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若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。  作者: 長岡更紗
第二章 男装王子の秘密の結婚 〜王子として育てられた娘と護衛騎士の、恋の行方〜

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012●フロー編●10.八つ当たり

 ベッドに倒れ込んだまま、フローリアンは女である自分を呪い続けた。

 少しするとエルネスティーネがやって来て、婚約者同士となる契約はつつがなく終わったと教えてくれた。

 この国では派手な婚約の儀などない。一枚の紙に両家の保護者がサインするだけで終わる。女や子どもの気持ちなど、まったく鑑みないやり方で。それでも兄は、フローリアンの気持ちを慮ってくれた方だろう。

 エルネスティーネが出て行ってからも伏せていると、今度はラルスが入ってきた。

 重い頭を持ち上げて、なんとか開けた目でラルスを見る。


「王子、ひどい顔ですよ……」

「……ツェツィーは」

「先程出てきまして、ノイベルト伯爵とお帰りになりました」

「……そう」

「なにがあったんですか」


 泣き過ぎたせいか、頭が痛い。

 なにがあったかなんて、話したくもないし話せるわけもなかった。

 ラルスは不可解な顔をしながらも近寄って来る。握りしめられていたラルスの手が、フローリアンの目の前で開かれた。


「これは……」


 ラルスの手の中で、悲しく光るアパタイト。

 無事な石も多かったが、いくつかは傷つき、ひび割れてしまっているものもある。


「ツェツィーリア様が出て来た時、処分しておいてほしいと渡されました」

「しょ、ぶん……」

「これは、殿下が贈ったものじゃなかったんですか?」

「違うよ。イグナーツだ」

「イグナーツ…… ウルリヒ侯爵令息の、イグナーツ様?」


 頷くと、やはり理解できないといった様子で手の中のアパタイトを見ている。


「殿下は、ツェツィーリア様と婚約したと聞きましたが」

「そうだよ。だからツェツィーは、それを捨てたんだ」

「……殿下のことが好きだから、ですよね」

「違う! イグナーツのことが好きだからだよ!」


 言葉にしてしまってからハッとしたが、すでに心は捨て鉢状態で自制が効かなかった。

 ラルスは驚いたように目を丸めている。


「え? でもツェツィーリア様は殿下のことを」

「ツェツィーは僕のことなんか好きじゃないんだよ! むしろ、今日嫌われたに決まってる! 僕が彼女を、イグナーツから無理矢理に奪ったんだから……っ!!」

「王子……」

「僕だって……僕だって、こんなことしたくなかったんだよ……ツェツィーには、好きな人と幸せになってもらいたかった……だけど……っ」


 止まっていたはずの涙が、また押し寄せてくる。


「僕には……ツェツィーしか、いない……ツェツィー以外の人は、だめだから……っ」

「王子……そんなにツェツィーリア様のことが……」


 アパタイトを持っていない方の手で、そっと頭を撫でられる。

 ひっくと情けないしゃくり声とともに顔を上げる。思ったより近くにラルスの顔があって、どきりと心臓が鳴った。


「大丈夫ですよ、王子。今はお二人ともつらいかもしれませんが、王子の思う気持ちは本物ですから。いつかちゃんと、ツェツィーリア様にも伝わって、素敵な夫婦になれますよ」


 そう言ってなんの憂いもなく笑うラルスが憎らしい。

 確かにラルスの言う通りになったかもしれない。フローリアンが男だったならば。


「無理だよ……なれるわけない」

「どうしてそう思うんですか」


 女だから、とぶちまけそうになる。そして好きなのはラルスなんだと訴えそうになる。

 どうにか飲み込んだ瞬間に出てきたのは、どうしてわかってくれないのかという理不尽な怒りの感情だった。


「ラルスにはわからないよ、僕の気持ちなんて!」

「わかりませんよ、言ってくれなきゃあ! だから、教えてください!」

「そんなに僕の気持ちが知りたいなら、付き合ってる恋人と別れておいでよ! そしたら少しは僕の気持ちを理解できると思うよ!」


 己の口走った言葉にハッとしてラルスを見上げる。すると彼はひどく真面目な顔をして黙っていた。

 そしてフローリアンもまた言葉を紡ぐことができずに、息を往復させるだけ。

 しばらく時が止まったかのように互いを見つめていると、ラルスの方が先に口を開いた。


「お茶でも飲みますか?」

「……え?」


 予想外の言葉にフローリアンは声を詰まらせる。ラルスは困ったように、それでも口元には笑みをたたえてフローリアンの頭を無遠慮に擦った。


「ちょっとは落ち着いたみたいなんで」

「……うん」

「じゃあちょっと淹れてきます」


 ラルスが出ていくと、フローリアンは重い体を上げた。

 怒りに任せてなんということを言ってしまったのか。自分勝手にも程がある。


「謝らないと……」


 紅茶を淹れて戻ってきたラルスに、紅茶のカップを渡された。ベッドの上から動けないでいるフローリアンは、その場で紅茶を喉の奥に流し入れる。

 以前よりはいくらかマシに淹れられるようになった、ラルスの紅茶。上半身で騒いでいた血が、すうっと落ち着いていくのを感じた。


「……ごめん、ラルス……つい」

「いいんですよ。誰だってそんな時はあります!」


 にっと笑うラルスはまったく気にした様子もなく、いつもの彼そのものだ。心が広いのか、深く考えていないだけか。


「ラルスは今、幸せかい?」


 カップを降ろしながら、フローリアンはそんなことを聞いてみた。

 もしラルスが幸せだと答えたなら、この気持ちは封印して終わらせるべきだと思って。

 大事なツェツィーリアの幸せを奪ってしまったことへの贖罪にすらならないが、ラルスを諦めるいいきっかけにはなる。

 答えを求めて護衛騎士の顔を見上げると、ラルスは眉間に力を入れていた。


「幸せじゃあないですよ」

「……え?」


 予想外のラルスの返答に、フローリアンは顔を顰めてしまった。


「どう、して……」

「そんなにつらそうで苦しそうで……王子がそんな状態なのに、俺は幸せだなんて言えないです」

「僕のことなんて放っておいてかまわないよ」

「そんなこと、できるわけないですよ! もう王子は俺の生活の一部だし! 王子が悲しいと俺も悲しいです!」


 思いがけず熱い言葉を掛けられて、フローリアンの目尻に涙が溜まる。そんな風に言われて喜ばない女子は、きっといない。


「王子……」

「嬉しいこと、言ってくれるなよ……ばか」


 ぐしっと涙を拭くと、柔らかいラルスの笑みが飛び込んできた。


(やっぱり、好きだ……。諦めるなんて、できない)


 悲鳴をあげるように胸がきゅんとなり、顔が勝手に熱くなる。


「俺は、王子の味方ですから。覚えておいてください」


 にっこりと笑っていつものように頭を撫でてくれるラルス。

 フローリアンは気持ちを知られないようにぎゅっと唇を噛み締めながら「うん」と頷いた。

 気持ちはどうしようなもく膨れ上がっていく。

 だめだ、だめだと思うほどに──。

 フローリアンの心は、すでにラルスでいっぱいになってしまっていた。


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ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
サビーナ

▼ 代表作 ▼


異世界恋愛 日間3位作品


若破棄
イラスト/志茂塚 ゆりさん

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
この国の王が結婚した、その時には……
侯爵令嬢のユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
政略ではあったが、二人はお互いを愛しみあって成長する。
しかし、ユリアーナの父親が謎の死を遂げ、横領の罪を着せられてしまった。
犯罪者の娘にされたユリアーナ。
王族に犯罪者の身内を迎え入れるわけにはいかず、ディートフリートは婚約破棄せねばならなくなったのだった。

王都を追放されたユリアーナは、『待っていてほしい』というディートフリートの言葉を胸に、国境沿いで働き続けるのだった。

キーワード: 身分差 婚約破棄 ラブラブ 全方位ハッピーエンド 純愛 一途 切ない 王子 長岡4月放出検索タグ ワケアリ不惑女の新恋 長岡更紗おすすめ作品


日間総合短編1位作品
▼ざまぁされた王子は反省します!▼

ポンコツ王子
イラスト/遥彼方さん
ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。
真実の愛だなんて、よく軽々しく言えたもんだ
エレシアに「真実の愛を見つけた」と、婚約破棄を言い渡した第一王子のクラッティ。
しかし父王の怒りを買ったクラッティは、紛争の前線へと平騎士として送り出され、愛したはずの女性にも逃げられてしまう。
戦場で元婚約者のエレシアに似た女性と知り合い、今までの自分の行いを後悔していくクラッティだが……
果たして彼は、本当の真実の愛を見つけることができるのか。
キーワード: R15 王子 聖女 騎士 ざまぁ/ざまあ 愛/友情/成長 婚約破棄 男主人公 真実の愛 ざまぁされた側 シリアス/反省 笑いあり涙あり ポンコツ王子 長岡お気に入り作品
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▼運命に抗え!▼

巻き戻り聖女
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ロゴ/貴様 二太郎さん
巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜
私だけ生き残っても、あなたたちがいないのならば……!
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ルナリーは聖女の力を使って命を削り、時間を巻き戻すのだ。
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キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
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▼行方知れずになりたい王子との、イチャラブ物語!▼

行方知れず王子
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キーワード: R15 身分差 双子 吉凶 因習 王子 駆け落ち(偽装) ハッピーエンド 両片思い じれじれ いちゃいちゃ ラブラブ いちゃらぶ
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異世界恋愛 日間4位作品
▼頑張る人にはご褒美があるものです▼

第五王子
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キーワード:R15 残酷な描写あり 聖女 騎士 タイムリープ 魔女 騎士コンビと恋愛企画
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▼決して貴方を見捨てない!! ▼

たとえ
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そんなセヴェリを放っておけないサビーナは、誠心誠意、彼に尽くす事を誓う。

志を同じくする者との、甘く切ない恋心を抱えて。

そしてサビーナは、全てを切り捨ててセヴェリを救うのだ。
己の使命のために。
あの人との約束を違えぬために。

「たとえ貴方が地に落ちようと、私は決して貴方を見捨てたりはいたしません!!」

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誰より自由で、幸せにするために。

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[良い点] フローリアンの悲しみの本当の理由がわからなくとも、寄り添おうとするラルスの優しさにまたうるうる来ました。 みんないい人なのに、酷な運命ですよね。 切ない展開なのに、面白いです。さすがです!…
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