれない。
「……わかった。一旦この話は仕舞っておくことにするよ」
「賢明なご判断だと思います。もう一つのベルガー地方の件に関しましては、素晴らしかったですよ。視察も含め、大変お疲れ様でした」
「うん、ありがとう」
「もう一歩、農法に関して踏み込めていたなら完璧だったと思われます。では、私は仕事が残っておりますので失礼いたします」
「うん」
シャインはそんな言葉だけ残してすぐに部屋を出て行った。ただ本当に政策のことだけが気になって来ただけのようだ。
パタンと扉が閉まると、ラルスがフローリアンを見てそっと目を細めた。
「フローリアン様が孤立しないか、心配してくれているんですよ、シャイン殿は」
「……うん、そうだね。ありがたいよ。兄さまの護衛騎士なのに、こんなに僕に気にかけてくれるのは」
「一番気にかけてるのは、俺ですからね!」
「ははっ、わかってるよ、ありがとう」
二人の気持ちは嬉しいが、やはり女性の地位を向上させる政策を聞いてすらもらえなかったことは、残念で悔しさが積もる。
しかし今は実績を作ることが先決だ。最後に残していったヒントも気にかかる。
「農法、か……新農法の導入で、ベルガー地方創生がさらに活発化するなら、盤石を期すためにぜひやっておきたいところだけど」
「王子、俺の妹がセライストン王国に農耕の技術を学びに行きたいって言ってたんですが、そういうのって無理ですか?」
セライストン王国は農耕に力を入れていて、周辺諸国でも最先端の技術を持っている国だ。国交もあるので、条件次第では受け入れもしてくれるだろう。
「いいね、いけると思う。その方向で調整してみよう。議会で承認を取れ次第、セライストンに要請してみるよ」
「本当ですか!」
「受け入れてもらえたら、派遣チームを組まなきゃね。ラルスの妹が入れるように、手は打っておくよ」
「ありがとうございます!」
「もちろん、戻って来たから王都の農業地帯やベルガー地方だけでなく、各地方を巡回して技術を教示してもらわなきゃいけないけどね」
「大丈夫、それも喜ぶと思いますよ!」
ラルスの家は農業地帯の生粋の農家だ。技術革新があれば、真っ先に取り入れている地域でもある。
そこに住んでいる者が他国の農耕技術を取り入れたいというなら、それは最先端の農法となりハウアドル王国に広がっていくだろう。
ベルガー地方創生はきっと成功するに違いない。
「僕、もう一仕事するよ」
「……わかりました。無理はしないでくださいね」
「うん、大丈夫」
やる気がむくむく湧き上がってきたフローリアンは、ほんの少し心配顔をするラルスを尻目に、机に向かってペンを走らせる。
いつの日か、女性の権利保護政策を実施するために。
遠回りではあるが、今できる最善を選び、フローリアンは前を向くのだった。




