100◆ディー編◆ 09.不惑の年に
さらに五年もの間、ユリアーナを捜し続けた。
一体彼女はどこに行ってしまったのか、どこを探しても見つけられない。
もしも国外に出ていたとしたら、絶望的だ。どこを捜していいものか、見当も付かなくなる。
けれど、ディートフリートは諦めなかった。
いくつになっても、たとえおじいさんになろうとも、彼女が他の誰かと結婚していたとしても……
どうしても、どうしても一目だけでいいから会いたかった。
そんな執念を抱きながら、いつものようにルーゼンとシャインだけをお供に、変装して国境沿いのエルベスという小さな町にやってきた。
着いたときにはもう夜遅く、ユリアーナ捜しは後にして宿屋へと急ぐ。
「さすがに遠かったですね。ずっと馬に乗りっぱなしで、尻が痛い」
「鍛え方が足りないんじゃないですか、ルーゼン」
「そういうシャインも足にきてるだろ!」
「私はこの中で一番最年長の五十歳ですよ。当然じゃないですか」
「そう考えると、やっぱり王は……おっと、ダートは若いよな。これだけ走っても、ピンピンしてんだから」
「いや、私もちょっと腰にきてるよ」
ディートフリートが苦笑いすると、「ダートもか」と偽名を使ってルーゼンが笑っている。
そうして三人は仲の良い兄弟のフリして、〝山のコトリ亭〟という宿に入った。
「夜分に申し訳ありません。三人の宿泊は大丈夫でしょうか。できれば、軽い食事などもあれば嬉しいのですが」
中に入ると、シャインが宿のおかみと話をつけてくれている。小さいが、掃除の行き届いた綺麗な宿だ。
おかみに許可をもらうと、早速食事を作ってもらった。椅子に深く腰掛け、三人でそれをいただく。
「時に、こんなところへどんな御用でいらっしゃったんです?」
宿のおかみが不思議そうに聞いてきたので、ディートフリートは捜し人がいることを正直に伝えた。もう二十三年も経っているのだから大丈夫だろうと、ユリアーナの名前も伝える。
「……そう、今は四十歳だ。髪は栗色で、細身。身長はそれほど高くなくて……」
「うーん、知りませんねぇ。四十歳の女の子ならうちにもいますが、白髪ですし……あ、ユーリ!」
おかみが向けた声の方向を見ると、そこには白髪の女性が立っていた。
四十歳だと言っていたが、もっと若く見える優しそうな女性だ。
ユーリと呼ばれた女性はおかみに手招きされて、ディートフリートたちのテーブルにまでやってきた。
「あんたと同い年の女の子を探しているらしいよ。栗色の髪で、名前はユリアーナというらしいんだが、知っているかい?」
その言葉にユーリはディートフリートの顔を見た直後、慌てるように目を逸らしていた。
そんなに怖い顔はしていなかったはずだが、とディートフリートは心で首を傾げる。
「もしそんな女性に心当たりがあれば教えてほしいのだが……」
「いえ……そのような女性は、存じ上げません……」
「お役に立てずにすみませんねぇ〜」
この違和感はなんだろうかと、ディートフリートは彼女を見つめた。
灯りは少なく、そっぽを向いてしまったためにちゃんと顔は確認できない。
ユリアーナではないとは思う。髪の色が違いすぎだ。ディートフリートも白髪が混ざり始めたが、四十歳ではこんなに真っ白にはならないだろう。
でもなぜか、気になる。
「すまないが……あなたの名前はなんと言ったかな?」
「私は……ユーリと申します」
「姓は」
「ありません。ただの、ユーリです」
「生まれはどこだね」
「王……いえ、この町の隣の村でございます。すみません、私……お風呂に木をくべないといけませんので、失礼いたします」
そう言うと彼女は、スカートを摘み上げてカーテシーをした。その瞬間に、頭の中でカチリと何かが鳴る音がする。
あの完璧すぎるほどのカーテシー。
美しく気高い動作は、あの日のユリアーナそのままだった。
ディートフリートは逃げるように去っていった彼女を、呆然と見つめる。
「どうしましたか、ダート」
シャインの問いに、言葉が出てこない。
彼女は、ユーリは、ユリアーナだ。
わからない、確認したわけではないのに、確信があった。
ディートフリートはそのまま言葉少なに食事を進めた。食べ終えるとおかみが食事を下げてくれ、その間にディートフリートは二人に伝えた。
「さっきのユーリという女性が、ユリアーナだと思う」
「え? でも髪が……」
ルーゼンが怪訝そうに眉をひそませる。それをシャインは押し留めた。
「ユリアーナ様にとって、あの日の出来事はショックだったに違いありません。白く変わっていたとしても、不思議はない」
「私もそう思う。彼女は、ユリアーナだ」
断定的に言葉にすると、驚くほど胸が高揚しているのが分かった。
確信はある。が、早く断定したい。ユリアーナだと、彼女自身の口から聞きたい。
「しかしユリアーナ様だとしたら、変装しているとはいえ、王の顔は知っているはず……なぜ自分が本人だと言わなかったんでしょう」
シャインの言葉に、ディートフリートは口を閉じた。
目が合った瞬間に逸らされたのは、おそらく王だと気付かれたからだろう。わかっていたならどうして、自分がユリアーナだと名乗り出なかったというのか。
悩むディートフリートを横目に、ルーゼンは声を上げた。
「お前、頭はいいくせに、女心は相変わらずわかんねーやつだな」
「じゃあルーゼンはわかるというんです?」
「おお、乙女心ってやつだよ、オトメゴコロ!」
「そんな曖昧な言葉で済まさず、もっと理論的に説明をしてもらいたいですが」
乙女心……本当にそうだろうか。
もしかして、彼女はすでに誰かと結婚をしていて、それでバツが悪くて目を逸らしたのではないだろうか。
「どちらにしろ、確認したい。彼女の前では主従に戻ってくれ。ユーリという女性の反応を見たい」
「了解」
「かしこまりました」
そう言ったすぐ後に、ユーリがお風呂をどうぞと勧めてくれた。
これ幸いとディートフリートは席を立つ。
「では、私は風呂に入ってくる。お前たちも気安くしていてくれ」
「は、ありがとうございます」
ディートフリートの言葉に立ち上がって敬礼する騎士たち。
その姿を見ても、ユーリに動じた様子は特になかった。王城の騎士たちを見慣れているか、よほど宿の教育が行き届いているか、どちらかだ。
やはりこれは、彼女がユリアーナとしか思えない。
はやる動悸を抑えて、ディートフリートは風呂場へと案内してもらった。




